AH-project #13 「アブナイモノ」
”空白の沼”
それは目に見えない沼。
実在しないようで、あるとも捉える事ができる、目に見えない何かで満ちた底なし沼だ。
いや底なしと言ったが、底はあるにはある。
だが底にたどり着いた時にはもう病人認定されても過言ではない状態になっていると思う。
そんな嫌な沼。
だからと言って、上へと足掻いても、必ず上にキレイな空があるとも限らないという絶望的な沼。
諦めれば最後、
そんな沼は案外近くにあったりするし、何だったらもう片足突っ込んでる可能性もある。
そしてその沼に気付けるタイミングというのは、たいてい首のとこまで沈んだ後なのである。
だからとても厄介なのである。
俺、
平凡な会社でクソでハゲな課長にいじめられながら、刺激のないつまらない毎日に身をさらしてきた。
心踊らせる趣味、女っ気、両方ともない。
というか何もない。
何となくで今を生きてしまっている沢山の人の中の一人。
気付かないうちに沈んでしまっていた沢山の人の中の一人。
言えない助けてを心に秘めている沢山の人の中の一人である。
そう考えるとウニさんは恩人だな。
まだ数日しか一緒に過ごしてないが、最近無かった目標のある生活を送れた。
充実したし、楽しかった。
そのおかげか、こんな感じに頭で自身を評価する機会も減っている。
これに関しては、俺はしっかりウニさんに感謝すべきだ。
まぁウニさんはそんな事、微塵も思ってないだろうけど。
…今度はこっちが施す番だ。
~~~~~~~~~~~~~~~~
ウニさんの中で暮らしているブドウ…いや、アダミノシスの除去の決定権をゆだねられたヒラダ。
イガラシ、そしてウニさんがヒラダの返事を待っている。
「…よし、決めたぞ。」
その言葉に二人はゴクッと生唾を飲んだ。
そしてヒラダは息を吸い、発した。
「アダミノシス除去は拒否させて貰う」
正直、考えるまでもなかった。
ウニさんは小さくグッドサインをくれた。
「…理由を伺ってもよろしいですか?」
ヒラダの予想ではイガラシは激昂したりショックしたりすると思っていたが、意外と動揺しなかった。
「あなた達は真っ当なことを言っているようでおかしな部分が多い」
ヒラダは頭の中で思いつく疑念点を話した。
「まず思ったのが、もしアダミノシスが身を守るのためウニさんを操ってると考えるならカナタ君を人質にするというこの行動はおかしいと思う、あと普通に考えてアダミノシスがウニさんやカナタ君に接触するまでのルートが想像できな「わかったわかった!」
両手をふり、ヒラダは話を中断させた。
「…はぁ。」
前髪をかきあげ大きなため息を吐きだすと、イガラシの雰囲気が明らかに変わった。
「…アダミノシス除去を認めてくれないか?」
「ダメです、何よりウニさんが嫌がっているのでね。」
突如、沈黙が訪れた。
「あの…もう私の傷も癒えたので、そろそろ帰りたいのですが」
その沈黙を破り、ウニさんはベッドから降りようとした。
そこからの出来事は数秒の世界だった。
イガラシが意味深に白衣の懐をまさぐった。
それを目にした瞬間、ヒラダは床に転がっていたバットを拾い上げ、イガラシに向かい突っ込んだ。
懐から取り出されたのは、アブナイモノ。
それを見たウニさんは、反射的に両手を頭の上に上げた。
イガラシはそれの口が正確にヒラダの体に向くように微調整した。
そして互いの間合いがかみ合った時、ヒラダは野球選手の如くバットを振りかぶり、イガラシは人差し指でそれのスイッチを引き、鉄のカラクリを作動させた。
手数としても動作時間としても明らかに、イガラシの方が勝っていた。
次の瞬間、パアァァァン!!という破裂音が数回、鳴り響いた。
カラーンというバットの転がる音と同時にヒラダはぶっ倒れた。
そしてヒラダは理解した。
徐々に広がってく温かな感触、耐えがたい鋭い痛み、不確かな呼吸、薄れゆく意識。
それらが、自分をどこに導いているのかを。
「ク…ソ。」
ヒラダは目をつむった。
「あ…アアアァァァ…。」
ウニさんは倒れるヒラダからとてつもないものを感じた。
その弊害から全身に力が入らなくなる。
ホラー映画のような絶叫は今の声帯から出せず、ただ息が漏れる音ばかりだった。
「素直に従っておけば、こうはならなかったのに」
赤を被ったイガラシは顔を白衣の白い部分で拭う。
「助けてよ…ブドウゥゥ…。」
自然と零れる涙が顔を伝わるのを感じる。
それくらい感覚が研ぎ澄まれていた。
「耳には聞こえないがアダミノシスの動きを制御する音、超音波が今も地下施設全体で鳴っている、だからブドウが今、目を覚ますという可能性はゼロだ。」
倒れるヒラダを跨ぎ、ゆっくりとウニさんの元に近づいていく。
「コ 来ないでぇ…。」
恐怖の根源が、死神が一歩、一歩と近づいて来る。
全身が震えて仕方が無くなってきた。
「大丈夫、アダミノシス除去…ブドウさえ取らせてくれれば、殺したしないし弟も無事に返してあげるよ。」
イガラシがウニさんの肩を掴み、握った。
「だから、大人しくしててくれ」
恐怖という極度の緊張状態に陥っていた体に、外部からの強い刺激が加わった。
その結果、ウニさんの意識の糸がパツンと切れ、気絶した。
「…そうだ、それでいい。」
イガラシはウニさんをお姫様だっこすると地下施設の奥、手術室という名札を下げる部屋へと入って行った。
神の代わりに。 守山 漆 @urusi_moriyama
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