第11話 新入部員

「城田くん、終わった?」

「うん。じゃあ、日誌、届けに行ってくる」

「先生に用事があるから、私も行くよ」


 今日は金曜日だ。1週間にわたる日直は、明日から休みだから、今日で終わりになる。まぁ、オレがやったのはたった3日間だったけどな。


 誰もいなくなった教室を眺めて、ガラガラと扉を閉めていくと、遠ざかっていく2人の足音が、廊下に響き、やがて、聞こえなくなった。




          ※


 ワン、ツー、スリー、フォー!!


 シンバルのカウントと共に、演奏が始まる。前奏のギターと共に、銀髪を楽しそうに弾ませて、琴葉がリズムをとりはじめた。


 アップテンポで、可愛らしくて、疾走感のある曲。

 歌い始めは、今日も好調。


 彼女はサビに入るところで、マイクを投げて……くるり、と一回転して、キャッチする。


 決まった!!


 この曲が選ばれたのは、元気になれるから、という琴葉の独断。だけど、それについて行こう、といつの間にか部員はノリノリだった。それは、彼女のキャラクターがなせる技だろう。


 飛んで跳ねて、走って、前へ。そこには、6月にある『高校生バンド大会』 軽音部、最後の大会だ。


 かつて、ここを卒業していった先輩達もそうだった。引退する自分も、存在したという、何かを置いていきたい。琴葉にはそんな想いがあった。


 終わる手間にあるロングトーン。そこから、転調で半音が2つもあがり、最高に盛り上がる場所に到達する。

 走れ! 走れ! 走りきる。最後まで。


 ギターとキーボードを弾く2年の2人がそれを受け継ぎ、曲は終わった。


「うん、いい感じに仕上がった来てるゾ!」


 琴葉は、額の汗を手の甲で拭って、眩しい笑顔を見せて、言った。



 コンコン。


「こんちゃー」


 演奏が終わるのを待ってから、オレは部室のドアをノックして開けた。


「しぃぃろぉぉたぁぁあー!!」


 琴葉先輩が構えをとり、いつものように、宙に飛びあがって、キックを繰り出す。


「うわぁぁ!! タンマ! 琴葉先輩、ちょっとタンマァァァ!!!!」

「私の愛情を断るとは、いい度胸……ん?」


 もう1人いる事に気づいたようだ。先輩が、ストン、と床に着地すると、前の膨らみが、何度かの余韻を残して、大きく揺れた。


「先輩、連れてきたよ」


 後ろにいた彼女が、一歩前にでて、お辞儀をする。


「おおっ」


 重そうな黒縁眼鏡と、膝より長いスカート。肩で切りそろえられた、真っ黒い髪が前に落ち、部員から歓声が上がった。


「今日から入部します。尾田来海おたくるみです。よろしくお願いします」


 こんな表情をしているのを見るのは初めてだろう。オレも、部室にいたみんなも、琴葉先輩でさえも、彼女を見て、驚きで動きを止めている。


 尾田さんは顔をあげて、ニッコリ、と挑戦的に笑っていた。














         ※


 黒い髪の少女が、自宅の玄関に入る。閉じられた扉の脇には、『尾田』という表札がついていた。


 来海は、靴を脱いで、そのまま2階にあがり、自分の部屋に入った。荷物を置いて、制服を脱いでいると、電話が鳴る。


「もう、タイミングが良すぎるんだから」


 スマホの画面を見て、来海はため息をついた。


「はい。今帰ったところだよ」

『今日はずいぶん遅いね。あぁ、部活、今日からだっけ、楽器なにやるの? ピアノが弾けるから、キーボード?』

「しばらくはマネージャー」

『あはは、なにそれ』


 いつもより、薄く感じる感触にまだ慣れない。手が滑らないように、来海は両手でスマホを掴んだ。


「そういえば、スマホケース。あれ、まだある?」

『まだ、あと2、3個あるけど、なんで?』

「欲しいっていう友達がいて、あげたの」

『……あれ、コノミグッズの試作品なんだから……勝手にあげちゃダメでしょ?』


 やや不満な口調の、電話の相手。そんな事を聞いたのは初耳だった。


「そうだったの? でも、もう、あげちゃったし」

『はぁ……』


 来海は、ため息を聞きながら、ビーズクッションに腰を下ろして、膝を折り畳んだ。


『友達ねぇ……珍しいね。来海ちゃんが、プレゼントするなんてさ。初めてじゃない?』

「可愛いから欲しい、って言ってたから、なんとなく、だよ」


 あんなに一生懸命だったから。でも、その相手が、コノミのファンだという事は言わないことにした。この電話の相手は、『アキノコノミ』を自分の所有物だと思っている。バレて、機嫌を損ねたら、折角入った部活も、やめなくてはいけない可能性があるからだ。


『ふぅーん……ま、いいけど。バレないように気をつけなよ。コノミは、僕が大事に育てているアイドルなんだからね』

「それで、今日はなに?」


 もう、すっかり日が暮れて外が暗い。来海は壁にかかっている時計を見た。


『相変わらず、冷めてるね。来海ちゃんは。月曜から院になるから、ストックを作っておきたくてね』

「具合悪いの?」

『そんな事ないよ。定期的な検査入院だから』

「そっか」


 明日から2連休。入院とは、案外、暇なものらしい。だから、それを利用して、編集でもするんだろう。


「分かった。今日は疲れてるから、明日でもいい?」

『おっけー。それと、くれぐれもバレないように気をつけなよ?』

「先生は知ってるよ」

『それは秘密を守るためでしょ。べつに、僕はいいけど、来海ちゃんは、嫌でしょ?』


 ある理由があって、『コノミちゃんねる』が始まったのは高校生になった一年前。活動をするにあたり、学校には許可を取っていた。


 高校生に限らず、人とは、他人と自分を比べて、蹴落とそうとするところがある。ヒソヒソと遠巻きに囁かれる陰口は痛くて、来海は自分が『アキノコノミ』である事を秘密にしていた。


「分かってるよ。じゃ、わたし、ご飯だから」

『ほーい。じゃ、よろしくー』


 プッ


 通話が切れる。来海はクッションに寝そべり、今日の部活の事を思い浮かべた。


 綺麗で、元気な琴葉先輩は歌がうまくて、扉の向こうでワクワクした。あんな歌い方が出来たら、楽しいだろうな。


 入部記念として撮ってもらった、スマホの写真を眺めて、ほんのり微笑む。


「来海ー! ご飯よー」

「はーい」


 間も無くして声が聞こえる。のそっと起きあがり、スマホを放置したまま、部屋を出て行った。

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クラスの冴えない女子が気になって仕方ない 天野すす @susuki5905

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