第10話 はやく着て!!

 キスってどんな感じなんだろう?



 期待に胸を膨らませ……唇が、もう少しで触れる。その瞬間。




 ガララッ!



「天満、ヤってるかー?」

「っ!!!!」


 急に扉が開き、体をビクつかせる。条件反射で体をおこして、大翔だと分かると、半目にして息を吐き出した。


「ヤってるって、何をだよ!」


 オ、オ、オレは、無防備な尾田さんに、なんて事しようとしてたんだ…… あぶねぇ。


 ドッドッと、血液が酸素をめぐらすために、体中を駆けまわる。顔が熱くなって、タラリ、と気づかぬうちに顔に汗が垂れていた。


 ヤベェ……超、恥ずかしい。


「あ。ごめん、まだ、取り込み中だったんだな。じゃ」


 真っ赤になっている、オレを見た大翔が、ニヤニヤしながら、扉をしめていく。


「うおぉぉぉい! ちょっと待て!」

「何だよ。続きを楽しんでくれ」

「何言ってんだ。コラ!」


 この状況で2人にされても、オレだって困るわい! というか、その顔やめれ!


 いても経ってもいられなくて、立ちあがると、ユサッとベッドが揺れた。


「んん……」


 あぁ……また、そんな悩ましい声を出す!


 今のやり取りで、目を覚ました尾田さんが、ぼんやりした顔のまま、起き上がった。


 うわぁ……


 視点の合わない目で、こっちを見ている。その、体操服のちょうど胸のあたりに、時間が経って、茶色くなった血がベットリ付いていた。


「えっと、メガネ、メガネ……ひっ!! いや!」


 ようやく自分の胸元が、汚れている事に気づいた彼女は、顔を青くして、人前であることも構わず、体操服を脱ぎはじめた。


「ちょ……」


 白い肌と、形のいいおへそがお目見えする。


 ちょおおぉぉぉぉぉぉっと!!!! この子、何やってんのおぉぉぉおお!!!!


 ガバ──っ!!


 ブラが見える寸前で、乱暴に布団でくるみ、彼女を押さえ付けた。


「羨ましいことで」


 大翔が口笛を鳴らし、親指をたてる。


「わぁああ!! 早く、出てけ────!!」


 もう、パニック寸前で、なにが何やら。オレは、大翔を指差し、そう、叫んでいた。



 ・・・・・・・・・・



 ぜぇ……ぜぇ……

 オレは、全力疾走したかのように、息を切らしていた。


 大翔が「琴葉先輩にいいつけてやるー!」と言い捨てて出て行ったあと、自分もカーテンの外に出て、落ち着かせるように、深呼吸をする。


「制、制服、届いてるから、着替えて」


 たのむから、早く着てぇ! 何でそんなに冷静なのー!


「……うん。琴葉先輩って?」


 布が擦れる音がし始める。


「ああ、うん。軽音部の先輩。歌が上手くて、綺麗な人。いい人だよ」


 過激な愛情表現がなければだけど、ね。


 この一枚を隔てた向こうで、尾田さんが下着一枚になっているかと思うと……ヤバい。落ち着けー落ち着けー、そうだ! 何か違う事を考えろ。


 何か、何かないかと、探していると、ある事を思い出して、スンッ、と急に冷静になれた。


「尾田さん?」

「なに?」


 そうだ、おれは、朝、聞こうと思ってた事があった。これは、大事なことだ。まぁ、オレにとってだが。


 尾田さんが着替え終わり、カーテンから出てきて、不思議そうにオレを見あげる。


「尾田さんのスマホケース。あれ、どこに売ってるの?」

「スマホケース? どうして?」


 彼女は、きょとんと、首を傾げた。


「あれ、実はコノミが使ってるのと一緒だから、オレも欲しくて」

「…………」


 尾田さんは、困ったように眉を寄せて、目を逸らす。


「……ぁ。アレ、人にもらったものなの。だから、どこで売ってるかは分からなくて」

「そ、そうなんだ」


 なんだ、そうなのか……でも。


「もし、その人に聞けたら、どこに売ってるか、聞いといてもらえる?」

「……うん」


 目が少し細くなった。ごそごそと、鞄の中を見て、スマホを取り出すと、尾田さんがケースをパカっ、と外し、オレに差し出した。


「これでよかったら」


 うそっ


「って……いいの?」

「うん。たまたまもらって使ってただけだから。ただ、使用済みで悪いけど」

「マジで、やったー!! ありがとう!」


 オレは、両手でケースを掲げ、嬉しさのあまり、飛び跳ねた。


「ふふ、本当に好きなんだね」

「そうなんだよー」


 オレを見あげる彼女の顔が、穏やかに微笑んでいる。なんだか、気を許してくれてるようで、それも嬉しい。

 

「城田くん。私……入ろうと思う。軽音部」

「え? ホントに?」

「うん、でも。一度、家族に相談してからでもいい?」


 部活に入るのに、普通、親に相談ってするもんだっけか?


「ダメって、言われるとかあるの?」

「ううん。多分、大丈夫だと思う」


 少しだけ引っかかった。だけど、きっと、尾田さんは箱入り娘かなんかなんだろう。オレは大して気には止めなかった。


 窓の外は、夜になる準備がもう整い、紫色になり始めている。


「さぁて! 帰るかぁ」

「日直」 

「あ、そうだった!」


 ぽこリン。


 タイミングよく、メッセージの音が鳴った。


『日直の仕事。やっといたから、今度何かおごれよ!』


 大翔だ。

 オレは、それを見て、思わず口の端をあげる。尾田さんにもそれを見せると、彼女は画面を見たあと、オレの顔を見て、お互い吹き出していた。


 

 


 家に帰ってから、一息ついて、習慣のように『コノミちゃんねる』を開くと、お知らせの動画があがっていた。


 なになに、更新日の変更? 毎週日曜日か。


 コノミは、顔を隠してるけど、たぶん、オレと同じくらいか、少し下。学行が忙しかったりするんだろう。


 なくならないなら、全然おっけーだぞ!


 誰もいない部屋で、オレはうんうんと、頷く。


 それに、明日は、尾田さんから正式な返事が来る事になってる。少し、不安もあるけど、明日が来るのが楽しみだ。


 布団に入り目を閉じる。

 その日みたのは、なぜか、コノミのライブに参加して、バカみたいにはしゃいでいる自分の姿。


 だけど、それは、オレにとって、最高に幸せな夢だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る