第2話 流れ星鉄道
「わからないのなら、探せばいいだろう。」
一瞬呆けてその瞳を見つめて固まっていたユッタは、そうと決まれば出発といわんばかりに背を翻して外の闇に出てゆこうとする少女の後姿に慌てて声をかけた。
「ま、まって…!」
「…なに」
「探すって言ったって…わたしなにも知らないもの。父さんがどこへ行っちゃったのか、何の仕事してたのか…。それなのに、どこをどうやって探すっていうの?」
「それなら、あんたはずっとここで待ってるっていうのか?それでもいいだろう。もしかしたらひょっこり明日帰ってくるかもしれない。けど明日も明後日も帰ってこなかったら?あんたは眠り姫じゃない。歩く足があって、話す口があって、聞く耳がある。それはつまり、あんたにはまだできることがあるってことさ。」
わからないと、この場でただ嘆いて待っているよりね。
そう言うと、少女はユッタの返答を待つように顔を傾けました。
「わたしは…街の外を知らない。出たことがないの。だから探すって言ってもどこから探したらいいのか…。けど、あなたは知ってる?どこに行けば良いのか、誰に聞けば良いのか。」
「どこに行ったのかは知らない。けど、知ってる可能性があるヤツなら見当がつく…。そして、どこに行けばそいつに会えるかもね。さて、どうする?」
「…一緒に探してほしい。わたし一人じゃ何もできないかもしれない。けど、助けてくれる人が、例えばあなたが一緒に探してくれるなら、何かわかることがあるかもしれない。」
「かもしれない、じゃなくて見つけないとね。ま、そうと決まれば善は急げだ。夜が明ける前にとっとと列車に乗ってしまおう。」
そう言うと、今度こそ少女は金髪をたなびかせて外へ出てゆく。こんな夜中に列車?という疑問が頭の隅を掠めたが、ごく当たり前のことを少女に聞いていなかったことに気が付いて慌てて声をかける。
「ちょっと待って!」
少女は今度は立ち止まってはくれなかった。足早に歩いていくその背中を慌てて追ってゆく。繊細な外見と相反して、ザクザクと空気を裂くように大股で歩いていく少女を見失わないようについていくのは、普段あまり外を出歩かないユッタにはなかなか骨が折れる。ようやっと追いついたときには街の大通りまで来てしまっていた。通りの両側には商店が並び、昼間であれば大勢の人でにぎわっているが、夜中の今は静まり返っていて人っ子一人いない。沈黙する石畳の道を月あかりが斜め上から照らしていた。
「間に合ったかな。」
「間に合ったって…こんな時間に列車なんて動いてるの?」
「こんな時間?こんな時間だからこそ、動くのさ。なにせ今来るのは…」
少女が言いかけた言葉は、突如として聞こえてきた轟音にかき消された。虫の羽音さえ聞こえてきそうな静寂を切り裂き、雷鳴のようなゴォーっとした低い音を響かせながら、何かが目の前を駆け抜けていく。何もかもが突然であった。街の中央を背骨のようにまっすぐ貫く大通りに沿うように、ほとんど突っ込んでくるような速さで入り込んできたそれは、徐々にスピードを落として、半分くらい通過したところでようやく止まった。黒く塗装された車体が月あかりを反射してキラキラと光っている。驚きが過ぎると人間は声も出なくなるということをユッタは身をもって体感した。近所の子供たちが転がして遊んでいたミニチュアのおもちゃをぼんやりと思い出す。煙突のついた先頭車両から、石炭が積まれた車両、乗客が乗る客車まで…。煙突から白い煙をもうもうと吐き出しながらユッタたちの目の前に停車しているのは、どこからどうみても機関車に違いなかった。
「これ…なんで、」
「流れ星鉄道さ。夜の間しか走らない。別に歩いて行ったっていいんだけど、街と街の境界は不安定だからね…。これに乗るに越したことはない。」
「そんな列車があるって聞いたことないよ。それに線路もないのに。どうやって走るの?」
「今まさに走ってきたのをその目で見たじゃないか。それにこれは流れ星(メテオ)鉄道だからね。線路は必要ない。進むべき場所があるから走ってる。」
「進むべき場所?父さんのいる場所、わかってるの?」
「さっきも言ったろ?多分だけど、知ってるやつがいるんだ。だからそいつに会いに行く。」
「そいつって、誰なの?父さんの知り合い?」
「さっきからあんた聞いてばっかだな。とりあえず、乗るよ。質問はそれからだ。」
タラップを上り、客車の扉を開くと、中は温かなオレンジ色の明かりに照らされていた。真っ暗な外で目が慣れていたから、目がちかちかとする。ユッタが明かりの眩しさに目を瞬かせている間に、少女はすでに車両の真ん中あたりの座席に腰かけていた。隣に座るか一瞬迷って、結局彼女とテーブルをはさんで向かい合うように座る。
「とりあえず、これでちょっと落ち着いたかな。なるべく早く動いたほうがいいんだ…。次に停車するまで時間があるから、さっき言ってた質問に答えるけど。」
「それもあるんだけど、あなたに肝心なこと聞いてなかったなって思って…。」
「肝心なこと?」
「そう。あなたはいったい誰なのかなって。私、あなたの名前も知らないから…。」
「今更だね。それに一体だれかって…あんたに言ってなかったかな。教えたような気もするけど。」
「聞いてないよ。聞こうとしたけど、どんどん先に進んでっちゃうから結局聞けてない。」
「誰だと思う。」
「え?」
「だから、誰だと思う?君にとっての私。」
「…わかんないよ、何言ってるのか。」
「…ははっ。」
いつの間にか走り出した車内には、車輪が軋む単調な音しかしない。思ったより静かな車内に響いたその笑い声は、思ったよりもずっと柔らかだった。向かい合う彼女の瞳が光を反射してきらきらと光っている。困ったように首をかしげるユッタを可笑しそうに見つめていた。
「私のことは、こう呼んでほしい。ステラ、と。」
ユッタの物語 @takane_s
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