第12話:プロジェクト・アルター・テラ
その後、俺が廃ビルの外に出ると一台の黒塗りの車が止まっていた。
「やあ、ミッション成功おめでとう! さあ、乗りたまえ!」
その車からは見知らぬスーツ姿の青年――多分俺と同じ二十代――がまるで親友のような親しさで俺を手招きしていた。
『あれは……多分味方だよ』
『あれがそうか』
頭の中にルナコと……そしてニルの声が響く。
そう、オーガが俺を殺そうとしたあの瞬間。俺の身体はニルに乗っ取られた。
だが、なぜか意識ははっきりしており、終始起きた事は把握していた。それがどういう技術で何が起こったは不明だが、後からルナコとニルが言うには、俺の情報のバックアップをした、らしい。
人をデータファイルみたいに扱っていて大変遺憾なのだが、それでまあ助かったので文句はいえまい。
そしてニルは再び俺の身体から出ていき、消えたかと思いきや、今度はニルのバックアップをどうやらルナコが取っていたようで、今はルナコが作った仮想空間上に存在しているらしい。うん、説明してて俺も訳分からん。
まあとにかくそうしてニルは俺のVR機器を通してこうして会話できるようになったのだ。
「あんた誰だよ」
とはいえ、まずは目の前の怪しい奴を何とかしないと。
「僕は九条。身分はちょっと明かせないけど政府関係者で……
「怪しいよ、そう言われると」
「だよねえ。とりあえず君と、君のサポートをしている
「俺は何もしてない」
いや、厳密にいえば、ダンジョン内での傷害? あ、オーガを殺したのはニルだからノーカンだよな?
「いやいや……電子通貨取引法に電子賭博法……違反してるよね?」
「あー」
忘れてた! いや、これ不味いっすね。
「ま、というわけで大人しく乗って欲しいなあ。もう終電もないし……歩いて市内に戻るのも嫌でしょ?」
「……あんたを信用したわけではないからな」
俺がそういうと、青年――九条が助手席の扉を開けた。
「君、負けず嫌い?」
「ゲーマーはみんなそうだよ」
「なるほどぉ」
九条が運転席に乗り込むと、静かにエンジンをスタートさせ、車を動かし始めた。
しばらくの沈黙。車窓の外を流れる景色を見つめていると、九条が口を開いた。
「ま、とにかく、僕は君達の味方だよ。例の違反も、目を瞑ろうと思っているぐらいさ」
「見返りはなんだよ」
「勘違いしているようだけど、これは見返りを求めているのではなく……報酬なんだよ」
「報酬?」
「そう。君達のおかげで、世界は救われた……と言えば少し大袈裟か。少なくとも、京都のこの片田舎は救われた、ぐらいにしておこう」
随分とスケールが小さい話だ。
「さて、君も身を以て体験したあれ。あれはARであってARではない」
「どういうことだよ」
「あれは――
現実浸食。なるほど、あの現象を説明するのにぴったりな名前だ。
「詳しい説明は省くけどね。そうだなあ……例えばこのリンゴ」
九条がどこからか真っ赤なリンゴを取り出した。いや、どこに仕込んでいたの?
「これはなんだい?」
「は? リンゴだってあんたが言ったじゃないか」
「そう。これはリンゴだ。さて、君はこれと同じ物を作れるかい?」
「……何の話だよ」
「そういう話なのさ。例えば――このリンゴを分析し解析し、その分子や原子やら全ての構造物を把握し、かつ同じ状態を再現できたら、どうなると思う?」
「……全く同じリンゴが出来る、ってか」
「その通り! 理論上は可能だが、実際はリンゴの状態は不安定だ。少しずつ腐っていくし、水分が飛んだり、なんだりで決して状態を固定化できない」
何の話だこれ?
「だからなんだよ」
「そういう研究があるんだよ。仮想空間上で、このリンゴを完璧に再現する実験。これはね、実は成功しているんだよ」
「まあ最近のVRは凄いからな。アルター・テラもそうだけど」
「そうだね。アルター・テラはこう謳っていたよね――
「おいおい、勘弁してくれ。あれは確かに地球を再現したって話だが、そもそも地理もちがうし、物理法則とかをリアルに準拠していることの言い換えだろ」
「ま、普通はそう思うよね。でも残念、それはハズレ。あれは地球を再現したわけではないんだよ」
「どういうことだよ……わけがわからん」
さっきから、ニルとルナコが黙っている。おい、こういうのはルナコの独壇場だろ。
そう話し掛けても、ルナコは一切答えない。
「あー、そういえば、この車、特殊な仕様車であらゆる電波やらなんやらを遮断してるからね」
「……そういうことかよ」
「一対一のが話しやすいと思ってね」
「話を続けてくれ。馬鹿な俺にも分かりやすくな」
「またまたご謙遜を。君の学生時代のアレコレも全部把握済みだから。ただのニートゲーマーをやらすには勿体ない経歴だ」
「過去の話だよ」
「さて、じゃあ話を続けよう。ここに、とある研究者達が登場する。彼女達は次元情報学という、まあ、わけの分かんない研究をしていたのだけど、その結果彼女達はとんでもない物を発見してしまった」
「とんでもない物?」
「――
やれやれ……何を言い出すかと思いきや。
「まあ、そういう反応なのは予想済みだよ。だけど、現に彼女達はパラレルワールドとも言うべき別世界を見付けてしまった。そして彼女達は研究成果として、それを世に出したかった。だけど、それは叶わなかった。なぜならその異世界は――次元が違うせいで、我々のように物質で形成されていない、いわば情報だけの世界だったんだ。しかもなぜかその大きさや物理法則が地球と全く一緒だった」
「……ゲームの世界みたいなもんか」
「その通り! まさに野生のゲーム世界といった感じだ」
「読めたよ。つまり、その情報化された異世界を再現したのが――アルター・テラってことか」
「ピンポーン! 正解だよ。君も知っていると思うけど、あの世界はやけにリアルだったろ? ゲーム的要素は全て後付けだけど、あの世界は実在するんだ。君達がAIだと思っていたものは全て――存在している」
……つまりニルは……AIでも何でもなく……ガチのマジのドラゴンってことかよ。
「まあ、言語とかあれとこれとかは弄っているようだけどね~。便利な世の中だね。まあとにかくやがてアルター・テラの運営母体となった彼女達は、異世界をそれと思わせずにこの世界に存在させることに成功した」
「……惑星再現型VR空間……惑星は惑星でも別惑星ってことか」
「その通り。まさに
神、ね。SFから急にファンタジーになったな。
「彼女達はテラを使って研究を進めた。彼女達はね、情報の因果を逆転させたかったんだよ」
「……なんだよそれ」
「まず、アルター・テラはテラを現実化させた空間である。そしてそれは地球と同じ大きさでかつ物理法則も同じ。さてここで問題です。この地球にある物を、忠実に完璧にテラ内で再現するとどうなるでしょう? ちなみにこの場合の忠実に完璧にというのは、テラ内での座標と地球上での座標すらも一致させていることも含まれているよ」
「どうもこうも、地球とそっくりの何かがテラに出来るだけだろ」
それがどうしたと言うのだ。
「その通り。だけど、それを発見した際に、奇妙な現象が起きたんだよ」
「奇妙な現象?」
「リンゴを再現したとしよう。テラ内で再現したリンゴは当然、地球上のものではないので、腐らないし永遠にそのままだ。まあこれは情報操作しているからだけどね。すると、どうなったと思う?
「はあ? どういうことだよ」
テラ内でなら分かる。なぜそれが現実に影響を及ぼすのだ?
「情報の逆流、もしくは情報の因果の逆転。そう呼ぶそうなんだけど、つまり、こういうことだよ。その物体の座標も状態も全て一致させてしまうと――それは
「まってくれ……さっぱり意味がわからん」
「具体的な話をしよう。まず、テラ内のあの廃ビルと全く同じ座標に、全く同じ状態の廃ビルを作る。勿論、現実の廃ビルは常に不安定で、条件が完璧に一致することはない。だけど、完璧に近い状態で再現できれば――例えば無風の日で、出来る限る不特定要因である、廃ビル内のあらゆる生命体を死滅させるとか――そうやって条件を近付けていくと、ある段階でテラ内に作った廃ビルと現実の廃ビルは同一化してしまう。そしてテラ内の廃ビルを弄ると――」
「現実の廃ビルが変化する……そういうことか、それが現実改変……現実侵食」
「そうやってあの塔は出来たんだ。当然、塔内もそうだし、モンスターやらプレイヤーやらもそうだね。あそこは部分的にテラになっていたんだよ。君は、異世界で戦っていたんだ」
「VR空間にいたってことか」
「ちょっと違うかな。あそこはあくまでで現実だった。そこに君がVR空間だと思っていた異世界が重なってしまっただけ」
「説明されても、わけがわからん」
「そして君も見た、ファンタズマ……テラ内の情報生命体の乗っ取り。あれも同一化の結果だよ。なぜ君が無事なのかはまたあとでゆっくり聞きたいところだけども」
「……さてね」
「つまり、話をまとめるとこうだよ。アルター・テラ運営母体は、テラを地球上に物理的に再現したかった。その技術があったからなのか、そうしたいから出来た技術なのかは分からないけどね。そして彼女達は成功した。おそらく、ミッションと称して、脛に傷を持つプレイヤーを集めた。ファンタズマによる肉体の乗っ取りが出来るかどうかの実験だったのだろう。あとは、現実浸食した空間の守護者の選定でもあったようだ」
「……そんなこと言っていたなそういや」
更に広げるだのなんだの。
「彼女達が、楔と呼ぶもの……君が破壊したあの青い結晶は、テラ内で創造する為に必要なコアみたいな物だと推測できる。それがないと、保ってられないのだろうね。そうすると当然守る者が必要となる」
「なるほどね。でも俺が壊さなかったところで、誰か……それこそ警察か自衛隊か辺りが突入すれば壊せるだろ」
「どうだろうね。君達のようにテラ内での活動になれたものでないと厳しいと僕は思うよ。まあいずれにせよ、一度ああいう拠点を作られてしまうと、そこから徐々に侵食空間を広げることは可能だろうね。大体の物事はゼロから一は大変だが、一から増やしていくのは楽だからね」
「だから、報酬か」
「そう。君はテラの侵食から地球を守ったのさ」
「あんたらが何者か知らんが、そこまで知っていて黙って見ていたのか」
「君は、なぜ僕が塔内部や君が塔内部でやってきたことについてやけに詳しいかと疑問に思わないかい」
「……そうか、
ルナコは常に俺をモニタリングしていた。それをこいつらも見ていたら……当然分かる。
「僕が今君に説明したことは、全て
「……最初からそう言えよ」
そういえばルナコも、味方だって言ってたっけ。
「それをあの時点の君が信じたかどうかはまた別だろうさ」
「結局、あんたは何者なんだよ」
「政府のそういう秘密機関だよ。フィクションによくあるだろ?」
「ここはフィクションではないんだが」
「仰る通りで。まあ、いずれにせよ、今回の件でようやく当局もアルター・テラ運営にもメスが入れられる。おそらくこういう事件はもう起こせない……と願うばかりだ」
気付けば、車は止まっていた。
随分と長く話していた気がする。
「まあ、詳しい事は彼女に聞くといいさ。それじゃあ――
車が止まっていたのは――ルナコのマンションの前だった。
「やれやれ……今夜は疲れた」
「これに懲りたら、もうゲームはやめることだね。君にはもっと相応しいステージがある」
俺は助手席から降りると、九条に向かってこう言ったのだった。
「ほざけ。ゲーマーはゲームをしてなんぼだろうが」
九条が何か言う前に俺はドアを閉めてやった。
「……とりあえず寝たいな」
既にもう朝になりかけている。
俺は、ルナコとさて何から話そうかと考えながら――彼女の部屋へと向かったのだった。
☆☆☆
後日談。
翌日には、九条の言う通りアルター・テラはログインできなくなっていた。
ルナコ曰く、当局の捜査が入ったそうだ。色々と証拠は出てきたらしいが……肝心の研究員達の姿が見付かっていないとか。
数日後、俺はルナコに呼び出されて彼女の部屋にやってきていた。
「しかし、研究員が見付からないってどういうことだ?」
「さあ。海外に逃げたのかそれとも……」
なんて話していると、お掃除ロボットからホログラムが表示される。それは小さな竜の姿――つまりニルだった。
『……アルター・テラ内が大変なことになってる』
ニルが切羽詰まったような声を出した。
「は? どういうことだよ。つーかお前、ルナコの作ったVR空間に避難したからアルター・テラ内のことは分からねえんじゃねえの?」
「いや、私も色々とニルに協力してもらって、アルター・テラ内について調べていたら、アクセスルートを見付けたんだよ」
『アルター・テラは現在、
「……やっぱりか。奴等はアルター・テラに逃げ込んだんだ……肉体を捨てて」
二人が会話しはじめて、俺は置いてけぼりだ。
「待て待て、どういうことだよ」
『あたしだけの力じゃどうしようもできない。だから、シグル、ルナコ――力を貸してくれ』
「貸すといってもだな……何をどうすれば」
『なに、いつも通りだよシグル』
そう言って、ニルは不敵に笑ったのだった。
『ゲームだと思えばいい。VR機器を使って、ルナコのサポートの下、アルター・テラにアクセスすればいいのさ』
「……まじで?」
「マジだよ。だから呼んだんだ。アルター・テラを救えるのは――シグルしかいない」
ルナコがそう言ってVR機器を俺に渡してきた。あの日以来、ゲームをする気が出ず、ずっと預けていたやつだ。
「今度は、異世界を救いにいくとかまじで俺、なんかアニメか漫画の主人公じゃね?」
「馬鹿いってないで準備して。バックアップはするけど、なにが起こるか分からないからね」
「へいへい。まあ、異世界だろうがなんだろうが、それがゲームの世界なら任せろよ」
俺はそういって、久々のゲームに正直ワクワクしていた。
ゲーマーは、どこまでもいってもゲーマーなのだ。
「ダイブ開始――」
視界が暗くなり、やがて俺の目の前に大きくこう表示されたのだった。
それはたった数日やってないだけなのに何とも懐かしいロゴとタイトルだった。
――アルター・テラへようこそ、と。
アルター・テラ ~廃ゲーマー俺、惑星再現型VR空間の運営による謎のミッション『AR(拡張現実)ダンジョンを攻略したら賞金100万円』にホイホイ乗ったら命がけだった件 虎戸リア @kcmoon1125
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