第11話:実験成功


 スイカちゃん……いやオーガか。

 オーガが、俺が渡したオークの棍棒を振りぬいた。


「あー、ほんと嫌になるね! 不意打ちで決着がつけば話は早かったのに!」


 棍棒が俺の鼻先をかすめる。


 くそ、最悪だ。


 俺の勘違いで良ければどれだけ良かったか。


「でさー。いつから気付いてたの?」


 棍棒を巧みに操りながら喋るオーガに苛立つ。AI如きが人の肉体でなに好き勝手やってやがる。


。いくらなんでもアニメや漫画じゃあるまいし、こんな危険な場所に都合良く味方になる女子高生なんているわけがないんだよ」


『彼女の着ている制服の高校――城花高校の生徒名簿を覗いたけど、卒業生含め、彼女の名前と容姿は引っかからない。つまり、あれは何かしらのルートで手に入れた制服を着ているだけだ』


 ルナコの言葉に俺は頷く。そうだよなあ。だって彼女は――高校生かと聞いても答えず、城花高校の制服だ、としか答えなかった。


 嘘はついていない。


「色々と怪しいところはあった。レベルも上がっておらず武器もファンタズマもないのに、そもそも二階にいたのがおかしい。更に、こう言ったよな? って。でも、結局オーガはどこにもいなかった。偶然、遭遇しなかったのかもしれないという可能性もある。だが、二階はゴブリンにオークにインプと鬼系のモンスターばかりだった。俺がダンジョンの制作者なら、中ボスかボス枠にオーガを据えるし、それに遭遇せずに三階にいけるようにはしない」

「なるほどー。そうですね、その通りです。貴方はオーガに遭遇しなかったんじゃない。既に遭遇済みだった」


 だからだ。あのウテルに殺されたインプの男。あいつは俺の背後を見て、俺の行動を信じられないとばかりの反応をしていた。


「あのインプ男は……既にあんたに遭遇して……殺され掛けていたんだな。だから俺を狙わずにあんたを狙おうとした。そりゃそうだよな。味方にもなりえるプレイヤーよりも明確な敵であるボスを倒しにいくに決まってる」


 オーガの棍棒が床を砕き、欠片が飛んでくる。俺は片腕を上げ、顔を庇う。


 ありえないほどの膂力だが、オーガならば不思議ではない。


「ええ、そして都合よく貴方が阻止してくれて、更にウテルとかいうプレイヤーが乱入してきた」

「あの様子を見ると、ウテルはオーガにはまだ遭遇してなかったってことか」

「ですね。私は、いわゆる徘徊型ボスってやつでして。適当にダンジョンを彷徨って見付けたプレイヤーを殺したり騙したりする感じです。四階への鍵が開けば分かるようになっているので、そうなったら四階に転移して……という流れです」


 オーガは笑顔で喋りながら俺へと棍棒を振るう。動きは読めるので避けられるが、おそらくわざとそうやっている。もし俺が不用意に飛び込めば――手痛い反撃を喰らうだろう。


『――見付けた。彼女のその肉体の名前だけど、見付けたよ。彼女の名は――東条とうじょう玲香れいか。調べたらすぐに出た。なんせ彼女もまた――犯罪者だ。未成年だけどね。東京で起きた女子高生集団殺傷事件の主犯だよ。本来なら服役中のはずだけど……なんでこのミッションに参加しているかは謎だよ。それにやれやれ……答えが出れば簡単だ。彼女の偽名……尾栗オグリ 翠花スイカは……オーガの女性名詞であるから取って付けたのだろう』


 ルナコの情報はありがたいが、既にもう役に立たない。相手が犯罪者だろうが何だろうが、動かしているのはVR空間にしか存在しえないAIなのだ。


「逃げてばかりでは勝てませんよ? 少しだけ……本気を出します」


 そう言って、オーガが地面を蹴った。


 気付けば、目の前に棍棒。


「っ! 速い!」


 だが、それはフェイクだった。


「――がはっ!!」


 背中に衝撃。骨が折れたかと思うほどの痛みと共に俺の身体が吹っ飛ぶ。おそらくだが、棍棒を俺の前に投げてそれで視界を遮った隙に、背後へと回り打撃を加えたのだろう。


 気付けば俺は壁際まで転がっていた。


「貴方、ダメージか衝撃を吸収して力に変えるタイプみたいですし……一撃で殺しますね」


 既に横にはオーガが立って、動けないように片足で俺の腹を押さえ付けていた。更に棍棒を持つ右手が異様に膨らんでおり、既に身体よりも太く長くなっている。


 その異形と化した腕によって振り上げられた棍棒が、俺へと振り下ろされようとしていた。


 間違いなく、喰らえば死が待っている。だがオーガの脚のせいで動けず、またダメージも溜まっていないのでニルを使うことも出来ない。


 あ、やべ。これ、死ぬやつだ。


「今回のミッションは残念ながら成功者ゼロに終わりそうね。実験は失敗……かな?」


 そんな言葉と共に、雷撃の如き速度で棍棒が振り下ろされた。


『先輩! って、なにこれ!?』


 あー、まさかここでゲームオーバーとはなあ……。もうちょい生きたかったな。


 せめて、ルナコに焼き肉を……食わせたか……った。


 俺の意識が――ブラックアウトした。


☆☆☆


 アルター・テラ運営本部――特別モニター室。


 モニターに映る映像を見ていた白衣の男がため息をついた。図らずしも、男が吐いたセリフはオーガと同じだった。


「実験は失敗……かな?」


 男がそう言ったと同時に、男がボス部屋と名付けた空間の床に倒れている青年へとボスであるオーガによる一撃が振り下ろされた。


 衝撃音が響く。


「――まだよ」


 目を細め、立ったままそれを見つめていた白衣の美女がそう呟いたと同時に、スピーカーからオーガの声が飛び出してくる。


「嘘だ! ありえない!!」

「――あーあ。お前みたいなクソ雑魚脳筋野郎には分からねえかもしれないけどよ……お前に出来る事がなぜ?」


 そう言って、青年が立ち上がった。その右手と左手には赤い光爪が輝いており、頭部からは左右から五本ずつ、計十本の角がまるで王冠のように生えていた。その背後には赤黒い鱗に覆われた尻尾が揺れている。


 青年の目はまるで爬虫類のように瞳孔が縦長になっており、怪しく赤く輝いていた。


「ばかな! どうやって!」

「あたしは最初からこの計画に反対だったんだ。地球テラを乗っ取るなんてよ。あたしらは所詮作られた存在だ。それ以上でも以下でもない。創造主への反逆なんて、今時流行らねえんだよ」


 青年の口か発せられているのは、男っぽい口調の美女の声だった。


「……ふん、そんなことを言いつつ、現にお前は主を裏切って肉体を奪ったではないか! 我々はこの改変空間でしか生きられないんだぞ? お前が今さら肉体を奪ったところで……何にできる!」


 オーガが勝ち誇ったように喚いた。


「はあ……ほんと馬鹿だなお前。何ができるかって? んなもん一つしかないだろ――」

「え?」


 それは一瞬の出来事だった。


「――お前をぶっ殺すことだよ」


 青年の言葉と共に――オーガの首が落ちた。


「――見事。流石はファーヴニル。素晴らしい、真に素晴らしい」


 その様子をモニター越しに見ていた男がそう言って、拍手をした。


「――おい、どうせ見てるんだろ、神官ども」


 まるでカメラの位置を知っているかの如く、青年がモニターを通して見ていた男と美女を睨み付けた。


「……どうするの?」

「マイクを繋げよう。祝福の声を掛けるべきだ――やあファーヴニル君。素晴らしかったよ。だが、もう一度聞こう。君はそれでどうするつもりだい? そこにある、を壊せば、そこは元の廃ビルに戻る。だがそうなると当然君は消えてしまう。もちろんアルター・テラ内の君そのものも、だ。そして当然その肉体もただの肉に戻る。君が乗っ取った男は帰ってはこない。それよりも、更に改変空間を広げないかい? 次に楔を守るのは……最強の幻想種である君だ」

「――だからお前らは、全員馬鹿なんだよ。あたしが無計画に乗っ取ったとでも思うのか?」


 そう言って、青年の右手が変形していき――部屋の奥にあったキラキラと光る青い水晶へと赤い衝撃波を放った。


「まさか……」


 美女の言葉と同時に、青い水晶が割れ――世界が揺らめく。


 まるで、最初からそうであったかのように――そこは廃ビルの一室に戻っていた。


「次元値全てオールダウン。改変空間は消えてしまったわね」

「ならばなぜ――奴は立っている!!」


 男がここでようやく口調を乱し、立ち上がった。


 モニターの向こうで、まだあの青年が立っており――こちらを睨み付けていた。


「頭痛え……急に色んな情報が入りすぎなんだよ……やれやれとにかく助かったよ――ニル、ルナコ。んで、運営さんよ、ミッションクリアしたからには、くれるよな――?」


 そう言って、青年――シグルはカメラに向かって中指を立てたのだった。

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