最終話 宇宙の王者

 卑猥な立体映像に囲まれながら、二体の巨人が掴み合っていた。

「その反骨心……クク、まるで自分を見ているかのようだ」

「黙れ、一緒にするな!!」

「変わらぬよ! 同じ血を分け合った兄妹きょうだいなのだからな!!」

 盛大な兄妹喧嘩と言えば、可愛らしく聞こえるかもしれない。

 だがしかし、その本質は殺し合いであった。

「消えろ!!」

 キングシリウスの胸部に正拳突きを叩き込む。コックピットが音を立てて潰れる。次の瞬間、コントロールを失った巨体が背後に倒れ込んだ。

 ザラはすかさずマウントポジションを奪う。だが、一秒後には形勢が完全に逆転していた。キングシリウスが十隻の戦艦に分離し、上空で再び合体。セントラル・テラを踏み潰したのだ。

 VDヴァンパイアドールの制御は、デバイスを介して脳波で行う。コックピットが潰れたところで、デバイスと機体のリンクさえ維持していれば手足の如く操ることができるのだ。

 一度は圧死したシリウスだが、その肉体は一秒と待たずに再構築される。それが、人類が過酷な宇宙を生き抜くために手に入れた能力だ。

「こなくそ!」

 地に伏し踏みつけられたセントラル・テラ。戦艦十隻分の質量に加え、スラスターの推力までもが牙を剥いている。それでもなお、ザラは吠えた。

「負けてたまるか……!」

 バトルユニットを展開。背部に向けて一斉射。

「おっと」

 キングシリウスがひょいと飛び退く。巨体に似合わぬ軽やかな動きだ。

 だが、ザラはその隙を突いて足に飛びついた。

「くたばれ……!」

 メキメキと音を立て、脚部装甲がへし折れる。そのまま右足を引きちぎったザラは、キングシリウスに回し蹴りをお見舞いした。

「野蛮な肉奴隷め――」

「その呼び方をやめろ!!」

 左腕部粒子砲展開。強い怒りがソウルドライブを掻き回し、タキオンに高エネルギーを添加する。

「食らえ、タキオンブラスター!!」

 艦隊をも消し去るその一撃が、キングシリウスの右腕を肩口から消し飛した。

「くっ――」

 反撃を試みようにも、ベテル艦隊は宇宙での戦いで消耗している。今のキングシリウスにマトモな武装は存在しない。

「トドメだ!!」

 右腕のウェポンユニットを展開。手刀の構えでキングシリウスの腹部を貫く。

「セントラル・アタック!!」

 小口径のビーム砲が、キングシリウスの内部で一斉に火を噴いた。そのシルエットが、ぶくぶくと膨らんだ行く。

「このキングシリウスが……ありえん!」

「さよなら」



 ――爆発。



 燃え上がる火柱を背に、セントラル・テラはポーズを決めた。

 正義は勝つ!



 ベスパサーバーに残されていた映像は、シリウスを引きずり下ろすための決定的な証拠となった。

 ベスパを襲った謎の艦隊がシリウスの配下であったことが判明。それに加えてロメオの拉致及び監禁。次から次へと余罪が発覚し、あれよあれよと地位を剥奪されていった。どうやら遠く離れた囚人惑星にて軟禁されているらしい。

 シリウスの失墜によってザラの名誉は回復し、継承権も復活した。

 ロメオの手回しもあり、なんとアクセルの統治を任されるようになった。セントラル・テラを盗み出してクーデターを成功させてしまった手前、首を横に振ることもできない。アレは王家の責任そのものなのだから。

「僕は久方ぶりの自由を満喫させてもらうことにするよ」

 そう言って旅立ったロメオは、なんでもドラクリア艦隊に弟子入りしているのだという。新たな銀河を目指し宇宙を旅する、生粋の探査艦隊だ。

 そんなわけで、ザラは日々の業務に忙殺されている。

「会見、もうすぐよぉ」

「その後は食事会です。あ、タイが曲がってますよ」

 秘書として雇ったミランダとアカシアは、立派に務めを果たしてくれていた。元々エリートコースを歩んでいたアカシアはともかく、ミランダはなぜこんなに優秀なのだろうか。訊ねたところで、彼女はなにも答えてくれない。



 食事会を終え、ほんの少しだけ時間が空いた。

 メッセージアプリを起動し、子供達への手紙をしたためる。

 ザラの産んだ五人の子供達は、シリウスの奴隷として異常な教育を受けていた。

 複雑な立場の子供達なので、経歴を漂白してキッズバンク送りとなる。経歴と両親から切り離された子供というのは……この時代において、それほど珍しくもない境遇だ。彼らにとっては、その方が幸せだろう。

 とはいえ肉親の情がないわけではない。

 顔も知らない相手だが、産みの母親として、立場を明かさずこうして毎月メッセージを送っているのだ。

 シリウスによる洗脳教育から解放され次第、里親に引き取られることとなる。せめて、それまでは。

「自己満足よ」

 隣りに座ったミランダが、冷たく言い放つ。

「どうせ会えないなら、知らないほうが幸せだから」

 ザラはなにも言えなかった。



 酸いも甘いも噛み締め、鮮烈な再登場を果たしたザラだが、その支持率は非常に高かった。

 無難な政策が評価されているわけではない。

 本人出演の無修正アダルトビデオが出回っているからだ。

 シリウスが放った最後っ屁は、すでに銀河を超えて広まっているらしい。ご丁寧に、ザラの身分証明シリアルを紐付けたうえで。

 その広がり様は、『宇宙一有名なセクシー女優』と形容されるほどだ。

 そこでザラは考えた。

 シリウスがこの動画をばら撒いたのは、ザラを辱めるためだ。本人の意に沿わない形で動画を拡散することで、自分が動けなくなった後も嫌がらせを続けようという魂胆なのだろう。

 そうは行くものか。

 ザラは開き直っていた。

「今日の衣装はこちらになります」

 アカシアから手渡されたのは、ほとんど紐でできたセクシーランジェリーだ。申し訳程度のレースが、淫猥な印象を際立てている。

「あの……私は止めたんですけど……」

 申し訳無さそうに俯くアカシアに、ザラはあっけらかんと告げる。

「仕方ないよ。馬鹿な男はこういうのが好きみたいだし」

 映像の拡散が止められないことを悟ったザラは、それを利用して打って出ることにした。自らアダルトビデオを生産し、荒稼ぎするのだ。

 知名度は十分以上にあるので、広告宣伝費はゼロ。

「決めたんだ……私はエロで宇宙を獲る」

 そうしてシリウスにこう言ってやるのだ。「貴様のおかげで、今やセントラルは宇宙一の恒星国家だ」――と。

 故に今日も、ザラは腰を振る。



 それから百年経たずに目的と手段が入れ替わった模様。

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概念書き換えで死を克服した私が無実の罪で辺境銀河へ流刑されたんだけど~未開拓の地で美女に囲まれ50年~母星が敵艦隊に襲われて壊滅状態らしいけどもう遅い! 抜きあざらし @azarassi

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