第9話 王家の椅子

 予期せぬ来訪者、パイレーツ・ベテル。

 しかしこれは僥倖であった。

 ここにベテルが居るということは、シリウスがここをマークしていたということだ。つまり、ザラに触れられたくないなにかが、ここにある。

「殿下よりの命令だ。ここから先には通さない」

「いいや、押し通ってみせる!!」

 先手必勝。センチュリオンを引き抜き接近戦を仕掛ける。

 国防軍のVD――オウトロックは銃撃戦を想定して設計された機体だ。デフォルトの近接武装はダガーナイフのみ。

 素早く得物を抜いたベテルは、しかしザラの目論見通り一気に押し込まれた。ザラはセンチュリオンを振り抜き、ダガーナイフを弾き飛ばす。

「ちぃ、肉便器の分際で!!」

 毒づくベテルに、格の違いを見せつける。

「こちとらロイヤル便器なもんでね!!」

 必殺、十文字斬り。

 爆発四散した機体を尻目に、すぐさま分厚いシャッターを破る。バリバリを音を立てて千切れたシャッターの隙間からは、淡い光が覗いていた。

 論理子ロジオンから漏れ出す、オーランド光だ。陽のオアメタルは赤い光を、陰のアンドメタルは青い光を、それぞれの計算中に放っている。

 その光景に、思わず感嘆の声を漏らしてしまった。

「これが……惑星サーバー……」

 膨大な論理子により形成された、複雑怪奇な論理回路。それを棒状の物体――シュラフに固めて無数に並べたものが、現代におけるサーバーだ。それぞれ記録部位と計算部位によって構成されていて、ひとつのシュラフにつき容量は五一二512エクサバイトと言われている。

 ザラも実物は初めて見た。

 目の前に立つと、その規模に圧倒される。

 星の情報を包み込む惑星サーバーは、そのなにもかもが規格外だ。

 巨大なサーバーを囲うように取り付けられているのが、論理子の保護とメンテナンスを全自動で行うアイランドユニット。更にその周囲に林立しているのは、外敵を排除するためのバトルユニットだ。

 その姿は、まるでひとつの都市のようでもあった。

(裏コードの入力は……アクセスポイントか)

 アイランドユニットの中央には、外部から物理ケーブルで接続するためのアクセスポイントが設けられている。通常のものより巨大なそれは、しかし一箇所だけ不可解な穴が空いていた。

 ただただ巨大な、謎の穴だ。

 まさかと思い、センチュリオンを差し込んでみる。

「え、嘘……ピッタリじゃん」

 それはまるであつらえたように……というか、測って作ったとしか思えないほどにフィットしていた。


「認証を開始します」


 サーバーが喋った。

「認証完了」

 どうやらザラの予想は的中していたようだ。

 そうであれば、さしずめレイゼーンはセンチュリオンを守るセキュリティシステムといったところか。二重のプロテクトは、事実シリウスの魔の手から見事に "それ" を守りきった。

「ようこそ、セントラルサーバーへ」

「セントラル……恒星サーバーだってこと?」

 機体からコードを伸ばし、デバイスにサーバーを接続する。

 格納されていたのは、セントラル恒星系の歴史そのものだ。

 宇宙船内での王家成立から、第三惑星への移住。恒星系の開拓から、外宇宙へ旅立っていった過去の王族達……ありとあらゆる記録が、ここに刻まれている。

 だが、そんな中で一部だけ、不可解な領域があった。

 他の領域から隔離された、謎のソースコード群。少しばかり調べると、それがVDを動かすプログラムであることがわかった。

 そんなものが、なぜここに?

「アクセスコードを転送します」

「えっ?」

 突如デバイスに表示された、『T-formation』という文字列。更に現れたダイアログに、わけもわからないまま入力する。


「認証完了、バトルシークエンスへと移行します」


 そこから先が早かった。

 壁のようにせり立っていたアイランドユニットが、サーバーユニットを包み込むように展開していく。淡く輝くをあっという間に覆い隠した城塞は、バトルユニットを伴いその姿を大きく変えた。

 その姿は、まさに……巨大なヴァンパイアドール。

「セントラル・テラ――起動します」



 人工芝を突き破ったのは、巨大な掌だった。

 掌だけで家屋ほどもあるそれは、地表を掴んで立ち上がる。

 真紅のボディに白いライン。その配色は、紋章と同様――国を作った先人達の白い骨と、今を生きる民草に流れる紅き血潮。セントラル王家が掲げる、官民一体の理念そのものだ。

 故にこの機体こそが王家の椅子。

 その名も正に、『セントラル・テラ』

 王家の誇りと歴史を抱いた、セントラル恒星系の最終兵器である。

「なんだこれは!?」

「AV見てる場合じゃねえ!!」

「やべーぞ!?」

 立体映像を眺めていた国民が、一目散に逃げていく。公園の中央を貫いた巨体に、人々は怯えきっていた。国の威信とは、いたずらに振るっていいものではないことがわかる。

「さて――」

 山ほどもある巨体が振り返った先からは、パイレーツ・ベテルの艦隊が迫っていた。シリウスの追手だ。

 アルデバランの艦首で仁王立ちしたプロキオンが、セントラル・テラを睥睨する。

「逆賊め。この俺が天誅を下してくれるわ」

 いい加減にこの声も聞き飽きてきた。

「なにが天誅だスカタン野郎」

 ザラの挑発に、しかしシリウスは不敵に笑う。

「お前は力を手に入れ、自分が強くなったと錯覚しているようだが……その程度の椅子、俺も当然に持っている」

 プロキオン……のことではないのだろう。アレと同様、セントラル・テラに相当する代物を奴は持っていると言うのだ。

 一体、なにを?

「ククク……見せてやろう、プロキオンの真の姿を!!」

 高らかに叫ぶシリウス。

 こけおどしか? いや、しかし――


「艦隊合体、ダイアモンドフォーメーション!!」


 まるで指揮者のように、プロキオンが高らかに手を挙げる。

 次の瞬間、アルデバランの艦首が真っ二つに割れたではないか!!

「なっ――」

 艦隊が次々にその姿を変え、一箇所へと集まっていく。それはまるで、小さな魚が寄り集まって巨大な影を生み出すように。

「これぞ真打ち!」

 やがて形成された人型の中心部、心臓を模した機関の前に仁王立ちしたプロキオンが、巨大な椅子に腰掛ける。

「キングシリウス、起動!!」

 胸部装甲が展開し、機体を椅子ごと飲み込んだ。水晶の瞳が、淡い光を放つ。

「そんな、バカな……」

「このキングシリウスこそ、新たなるセントラルの象徴。未来を照らす一筋の光になるのだ!!」

 大仰な口上に、ザラは面食らっていた。

 それと同時に戦慄した。この男の行動力に。

(見損なっていたのかもしれない)

 この男を無能と評するのは、軽率であった。

 こいつは能がないわけじゃあない。そうでなければこんな代物、調達できるわけがない。この男に足りないのは、能力ではなく――思慮だ。

「……そうか、なるほど」

 ザラは気づいた。



「兄上は、底抜けにバカなのですね」



 シリウスはキレた。

「この俺を愚弄するか!!」

「なんどでも言ってさしあげましょう。兄上はバカ、愚か者です」

 淫らな立体映像が映し出される中、低俗な罵倒合戦が幕を上げる。

「許さん……許さんぞ!! 飼い犬の分際で!! 俺の肉奴隷が、俺に逆らうんじゃあない!! ものの順序もわからない愚昧がぁ!!」

「兄上を主と認めた覚えはない!!」

「なにを言う! これを見ろ!!」

 映像が切り替わる。

 ――「言ってみろ、お前はなにが欲しい」

 ――「愛してください、兄上……愛を、卑しいこの愚昧に……」

 ――「そうか……ふんっ!」

 ――「あぁっ♡ 愛しています、兄上ぇ♡」

 全身の血の気が引いた。

「残念だ。あの言葉は偽りだったのか?」

 歯を食いしばりながら、ザラは言葉を絞り出す。

「こんなもの……薬が生み出した幻想にすぎない……」

「それは残念だ!」

 シリウスは高笑いした。

 淫紋と劇薬によってザラが堕落し、浅ましくシリウスの肉体を求めたあの夜の映像は、今も世界中で配信されている。

 巨体に膝をつかせ、ザラは迷った。

 ここでこの男を下したところで、ザラの評判はすでに地に落ちている。国民はこの変わり果てた第四皇女の姿を見て、淫売だと嘲笑うだろう。

 民草に嗤われながら、国を治めることなどできるのだろうか。

 淫らに喘ぐ映し身に囲まれながら、ザラは自問した。

 ここまでされて、なお立ち上がるのか。



 ――否。



 断じて否。



 ここまでされたのなら……否、ここまでされたからこそ。

「兄上……いや、シリウス」

 ザラは再び立ち上がるのだ。

「私はあなたを、絶対に許さない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る