第8話 選定の剣

 大気圏突入と言えど、指定の安全航路を通ればさして無理なく行える。問題はそこから先のことだ。

 艦隊を引き連れる形で降下したザラは、地上で待ち受ける黒い影を睨み据えた。

 黒いボディに蛍光グリーンのラインが走るその機体は、レイゼーンのまがい物なのだろう。シルエットから細部の装飾まで、どこまでも似通った姿をしていた。

 こんなものを用意するのは一人しか居ない。目の前に降り立ったザラは、の主へと問いかけた。

「偽の玉座の座り心地はいかがですか、兄上?」

 だが、シリウスはザラの挑発を一笑に付す。

「フン、俺の椅子こそが王の椅子よ」

 なんともくだらない戯言だ。

「おっと失礼。神聖シリウス帝国の玉座でしたか」

「そうだな。お前を王妃として迎え入れてやろう」

 うわキモ。

「うわキモ」

 キモすぎる。

「フハハハハ! そうやって歪むお前の顔が愉快なのだよ!!」

「殿下、お戯れは……」

 遅れて降下してきた艦隊が、ザラ達の周囲を取り囲む。バリケードのつもりなのだろう。そんなものなくたって、逃げ出すつもりは微塵もない。

 だが、彼の狙いは別にあったらしい。

「準備ができたな。ベテル、例の映像を投影しろ」

「……かしこまりました」

 艦隊の一部が変形し、側面に立体映像を投影する。

 それを見て、ザラは言葉を失った。

「どうだ、いい画だろう」

 ザラの周囲を囲うのは――シリウスとまぐわい乱れる、ザラの姿。

 垂れ流される痴態を眺め、シリウスは満足げに嗤う。



「この場だけではない。惑星ネットワークでこの星全てに配信している。幸福は民と分かち合ってこそのものだからな」



 ザラの思考が停止した。ほんの一瞬……いや、数十秒かもしれない。

 待てど現実に変化はなく、卑猥な映像は今も国中に垂れ流されていた。

「あ、あああ、兄上には……常識というものが、ないのですか……?」

 震える声を絞り出す。

 対するシリウスは、嘲るようにこう言った。

「クーデターに言われたくはないなァ」

 この男は、心の底からザラを見下しているのだろう。

 争いは同じレベルの者でしか起こり得ないと言うが、対話は相手を同じレベルだと認識していなければ成立しない。

 これ以上の問答は不可能だと悟ったザラは、センチュリオンに手をかけた。

「……私を侮ったこと、後悔するといい」

 そもそもこいつの鼻っ柱をへし折るためにこんなところまでやってきたのだ。

 この私をコケにした相手に、叙情弱量や交渉の余地など微塵もない。侮辱や挑発以外の言葉など、最初から必要なかったのだ。

「一騎打ちか。お前のくだらぬ意地を挫くには都合がいいかもしれないな」

 そう言ったシリウスもまた、背負った武器を引き抜いた。

「ベテルよ、手出しは不要だ。この俺が――真の玉座、プロキオンで相手をする」

 プロキオンの構える湾曲した長剣は、シミターと呼ばれるものの一種だろう。刀身には王家の紋章に加え、セントラルに連なる星々の惑星記号が彫り込まれている。

 なるほど確かに見てくれだけは立派なものだ。

 だが。

「プロキオンは他所の星だ!!」

 セントラルの玉座に相応しい名前ではない。言葉とともに斬りかかったザラを、シリウスは曲がった刀身で華麗にいなす。

「なるほど優秀なAIだ。ベスパは恐ろしい技術ばかりを隠匿していた」

 ベスパ産――レイゼーンと同じ補助プログラムだ。ならば機体性能は互角と見ていいだろう。

「ならば!」

 純粋な技量の差だけが物を言う。

 返す刀で応戦するザラを、しかしシリウスはいなし続ける。何度打ち込んでも、有効打が入らないのだ。

 空を切るセンチュリオンを見て、シリウスはこう言った。

「まだわかっていないようだな」

「なにを!!」

「ただの肉便器が、飼い主に実力で敵うはずがないだろう」

「言わせておけば!!」

 もう補助AIの癖は掴んだ。

 鍔迫り合いの最中に体重をかけ、相手の重心を後ろにズラしてから振り抜く。

 ベスパサーバーにあったものと同様だ。このAIは重心がズレると大きめの動作でバランスを取ろうとする。補助を切らない限り、これはパイロットの意思よりも優先されるのだ。

 一歩後退あとずさるプロキオンに、ザラはタックルを仕掛けた。移動中に受ける衝撃に弱いのは、二足歩行そのものの欠陥だ。

 バランスを崩し転倒した敵機に、馬乗りになって殴りかかる。

「――!」

 レーダーに反応。背後に熱源。この動きはミサイルだ。

 舌打ちして跳躍。見れば周囲のベテル艦隊が続々と砲火を放ちザラを狙い撃っている。手を出すなと言われていたはずなのに。

「一騎打ちでは――」

「ブラフだよ!!」

 シリウスが言った。どこまでも不愉快な男だ。

「墜ちろ、雌豚!!」

 ベテルの叫びと共に、砲弾やミサイルの雨あられがザラへと襲いかかる。

「この!!」

 左腕をパージして本体側のソウルドライブを一時停止。一瞬でターゲットを誤認した誘導弾が、切り離された左腕に殺到。すぐにドライブを再起動して、残りの砲弾は気合いで避ける。

「なっ――」

 勝った気でいたのだろう。ベテルは呆気に取られている。

 途切れた砲火の隙を突き、ザラはこの場を離脱した。



 下水道に身を潜め、機体のデータを確認する。

 動作マニュアルから、プログラムのコードまで、デバイスの補助機能を用いて一通り目を通した。

 その結果、不可解な事実が判明した。

 レイゼーンのメインウェポン、センチュリオンに関するデータが一切存在しないのだ。要するに、この剣は本来レイゼーンのものではない。

 ならばなぜ、背負っている?

 真意を確認しようにも、ロメオの所在はわからない。この不相応に巨大な剣について、ザラは自らの頭で考える必要があった。

 そもそもなぜ、この機体には厳重なロックがかけられているのだろうか。

 確かに基本スペックは規格外に高い。それに搭載しているセーフRは革新的な装置だが、しかしここまで存在を隠匿するほどのものではない。概念技師を抱え込んでいるシリウスからしたら、間違いなく驚異ではあるのだが……それだけだ。

 レイゼーンは、王族専用機として持て囃すほど大げさな機体ではなかった。

 ならばなぜ、ロメオは、シリウスは、この機体を重要視していたのだろうか。

 他にも疑問点はある。

 シリウスの駆るプロキオンは、レイゼーンをコピーした機体だ。装飾にわざわざ補色を用いる辺り、かなり意識していることは間違いない。

 だが、そんなあからさまなコピー機体であるにも関わらず、ある一点だけ明確に変更されているのだ。

 背負った得物の存在である。

 なぜ、シリウスはセンチュリオンをそのままコピーしなかったのか。

(……この剣に、なにかがある……?)

 考える。

 この巨大な剣を、後生大事に抱える理由を。

 そう言えば、この機体と共にベスパから運び込まれたものがあった。

 惑星サーバーだ。

(物理キーに仕込まれた、用途不明の裏コード……)

 ザラの中で、なにかが繋がった。

 下水道を通り、中央公園へ向かう。

 緑化地域の一角にぽつんと佇む、ベスパの惑星慰霊碑。その地下にあるのが、旧ベスパサーバーだ。

(位置センサーが生きてるってことは、正常に稼働してるんだよな……)

 考え事をしながら歩いていると、頭上が騒がしくなってきた。近くにあるメンテナンスハッチから、地表の声が響いているのだ。

「えっこれマジでザラじゃんマジかよヤベえな!?」

「ザラ元皇女いいよね……」

「シコれる」

 立体映像を見た市民が、興奮して騒ぎ立てている。

(好き勝手しやがって……腹立つな)

 シリウス諸共吹き飛ばしてやりたいところだが、国民に手を上げた結果レイゼーンの資格を奪われでもしたら本末転倒だ。ここはぐっと耐え忍び、先を急ぐ。

 下り坂を進み、浄水施設が目に入る。緑化地域にやってきたのだ。

 この先、シャッターを破ればサーバールームだ。

 だが。

「やはりここに来たか」

 その声を、忘れるはずもなかった。

「……パイレーツ・ベテル」

 国防軍のVDに乗り込み現れたのは、雌豚海賊団の頭目であった。

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