第7話 レイゼーン

 宮殿の壁をブチ破り、一目散に軍港へと向かう。

「止まれ、そこまでだ!」

 立ち塞がるアクセル軍のVD。その数は三。

「そんなもんじゃあ足りないねえ!!」

 背負った鞘から、一振りの剣を抜く。センチュリオンと銘打たれたそれは、機体の全長近い長さと、機体と同等の質量を誇る大剣だ。レイゼーンに秘められた規格外の出力は、そんなデブ剣をいともたやすく振り回す。

 たったの一振りでサバ折りになった三機を尻目に、納刀したレイゼーンは再び走り出す。まずは軍港でゼロオペ艦を確保して、そのまま宇宙に出る。二人の安全を確保するのだ。

 ミサイルを握り潰し、戦闘機を叩き割る。

 一番近い軍港は、海を渡って隣の大陸。海は走って渡るとして……洋上艦隊との交戦が予測される。

 戦艦相手に単騎でのゴリ押しは、あまりにもリスクが高い。なにか別の手はないかと考えてから、そんなものはこの世のどこにも存在しないと結論づけた。

 心底嫌いな男の吠え面を拝むためだ。

 予想通りに迫る艦隊。

「王家の誇りはシリウスによって穢された! 私はそれをこの手で正す!!」

 肩の紋章を指し示しながら、ザラは叫ぶ。

 だがしかし、アクセル軍の根底にはシリウスへの信奉がある。汚職や人身売買で得たものを、部下に振り分けているからだ。

「構うものか、撃て!!」

 それを皮切りに、無数のミサイルが撃ち出された。ベスパに配備されていたものと同じ量子誘導弾頭は、赤い光を明滅させながら瞬時にザラへと襲いかかる。

 旧ベスパサーバーに保存されていたデータを参照。デバイスと直結した機体が、瞬時に弾道予測を行う。

「――見えるっ!!」

 余計な動きはしない。

 剣を抜き、一閃。

 信管を断たれたミサイルが、青い海へと吸い込まれる。乱れた隊列の隙間を縫い、レイゼーンは甲板へ降り立った。

「なっ――」

 眼前に敵機が現れ、将兵達は慌てふためいている。

 それを尻目に再び跳躍。

 時折現れる戦闘機を叩き切り、甲板から甲板へと飛び移る。

 八艘飛びを成し遂げたザラは、再び海を走って砂浜を跳ぶ。

 目指す軍港は、もう目と鼻の先だ。



 シリウスの世界は、自分を中心に回っていた。

 最も優先されるべきは、自らの快楽や愉悦。次いで利益。

 誰もが彼を無能と謗るが、厳密に言えばそれは間違いである。

 彼は狂人だ。

 彼は一時の満足感を得るためだけに、その後の人生全てをベットできてしまう……そんな異常な価値基準を持った男なのだ。

 シリウスは王族として十二分な能力を持っていながらも、その歪んだ尺度と優先順位によって何度も過ちを犯しているのだ。

 彼は時に、自らの利益すら放棄してまで快楽を求める。

 今がその時だ。

「ザラを捕獲次第、広報活動を行え。すべての国民に、あやつの痴態をみせてけてやろうぞ」

 命じると、将校は露骨に表情を歪めた。

「し、しかし、あの方の所在が漏れるのは……」

「構わぬ」

「は、はは……」

「ゆけ」

 震える敬礼と共に、将校が退室する。

「愚妹め……」

 シリウスとザラは、共に正室の子であった。

 愚鈍な兄と、優秀な妹。周囲の人間は、揃って彼らをこう評した。似ても似つかぬ兄妹だ、と。

 しかし今この瞬間、二人は同じ感情のもとに動いていた。

 心の底から気に入らないあいつを、徹底的に貶め辱め、その心を根本からへし折ってやりたい――と。



 宇宙に上がったザラを待ち受けていたのは、肉便器海賊団だった。

 十五隻の艦を率いた女傑は、オープン回線で高らかに叫ぶ。

「久しいなザラ! だが、このパイレーツ・ベテルを相手に単機で挑むつもりか?」

「当然」

 啖呵を切ってレイゼーンに乗り込んだザラは、デバイスを通じて艦にカタパルトハッチの開放を指示する。複合金属のハッチが開けば、眼前に広がるのは星の海。

「ザラ・ユベロ・ラギア・セントラル……レイゼーン、出る!」

 射出は音声認識だ。

 自動航行の艦から飛び出したレイゼーンは、両腕に構えたバズーカの照準を旗艦――アルデバランに合わせる。

「いろいろ持ち出したみたいだけど、たったひとりでなにができるんだい!?」

「できるさ、なんでも!!」

 邪魔が入ることなどわかりきっていた。

 故に、宇宙港で強奪したのはふねだけに留まらない。

 ドラゴンスカルを照準サイトに合わせ、熱煙閃光弾を発射。暗い宇宙を照らす閃光と、強い熱を帯びた煙が撒き散らされる。

 いの一番に視界とセンサーを潰され、ベテルは悪態をついた。

「王族のくせに姑息なことを!」

「ウチのバカ兄貴には及ばないかな!!」

 目くらましの効果時間などたかが知れている。目的は挑発と移動だ。

 両足のミサイルポッドは全弾射出。あくまでこれは囮だが、そうと悟られないようダミーバルーンもばら撒いておく。

 そろそろ目くらましの効果が切れる頃だ。

「殿下を侮辱するつもりか!!」

 随伴艦が無数のビームを斉射。ミサイルはすべて落とされたが、位置合わせは完了した。

 アルデバランの左奥、タキオンブラスターを撃つためにだけ存在する巡洋艦――メビウスこそが、ザラの真の狙いだった。

 センチュリオンを構えて突撃。最小の動きでエネルギー転送装置を叩き潰し、素早く離脱する。

「バカな、たった一機で――」

「大事なものは、奥にしまっとかないとね!!」

 僚艦に気を取られたベテルの隙を突き、デバイスを操作し母艦から新たな武装を射出。バズーカと持ち替えたのは、対複合装甲用のバンカーランス。敵艦に超高速で突撃することで、分厚い装甲を力づくで破り先端の弾頭をねじ込む凄い奴だ。

「突貫!!」

 全スラスター点火。ランスによって倍増しされた推力でどんどんと加速していく。

「くっ」

 迎撃用の小径弾が装甲を叩く。だが、そんなものでは王家の証を砕けない。

「いただき!!」

 アルデバランの主砲にランスをねじ込む。内部の機構に誘爆し、耐えきれなくなった砲身がぶくぶくと膨らんだ。

 爆炎とともに離脱したレイゼーンは、すぐさま次の一手を打つ。

 腕部のポッドから無数の発煙筒を射出。母艦へ指示を出しつつ、煙に紛れて敵艦隊の側面へ回り込む。

「全艦ミサイルを撃て! 煙を張らせ!」

 二度目は流石に対応が早い。

 爆風で吹き飛ばされた煙の隙間から、ザラは大胆に躍り出る。もう一本のバンカーランスを構え、手近な艦に突撃した。

「リゲルⅢ! 九時の方向!」

「ヨーソロー!!」

 驚くことにオープン回線。

「回線戻すの忘れてるよ!!」

 避ける方向がわかれば当てに行くのも容易い。

 ――しかし。

「バカめ!!」

 罠だ。

 偽の指示に踊らされたザラは、ミサイルの群れへと無防備にも突っ込んでしまう。

 宇宙空間を漂っていたミサイルが、敵機の姿を検知し一斉に動き始めた。

「こんのぉ!!」

 こんなところで墜ちてたまるか。

 機体とランスの推力を併せ、ビームを避けながら突撃。そのまま進んで敵艦ギリギリまで急接近。

「その勢いでは相打ちだな!」

 激突すれば、確かに機体はもたないだろう。

 だが。

「なんの!!」

 すんでのところでランスを振るい急旋回。触れそうで触れない距離を維持して再加速。母艦に近づきすぎたため、ミサイルの半数が自爆。残りの半数は、離れた位置からレイゼーンを追尾する。

「ここで反転!」

 巧みなランス捌きで転回し、ありったけのダミーバルーンを射出。

 新たな熱源を相手に隊列を乱したミサイルはほぼ全滅――も、利口な一発だけは最後までザラを捉えていた。

「これで最後!」

 ギリギリでランスを叩きつけ誘爆。

「だが武器はなくなったな」

 残った武装はセンチュリオンのみ。とても艦隊とやりあえるような装備ではない。

 だが、ザラは勝利を確信していた。

「お生憎様。目的は達成したんでね」

「なに?」

 そう、彼女達は忘れていた。

 ザラが逃がそうとした、母艦の存在を。

「ま、まさか!!」

 飛び散った煙幕に紛れ、母艦はすでに安全圏まで退避している。それを見届けたザラは、単身大気圏へと突入する。

「ぶ、部隊を二分し艦に追撃を――」

 混乱するベテルに、シリウスからの通信が入る。

「もういい」

「しかし――」

「ベテル艦隊も降下しろ。地上で決着をつける」

「……仰せのままに」

 かくして、戦局は流転する。誰もが予期せぬ方向へ。

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