恐るべき陰謀の甘い正方形!?

楠本恵士

天使と悪魔の誘惑〔一話完結〕

 その日もT崎の家に、例のブツが大量に入って、膨らんだレジ袋を二つ提げた友人のN田が「ふーふーっ」息を切らせてやって来た。

 N田を自分の部屋に通したT崎は、一階の台所から黒い炭酸飲料が入った、ラージサイズのペットボトルを持ってきてT崎に渡して言った。

「喉乾いているから、飲むだろう」

「おっ、サンキュー」

 T崎が、一気にペットボトルの半分ほど、黒い炭酸飲料を喉に流し込むのを見ながらN田が呟く。

「まるで、トドの食事だな……で、今日のブツは二袋か、大人買いだな」

 N田は憂鬱ゆううつそうな顔で、並べて置かれたレジ袋を眺める。

 黒い炭酸飲料を飲んで、ゲップしたT崎が言った。

「協力頼むよ、一人じゃ処理しきれないんだ……家にはまだ、段ボール箱一箱ぶんある」

 T崎は、低いテーブルの上にレジ袋に入った。

 正方形の魔のカロリー物体を、レジ袋から出すと山盛りにして置く。

 それを見たN田の表情が曇る。

「はじめるぞ」

 T崎とN田は、手慣れた手つきで四角い物体が包まれた包装を開けていく──袋の中からは、正方形をしたピーナツ粒がサンドされたチョコレートが出てきた。

 T崎が、袋から取り出したチョコレートを一口食べて言った。

「やっぱり、普通に美味いチョコだな」


 黙々とチョコレート菓子の包装を、破っていく作業。

 T崎とN田の目的はチョコレートでは無かった。

 チョコレートの匂いがついた、一枚の四角いシール──一個のチョコレートに一枚しか入っていないシールが目的だった。


 チョコレートの裏側に入っていたシールを取り出して見た、T崎が言った。

「また、こいつか……ダブりまくりだな」

 N田が金色に輝くシールをT崎に見せる。

「このシールはどうだ?」

「出た! レアシールだぁ!」

 全部のチョコレートの包装を開けて、シールだけん取り出したT崎は満足そうにオマケのシールを集めて、カードケースに仕舞うとN田に言った。


「それじゃあ、残ったチョコレートを二人で食べるか」

 黙々と四角いチョコレートを食する作業が続く。

 N田が、脂身が増えた腹を指で摘まみながら言った。

「オレ、この数週間で五キロ太った」

 炭酸飲料で、口の中のチョコレートを胃に流し込みながらT崎が言った。

「オレなんか、十キロ太った」


 なかなか減らないチョコレート菓子。

 食べながらN田が言った。

「なぁ、オレ思うんだけれど……このシールが入ったチョコレートは、誰かの陰謀じゃないのか……しょっちゅう、何かとコラボしたシールのシリーズ発売されているし」

「陰謀って誰の?」


「メタボ人間を増やしたいヤツら……メタボ体質にして合併症を発生させたいヤツら」

 そこまで喋ってから、N田は盗聴器でも探しているかように、部屋の中を見回して声のトーンを少しだけ落としてT崎に言った。


「医者って人を健康にするのが仕事だよな……でも、健康な人ばかりが増えたら医者も廃業するよな……矛盾していないか。

だから意図的に不健康なメタボ人間を増やすために、チョコレートの中にコレクターの購買意欲を刺激するシールを入れて……」

「考えすぎだよ」


 N田とT崎はまた、黙々とチョコレートを食べる。

 N田が言った。

「じゃあ、ポテトチップス業界の陰謀だ」

「はぁ?」

「ポテチって体に悪い油を使っているから、あまり食べない方がいいと……何かで読んだぞ。そんな体に悪いもの、どうして取り締まりもされずに平然と店舗で売られているんだ?」

「そりゃあ、タバコが店で売られているのと同じ理由だろう……取り締まって販売禁止にはできない、販売禁止にしたら生産者の生活とかに影響が出るから」


 N田がチョコレートをパリッと噛りながら言った。

「甘いチョコレートを食べれば、塩気が欲しくなる、しょっぱいポテトチップスが売れる……これが、オレが仮説を立てた『ポテトチップス業者陰謀説』だぁ!」

「力説されても、それ違うと思う……偶然に陰謀説が真相を直撃していたとしても、あまり人に言わない方がいいぞ……口封じで暗殺される」

「そうだな、チョコレート食べて暗殺されたら、たまったもんじゃないよな……ふぅ、チョコレートで腹一杯だ、もう夕食食べなくてもいいや」

「じゃあ、残ったチョコレートは半分持って帰る。夕食前のオヤツと、オレの夜食だ」

「まだ、食べるのかよ!」


 T崎が帰ると、N田は残されたチョコレートの山を眺めて、タメ息をもらした。

「まったく、甘いチョコレートの天使の誘惑と、コレクターの購買意欲を煽る悪魔のチョコレート菓子だよな……正方形をした、このチョコというのは」


恐るべき陰謀の甘い正方形~おわり~

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