古本の香りは邪魔をする

夏伐

古本の香りは邪魔をする

 俺は趣味で小説を書いている。


 ゲームみたいなものだ。確かに書いている時は楽しいが、その後、小説サイトに投稿した後に「スター」や「フォロー」してくれる人がいるととても嬉しい。


 さらにはそこに「ブックマーク」「PV数」が加わってくると、もはや高得点をたたき出すためのゲームと化す。


 金も掛からない、承認欲求は満たせる、時間もかかる。今のインドア推奨社会で、俺は中々に良い趣味を見つけたと思う。


 なろうというサイトに毎日投稿。これはかなり大変だが、毎日投稿するとアクセス数がやはり全然違うのだ。


 まぁ――とは言っても底辺なんだけど。


 そんなわけで、書き始めてから小説をよく読むようになった。小説の書き方が書かれているサイトや説明している動画を見たり中々に忙しい毎日を送っている。


 さすがに何か月か書いていると自分の文章に成長を感じる。それに、小説用に新設したアカウントも徐々に成長してきて育成ゲーム的な楽しさもあった。



 その日、アマゾンをぼーっと見ていると、小説の書き方の本がオススメされた。

 情報がとられていることを感じながら、俺はそのオススメをクリックする。


 中古本しかなかったが、口コミレビューがかなり良い。


 値段もそんなに高くない。送料でバカ高い金額をかすめ取る詐欺会社でないことを確認して俺はその本をポチった。


 お急ぎ便で明日、配達されるらしい。


 今日も今日とて、眠る前までなろうに投稿する小説を書いた。


 文章に成長を感じてから、少しブクマが増えた気もする。そういう嬉しさもあって、俺は構成を勉強したり、色んな本を読み漁る。


 明日届く本でまた成長できたら良いなぁ。


 そうキラキラと思いながら眠りに落ちた。



 翌日、ポストに届いたその本を読み始めると変なにおいがした。



 古本だからな、と思いつつそのにおいが気になってしまう。

 嗅いだことのある香り。何だか食べ物系だった気がする。本をさーっと読み込んでいくが、どうしても頭に入らない。


 俺は絶対にこのにおいを知っているはずだ。


 どうしても気になって、書き溜めしている小説すら書き始めることができなかった。


 俺はにおいを調べるために、とにかく外に出ることにした。


 外は肌寒い。焼き芋売りが公園にいた。これじゃない。


 とにかくスーパーに行ってみるが、本のにおいはフルーツ系の臭いではなかったな、ということしか分からなかった。


 歩いているうちに、腹が減ってしまった。


 近くにあったガストに入って、とりあえずドリアを頼んだ。安いから。


 食べているうちに、探している臭いが横を通る。ウェイトレスが運んでいるものを見る。目の端で追った所、それはカレーハンバーグだった。


 カレー!


 そうカレーだった。


 本のにおいはスパイシーなカレーの香りだったのだ。


 謎が解けた俺は、さっそく家に帰った。書きかけの小説に書きかかる。が、進まない。


 本にこんなににおいが染みつくなど、前の持ち主はインド人か……?


 考えてしまえば、脳みそに浮かび上がるのは小説の舞台ではなく、謎のインド人。剣や魔法のファンタジーを想像したいのに、民族音楽と踊るインド人が再生されてしまう。


「くそ……」


 小説の書き方の本は何だかためになる内容だった。レビューが良いだけはある……。だがこんなにスパイシーな香りを纏わせている本が横にあっては、気になって小説が書けやしない。


 俺は急いで本をPDF化してくれる業者に申し込んだ。


 急いで指定された銀行に振り込み、箱に詰めて郵送した。


 カレーのにおいから解放された俺だったが、その日はついに毎日投稿記録が途切れてしまった。

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