第二部・その5


 こちらサポート4、バーニングフィストがチャーリーチャーリーと交戦中。伝令は随伴していないようだ。

 了解サポート4。こちらサポート3、スケッチが書き上がった。ライトニングダンサーに持たせるのでサポート5の合流を待て。

 了解した。

 こちらサポート2。ファイアーマスケティアの到着が遅れているようだが?

 こちらサポート1。いいことを思い付いたと言っている。よからぬことにしか思えないが。

 こちらサポート2。サポート1、フロストシューターに行ってもらうか?

 せっかくいい形に網を張れたので、伝令を取り逃したくない。……位置は送信する。イダテンとフロストシューターは、万一の際にいつでも来られるようにしてほしい。

 こちらイダテン。他にすることは?

 ないな……適当な場所で待機、ドローンが戻って来たらバッテリーを交換してポータルの捜索に回してくれ。

 こちらサポート5。サポート4、ライトニングダンサーが到着したらそこで待っているよう言って。独断専行の単独行動は、

……わかっている。伝えておく。


 住宅街の狭い路地裏を抜けて、不死兵の伝令と護衛、そしてNK9は目的地の公園にたどり着いた。

 発見されたのが予想以上に早く、すでに大きな通りには自衛隊のトラックや装甲車が待ち構えている。

 避難も粛々と進められ、避難所以外はもぬけの殻だ。そして当然のように、避難所は自衛隊が守りを固めている。

 民間人向けの警報が鳴らされた時には、目星はつけられていたとしか思えない。

 このままでは、帰還に必要な生命を得ることができない。

 万一の場合は、護衛を殺して共食いすることになる。それでも生きて帰れる保証はない。誰か一人でも、生きた人間を。

 伝令は護衛をちらりと見た。大柄な体を鎧で覆い、その上に金属音を立てないように布を巻き付けてある。

 重装不死兵となるべく選抜され、鍛えられ、さらに夜間の隠密行動を行う訓練を受けている。

 そしてこの任務が危険であることも、獲物が足りないときはどうすべきかも知っている。覚悟は決めている……はずだが、緊張に身を固くしている。

 ポータルにたどり着くまでは命をかけて守らなければならない伝令に、殺されて……命を捧げなければならない。獲物が確保できないときは。

 それもポータルにたどり着ければの話だ。自衛隊に、そして、やつらに見つからなければの話なのだ。

 少し進んだところで、照明の下のベンチに腰かけている女を見つけた。若い女だ。制服を着ている。たぶん学生。

 何らかの課外活動をしているのか大きめのかばんに何か長いものを入れた袋。銃かもしれない。しかし日本の民兵なら、腕章とバッジをつけているはずだ。

 女はスマートフォンに視線を落として回りの様子を見ていない……民兵かもしれないが、不死兵の襲来に備えていない。そう判断していい。

 そして一目でわかる。やつらではないと。

 護衛が消音器のついたStgを構える。できれば殺さず、生きたまま捕えたい。NK9をそっと放すと、茂みの中を音もなく進んでいった。

 茂みの端から、女のいるベンチまで最短のところまでたどり着き、そこからNK9は一気に飛びかかった。

 次の瞬間、女とNK9の間に光の障壁のようなものが見えた。それにぶつかって着地したNK9に、女はかばんから取り出した銃を構えた。

 拳銃にしては少し大きい。ライフルや散弾銃を切り詰めたもののようにも見える。銃身を滑らせるように狙いを定め、引き金を引く。

 少し離れた所からも撃鉄が落ちるのが見える。それが打金を跳ね上げ、撃鉄の先につけられた火打ち石が火花を散らせる。

 小さな火花が火皿に落ち、火皿から銃の内側へ火薬が燃え広がる。そしてその力が、銃口から銃弾を撃ち出していく。

 それは見るからに古臭い、二百年近く前のフリントロック式のピストル。しかし女は近距離ながら動いているNK9の頭に命中させ、撃ち倒されたNK9は起き上がる事がなかった。

 あの女は……やつらだ。伝令は確信した。

 さずかりものを、もっている。

 しかし、あの姿ではない。武器も単発だ。ならば、倒せる。倒して、餌食にする……護衛に突撃するよう指示を出す。

「来たよ……いくよ!」

 かばんからもう一丁、フリントロックピストルを取り出す。撃ち終わった方の撃鉄を起こして、構える。

「変身!」

 空の銃から散った火花が、女の周囲にまとわりつく。、それは消えるどころか火の渦となり、炎を纏うように広がっていった。

 護衛がStgを撃ち込む。しかしNK9を止めた障壁に銃弾は止められ、炎の渦の中に消えていった。

 女の着ていた制服はいつの間にか消えていた。代わりに炎の渦が体を覆い、それが弾けると、白いラインの入った赤いドレスになった。

 間違いない。やつらの一人だ。倒せる可能性があるのは、今しかない。伝令はMPを撃ち込み、護衛に前進するよう指示を出した。

 銃弾は障壁に止められる。しかし重装不死兵が負傷を恐れず近寄れば、

 変身はまだ終わっていない。女はもう一方の銃を護衛に撃ち込む。火の玉となった銃弾は鎧の上で弾け、炎となって護衛の全身を覆った。

 鎧を覆った布が焼け落ちる。鎧は所々赤熱し銃弾の当たった箇所は白熱していた。全身の肉が焦げる匂いが周囲に立ちこめる。

 しかし鎧を貫通してはいない。伝令は手にした箱を開け、中のシュリンゲンズィーフ線源を護衛にかざした。

 範囲の狭い弱々しい菫色の光が護衛に浴びせられる。全身を焼かれる痛みとショックで動けずにいた護衛が、咆哮した。

 護衛はStgを投げ捨て、突進してきた。掴みかかる直前で障壁に阻まれるが、籠手が赤熱し中から肉の焼ける煙が立ち上っても、ジリジリと距離を詰めていく。

 ドレスの上に黒いコートを纏った女の顔に明らかに動揺が見えた。ドレスのホルスターに空の銃を納め、新たな銃をかばんから取り出そうとしている。

 炎の障壁は護衛の回りに集中している。他の守りが弱くなっているのでは……伝令は女の背後に回り込み、MPを構える。

 次の瞬間、頭に強い衝撃。そして虚無。何が起こったのか、感じる間もなく。


 伝令の目の奥に微かな閃光が走り、銃弾の衝撃で弾け飛ぶ。それだけ確認するとケンジロウはライフルのレバーを操作して空薬莢を排出した。

 ライフルに電解弾を装填して、背中に回す。ファイアーマスケティアが護衛に火炎弾を撃ち込むが、貫通力の弱いフリントロックピストルでは鎧を貫通できない。

 少し移動して立ち位置を変えると、ケンジロウはHK416を構えて護衛の腰に撃ち込んだ。

 一般的にANTAMは、周辺被害を避けるため柔らかい弾頭を使う。しかしケンジロウが用意したのは、軍用の硬い弾頭であった。

 銃弾は事もなげに鎧を貫通し、数発で護衛の腰骨を砕いた。踏ん張りが効かなくなり、その場に座り込むように倒れる。

 続いてケンジロウは護衛の頭を狙ったが、護衛はすぐに手で遮った。腕や手の鎧、そして兜を撃ち抜くと銃弾は脳まで届かないようであった。

「ファイアーマスケティア、落ち着け!中身はただの不死兵だ。フリントロックでは鎧を撃ち抜けないだけだ!」

 伝令が用意したシュリンゲンズィーフ線源をケンジロウは探したが、護衛の背後にあって死角になっている。

 周辺被害が出ないよう慎重に位置取りして……その必要はないだろうと頭の片隅で思いながら、移動を始める。

 障壁が消え、ファイアーマスケティアは少し間合いを離した。コートの下にフリントロックピストルが六丁、両手に一丁ずつ。背中にラッパ銃。

 ファイアーマスケティアの顔が、ほんのわずかな時間稼ぎ、それで充分だと言いたそうな自信に満ちた表情に戻っていた。

「つまり……」立ち上がり突進してきた護衛に、ファイアーマスケティアは火炎弾を撃ち込む。鎧が真っ赤に焼けても構わず護衛は突進してくるが、それをヒラリとかわす。

「こういうことだね!」

 ケンジロウが撃ち込んだ銃弾の痕。肉体は再生しても、鎧は再生しない。そこにフリントロックピストルの銃口を押しつける。

「慈悲を与える!」

 鎧の中で、火の玉が弾ける。全身の鎧の継ぎ目から上がっていた煙が、一気に燃え上がった。

 護衛の上げた断末魔の叫びも、ケンジロウがシュリンゲンズィーフ線源を破壊するとすぐに収まった。中の肉体が燃え尽き、鎧が崩れ落ちる。

 ファイアーマスケティアが銃を納めた時、空が急に明るくなった。雷鳴。それも、結構長い。それは、

「こちらサポート5、ライトニングダンサーがチャーリーチャーリーに慈悲を与えた」


「気が済んだか」伝令の死体を改めながらケンジロウが言う。

「だから変身してから出撃しろとあれほど」

「結果として伝令を誘い出せたんだからいいじゃない。障壁の強度もだいたいわかったし……まさかあんなのが護衛についてくるとは思わなかったけどさ。昼の人たちはあんなのと戦っているんだね」

「あんなのは昼でもめったに見ない……相性が悪かっただけだ。弱点がわかれば、対策は楽だったろう。だがこういうこともあるのだというのは、忘れるな」

「はーい」

「何かあったら、誰かが死ぬ。そんなことが二度とあってはならない」

 ケンジロウがユウコを呼んで、伝令の荷物を持たせる。協会から自衛隊に話は伝わったようで、通りで待機していた隊員やトラックが前進を始める音が聞こえてきた。

「人が来る。アナモリ、隠れろ」

 協会と自衛隊の間でだいたいの話はついている。やってきた自衛隊の斥候とケンジロウが話をして、何人かの自衛官が現場の周囲に立つ。

 他の自衛官は現場を見ないようにしながら周囲を警戒し、通りすぎていく。ポータル破壊デバイスを積んだヘリコプターのローター音が遠くに聞こえた。

「こちらサポート1。サポート5、ライトニングダンサーの様子は?」

「こちらサポート5。ライトニングダンサーとナチュラルスケッチャーはサポートXが回収しました。ライトニングダンサーは、いつも通り寝ています」

 世話の焼ける。深くため息をつきながらケンジロウがつぶやく。

「しょうがないよ、そういう力なんだしさ」

 自衛官がいなくなったところで、アナモリが茂みから顔を出した。

「チャーリーチャーリーを一撃で倒せるのは心強い戦力だよ」

「そうなんだが、強力すぎる。技も派手すぎる……口の硬い奴だけが知るとはもう限らない。隠しきれなくなるのも時間の問題だろう」

「それを考えて、どうするか方針を決めるのは協会の幹部でしょ。あたしたちギフト持ちの運命を決めるのは」

「おまえがそれでいいのなら、それでいい。だがあの子たちは」

「……守ってやれるといいね」

「少なくとも、不死兵やチャーリーチャーリーからは守りたい。それくらいなら、俺にも……そうでもないか」

「妙にしんみりしてるね」

 ケンジロウはまだ、伝令の死体を改めている。何か棒のようなものを包んでいるのが、アナモリにも見えた。

「こいつはおまえがギフト持ちだとわかっても逃げなかった……その訳がわかった」

 ケンジロウが話す前に、アナモリには感じられた。これは。つまり、こいつは。

「ウィンドランナーのギフトを持っていた……間違いなく、ウィンドランナー……長原アツミを殺した不死兵の一人だ」


「放せ、放せよ……!一発あいつをぶん殴らないと!」

 ヤグチの方が体力もあり、格闘戦にも強い。ケンジロウが手伝っても、振りほどかれないようしがみつくだけで精一杯だった。

「なんでだよ!なんでおまえがいてやらなかったんたよ!なんで止めなかったんだよ!あいつがどれだけ、おまえを、おまえを……答えろよイケガミ!」

 オオモリは身を固くして立ちすくんでいる。キタコウジヤもショックで身がすくみ、ヤグチの声に耳を塞いで座り込んでいた。ハスヌマは……身を震わせながらスケッチを描いていた。そのように、手が動くのだ。

 ヤグチの肘打ちが額を直撃し、気が遠くなりそうな中アナモリは見た。

 血だまりの中に座り込んでバラバラの骨を抱き締めて泣きじゃくるサポート6……池上ナオの姿を。

「どう見てもおまえのせいだろ!おまえが!ナガハラを!死なせたんだ!どうしてなんだよ……どうして……あんたは、そんなことする奴じゃないのに……!」


 アツミのギフト以外の、伝令の持っていた戦利品は、ビニール袋に入れて協会の回収班に任せることになった。

「これは俺と雑色先生で預かる。後で梅屋敷さんにも見てもらおう……もうここですることはない」

 ケンジロウはバイクを停めてある駐輪場へと歩いていった。アナモリは変身を解いて、それについていく。

「人気のあるところまては一緒にいてよ。ギフト持ちを一人にしちゃ、だめなんじゃないの」

「そうだな。サポート2と合流して、オオモリと一緒に送ってもらおう……バイクに乗るまでは、荷物を持つぞ」

 アナモリは何か不服そうだったが、会話は続かなかった。

 駐輪場までの道は話を再開するには短く、迎えの車両が到着して待っているくらいは、長かった。

 ケンジロウはアナモリの荷物を車に積む。車に乗り込む前に、アナモリはふと思ったことをケンジロウに聞いた。

「ねえケンジロウ……それが、イケガミさんのそばにあったら、なんかなるのかな?なんていうか……」

「……ならないだろうな。それはおまえも、よく知っているはずだ」

 だよね。そう思いながら車に乗る。

「……何か、だが何かが、変わるかもしれない。それを期待して、俺がこれを預かる。池上が……」

 戦闘能力だけなら今でも申し分ない。今の方が優れていると言ってもいい。だが、それは、

「……そうだな、なんかだ」


 信号待ちの間に、プラムL小隊の連絡網をチェックする。ナオは八王子から帰宅途中、サチとコノミは自宅で待機。タカヒロがまだ学校にいて臨時避難所を用意している。

 ハルタカとミユが応援に来ている。ミユは銭湯の帰りで、携帯を持っていなかったようだ。

 ガレージに入ると、控室からミユが顔を出した。ガレージの音を聞きつけたのだろう。

「どうした六郷……片付けが終わったら帰っていいんだぞ」

「あの……飯田先輩は」

「第五区の支部でレポートを書いて、終わったらラーメン食べに行くそうだ。不死兵の出現は、少しの間、なさそうだからな。飯田に何か用か?」



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ホウカゴ・ウォーフェア 不死戦争(ノスフェラトゥ・コンバット) 原田 塩鳥 @Dropmeet

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