涙にも濡れない赤い糸


 (え?え?え?なんで?どういうこと!?)

 私は動揺してしまう。そして、それと同時にとてつもない不安に襲われる。私は雪斗の運命の相手じゃ・・・なくなったってこと?そう思うと急激に悲しみに襲われた。今までずっとつながってたのに・・・なんで・・・

 雪斗に正直に聞いてみよう。見えるようになったのって。そう決意しても唇が震えてうまく声が出せない。かろうじて口から漏れ出てくれたのは、


「・・・して、・・とも見えるようになったの?」


というかすれた声だった。雪斗は自分の左手に夢中なのか、こちらの声は届いていないようだった。ほっとしたような、悲しいような。

 とりあえずいつもの調子取り戻さなきゃ!そう思って私は焦って雪斗に声をかける。


「・・・雪斗?私の話全然聞いてないでしょ。さっきから左手気にしてるけどどうしたの?突き指でもした?」


 なんてへたくそなごまかし方だろう・・・全く私ってばホントダメなんだから。でもどーせ雪斗はいつものように軽く返してくるだろうけど。なんて予想は大外れで、雪斗は確信をついてきた。


「美咲こそどうしたんだよ?すごい悲しそうな顔してるけど・・・」

「え?うそ?・・・・・いや、何でもないよ!話聞いてくれなかったから悲しくて顔に出ちゃったのかも!」

「え、それは美咲らしくないなー。いつもなら「話聞いてよ!」って怒って殴ってくるところなのに」

「私のこと何だと思ってるの?」


 な、なんとかごまかしきれた。雪斗はこういうときだけいつも鋭い。だけど、ばれないように必死に笑顔を作ってごまかした。

 ・・・それでも私の動揺は治まらない。どうして、雪斗とつながってた糸が外れちゃってるの!?



* * * * *


転校生の新浜さんがクラスに来てから、私の動揺は余計に大きくなる。なんで、新浜さんと雪斗が赤い糸で結ばれてるの!?雪斗のほうを見ると、予想通り、自分の左手と、彼女の左手をまじまじと見ていた。やっぱり、雪斗にも見えちゃったんだ・・・

どういう運命なのか、新浜さんの席は私の隣だった。彼女が「よろしく」と微笑みながら言ってくれたのに、私は彼女の左手の糸ばかりが気になってしまう。彼女も私の視線に気づいたのだろう。


「朝比奈さん。私の手がどうかしたのですか?」


 と聞いてきた。私は「ううん。ごめん。きれいな手だなーと思って」と言って適当にごまかした!いや、私ちょっときもくない?

はあ、それでも気になって仕方ないよ。そう思いながら今度はぼんやりと雪斗のほうを眺めていると、雪斗が振り返ってこっちの方を見たから、あわてて目をそらしてしまう。雪斗に心配されてるだろうなー・・・



* * * * *



 その日の帰り道は、雪斗も私も、どこか上の空だった。「また明日―」と適当に言い合ってそれぞれの家に帰る。自分の部屋にふらふらと行きついた私は、気が抜けたのか、涙が止まらなくなってしまう。


「どうして?どうして?どうして?昨日までずっと雪斗の糸とつながってたのは私だったのに!・・・・どうして?」


 涙が止まらない。拭っても拭っても涙がこぼれてくる。私は10年以上赤い糸を観察してきた。赤い糸がつながっていない人が告白に成功したことは今まで一度もなかった。それは絶対的な事実なのだと私は確信している。

 必死に涙をぬぐう。そうやって涙をぬぐっても、赤い糸は全く実際には実態がない。涙にも濡れない赤い糸。私はこの糸が恨めしくて仕方なかった。


 新月のこの夜。皮肉にも彼女の泣き声はだれにも届くことはなく、夜の底へ沈んでいった。



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涙にも濡れない赤い糸 日南雨空 @HinamiSora

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