【第3幕】『解決編~剥がれたアバター~』
3Dで形作られた“世界”を夕暮れが包んでいる。
もちろん、VR空間に太陽など存在せず、あくまで日の入りの光景を再現しただけである。
しかし、現実の夕暮れにも負けないその光景は、制作者のこだわりを見る者に感じさせた。
「……やっぱり、ここにいたんですね。六山さんを殺害した犯人さん」
夕日を掻き分けるようにして、科学探偵の外見を模したアバターが犯人の元へと歩み寄る。
そのアバターは情報収集用とは別。
科学探偵が、探偵として対峙する時のために用意したものである。
科学探偵を振り返った犯人は、容姿の違いに驚いた反応を示しつつも、すぐにアバターの中身を察したようであった。
「何故分かったのか? という顔ですね。確かに、あなたの用いたトリックは、このVCNの操作方法を活かした巧妙なものです。ですが、あなたのこだわりが、僕に気付かせてくれました」
科学探偵の手元に、小さなウインドウが生まれ、例の鬼ごっこの映像が流れる。
その映像には、サメの着ぐるみ姿の女の子が、直立不動で倒れていく姿が映っていた。
「あなたの作り上げたアバターは……こんな倒れ方はしないんですよ、星ザメさん」
「…………」
相変わらず、城の切れ目で作業中であったサメの着ぐるみ姿の少女は、無感情な目で科学探偵を見つめ続けていた。
そこへ、科学探偵の後ろを歩いていたピンクの髪の少女――アバター姿の調査探偵が追いつき、問いかける。
「どういうことですか、科学探偵。何でアバターがこの倒れ方をすると、星ザメ氏が犯人だということになるんです?」
「ええ。本来ならこの倒れ方はおかしくありません。今僕が倒れてみても、同じ倒れ方をするはずです。ですが、調査探偵さんの場合は違います」
言われてみて、調査探偵は実際に倒れ込んでみた。
すると、現実の調査探偵の足に連動して、膝が曲がって自然な倒れ方となってしまう。
そこで、科学探偵の言葉の意味に気付けた。
「そうか。足の動きに連動する機器をつけていたら、足が伸び切った状態では倒れないんですね」
「ええ。逆に機器をつけていない場合は、足が連動せず機械的に倒れ込むせいで、今観た動画のような倒れ方をするんです」
「それは、分かりましたけど……単に星ザメ氏が、足の動きを連動させていないだけなのでは? 別に、珍しいことではないのでしょう?」
「いいえ。彼女は本来、連動させているはずなんです。三日前のことを思い出してください」
科学探偵が指を動かすと、手元のウインドウの中に、サメの着ぐるみの女の子が軽やかなステップを踏む光景が流れた。
その動きは、先ほど足が伸び切って倒れた時とはまるで異なり、自然で柔軟。
明らかに、プログラム制御では不可能な動きだ。
「これって、科学探偵の言葉に喜んだ時の……? 確かに、この動きは素人目に見事だと思いました」
「ええ、星ザメさんの3Dアバターの技術は本当に素晴らしいものです。そんな彼女が、あの鬼ごっこの時だけ足の動きを連動させていないなんて、偶然のはずがありません」
黙り続ける星ザメに更に一歩近寄って、科学探偵が言葉を続ける。
「あなたにはあの時、こだわりを捨ててでも成し遂げない何かがあったんですよね? 違いますか、星ザメさん」
「…………」
星ザメの手元に立て看板が現れ、中に文字が現れる。
〈それで、どんなトリックを使ったって言うの? 星ザメは、鬼ごっこにムッツ・リーと一緒に参加してた。鬼ごっこよりあとには、アリバイがあるよ〉
「ええ。それを今から説明します。調査探偵さん、例の操作をお願いできますか?」
「……分かりました。準備を始めます」
ピンクの髪の調査探偵のアバターが直立状態で静止し、しばらく沈黙した。
すると、その隣によく似た容姿の、白衣を着たピンク髪のアバターが出現。
それは、科学探偵が三日前に利用していたアバターで、調査探偵のアバターの双子の妹という設定のエリーであった。
「…………!」
星ザメの無感情の目が大きく見開かれた。
それと同時に、二人並んだ双子のアバターが、同時に歩き出す。
「か、科学探偵……動かせましたよ……でも、これ、操作がかなりキツいです」
「お疲れ様です、調査探偵さん。これで、ふたつのアバターを同時に動かすことが可能だと証明されましたね」
〈どうやって、やったの?〉
星ザメが首をかしげて、立て看板で科学探偵に問い掛けた。
その問い掛けに、科学探偵は即答する。
「とぼけても無駄です。あなたはあの鬼ごっこの時、ふたつのパソコンでVCNを起動し、コントローラーで自分のアバターを、そして足でキーボードを打ち込むことで、六山さんのアバターを操作していたんでしょう?」
「……!」
「だからこそ、六山さんのアバターは動きが遅く、スペースオロチさんに呆気なく背中を刺されたんです。あの鬼ごっこでの出来事は、全て星ザメさんの計算ずくだったんですよ」
星ザメが黙り込む。
それは暗に、科学探偵の推理が真実であることを示していた。
「でも何で、わざわざこんな面倒なトリックを……? 六山氏のアカウントの盗用から、高価な機材の手配まで、手間もお金も、相当かかったのでは?」
「アリバイを作るためですよ。星ザメさんは鬼ごっこより前にはアリバイがありません。ですから、殺されたのは鬼ごっこよりあとだと思わせる必要があったんです」
「なるほど。ホットカーペットで死体の温度を誤魔化したのも納得ですね……現実で殺した上で、VR空間で再度殺すことでアリバイを生む。恐ろしい犯行です」
〈証拠はあるの?〉
星ザメが手にする看板に問い掛けが表示される。
〈証拠がなければ、ただの妄想。星ザメは認めないよ〉
「ええ。当然、そう言うと思っていました」
科学探偵の手元のウインドウに、また新たな情報が表示される。
それは、調査探偵が調べ上げた、星ザメの自宅の情報であった。
「ハッキリ言って、まだ証拠は掴めていません。ですが、あなたの経歴も、本名も、住所も特定済みです。あなたが犯人だという前提で、現場の再調査を行います」
「トリックに用いた機材からネットワーク回線の利用記録まで、調べるべき箇所は山積みです。調査探偵の名にかけて、必ず証拠を掴んでみせましょう」
「今が、自首をする最後のチャンスなんですよ。僕には、あなたが他人だとは思えません。お願いです……自首をしてください、星ザメさん」
科学探偵と、調査探偵のアバターが、星ザメと睨み合う。
トリックが暴かれ、素性も知られた状態で、入念な捜査が続く。
普通に考えれば絶体絶命の状況である。
「……へへ」
しかし星ザメは何を思ったのか、声を出して笑い始めた。
「にへへへへ! ゲームオーバーか、残念……上手くやったと思ったんだけどなぁ……」
初めて耳にする声は、少年にも少女にも聞こえる、独特な声色だった。
調査探偵が呆気にとられつつも、笑い続ける星ザメに訊ね掛ける。
「星ザメさん……あなたは、何で六山氏を殺害したんですか? 地位も名声も十分に得ているはずなのに、どうして!」
「……きっと、許せなかったんですよ」
隣の科学探偵が代わりに答えた。
「このお城を見ても、アバターの造形を見ても、星ザメさんのモノ作りへの情熱は凄まじいものがあります。作り上げたものにも、深い愛があるはず」
「だ、だから、自分の作品を汚した六山氏に報復を……? いくら何でも、やり過ぎですよ!」
「にへ……にへへへ……!」
「――違います。星ザメさんが本当に殺したかったのは、六山さんじゃないんです」
星ザメの笑い声が止まった。
更に言葉を続けようとする科学探偵に、星ザメが柔らかな目を向ける。
「星ザメさんが殺したかったのは……六山さんに汚されたアバターそのもの。死体と同じ格好で動きを完全に止めることで、アバターの死を表現したんです」
「ど、どういう、意味ですか……? 私には、何が何だか」
「ムッツ・リーにあげたマリンちゃんはね、星ザメの処女作だったんだ」
先ほどまでと打って変わって、星ザメが穏やかな、感情のこもった声で語り出す。
「でも星ザメがうっかりあげちゃったせいで……マリンちゃんは汚されちゃった。いくら訴えたって、持ち主を殺したって、元のあの子は帰ってこない……どうにかして、殺してあげたかったんだ」
「だから、今回の事件を引き起こしたんですね。六山さんにあげたあのアバターが、殺されたと周知させるために」
「アバターが殺された、って……それは、あくまでそう見えるというだけで、アバターは死なないでしょう?」
困惑を隠せない調査探偵。
その隣の科学探偵のアバターが、現実の表情を再現し切れずに、不自然に歪む。
「ただアバターの持ち主が死んで、動かなくなるだけでは、死んだとは思われません。ですが、死体と同じ状態で硬直すれば……死体のように扱われる。死を迎えたと、言っていいでしょう」
「た、確かに、VR空間上で殺人が起きたと報じられたけど……そんな理由で――」
「マリンちゃんは我が子も同然なんだ! あの子のためなら、星ザメは何でもするんだよ!!」
星ザメが初めて声を荒げ、調査探偵の言葉を遮った。
クリエイターが掲げる常人では理解できない信念。
理解できる探偵は、一人しかいない。
「……僕は分かりますよ、星ザメさん。だからこそ、あなたの犯行だと確信できたんです」
「……科学探偵。お前とは、仲良くなれそうだったのに。残念だよ」
「ええ……僕も、残念に思います」
科学探偵も、自身の発明品を我が子のように考えている。
だからこそ、星ザメの動機は理解できたし、事件の全容を紐解くきっかけのひとつともなった。
しかし――
「でも星ザメさん、僕はあなたの犯行を認めません!」
同志を見つめるように穏やかだった星ザメの目が、大きく見開かれる。
その反応に罪悪感を覚えつつも、科学探偵は声を張り上げ、想いを言葉にしていく。
「だって、子どもたちにとっての一番の不幸は、親である僕たちが罪を犯すことじゃないですか……! あなたは子どもたちのためにも、真っ直ぐに生き続けるべきだったんですよ!」
科学探偵のアバターには涙の流れる機能などない。
しかし、その声と動きによって、周囲の者には確かに、彼が泣いているように見えた。
星ザメのアバターの顔に、作り物とは思えないほど複雑で、寂しげな微笑が浮かぶ。
目の前の少女は確かに生きている――。
対峙していた二人の探偵は一瞬、そう錯覚した。
「……創作性の違いだね。
ばいばい、科学探偵……そして、愛する子どもたち」
それだけ言うと、星ザメのアバターが科学探偵たちの目の前から
続いて、科学探偵と調査探偵も、この“世界”から立ち去っていく。
あとには、夕焼けで血のように赤く染まった、作りかけの城だけが残されるのであった。
◆
後日、T都支社の研究室で、科学探偵は一人新たなメカの開発に取り組んでいた。
自分に似た価値観を持つ人物を犯人として追及した経験は、彼の心に影を落としている。
しかし同時に、今回勉強したVCNの技術と、星ザメ制作の3Dモデルとの遭遇は、いい刺激となった。
後味の悪い事件を終えた今、科学探偵にできるのは、この経験を今後に活かすことだけ。
何とか発明に集中して吹っ切ろうと、しゃにむに頑張り続ける他ない。
「科学探偵、また研究室に引きこもっているのか」
科学探偵が顔を上げると、そこにはシルクハットに燕尾服という、今の時代にそぐわない格好の中年男性が立っていた。
科学探偵の師匠、『探偵紳士』である。
「ミス・調査探偵から話は聞いているぞぅ? 犯人に感情移入し過ぎてしまったようだな。まだまだ心の鍛え方が足りんねぇ」
「……放っておいてください。いつも女性にフラレている師匠と比べられても、困りますよ」
「フッ……フるよりフラレる方が、男として美しい別れ方なのだよ。レディの涙など見たくないからな」
「……ハァ」
勇気が出ず、科学探偵は星ザメの事件の顛末を聞いていない。
まだ彼は、自分が追い詰めた犯人の素性を知る勇気など、持ち合わせていなかった。
――もっと自分も、目の前の中年探偵のように、図太く生きるべきなのかな。
口に出すと怒られるので、科学探偵はその言葉を、心の中だけに押し留めた。
「ところで師匠、一緒に旅行した女性とはどうなったんですか?」
「……また、一人のレディの涙を止めてしまったよ」
「フラレたんですね、おめでとうございます」
「人聞きが悪いぞ? いいか、私は紳士としてなぁ……」
――科学探偵はまだ知らない。
調査探偵が調べ上げた住所に、『星ザメ』本人と思われる人物など存在しなかった事実を。
本物の『星ザメ』は逮捕されず、いつかまた、ネット上で活動を再開するために、潜伏し続けていることを。
心から信じ切っていた真実に裏切られる恐怖。
その絶望を彼が思い知るのは、まだ少しだけ、未来の話である。
VR殺人事件
――END
VR殺人事件 日本一ソフトウェア @nippon1
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