第1話 漆に鉄を
東京━━━深夜3時
町の一角にある摩天楼の如きビルの入り口で二人の男が雑談を繰り広げていた。
「そもそもよぉ、霧島さんはあのジジイと取り引きなんてする必要あんのか?」
「術界でも人付き合いは面倒だな」
そこそこ年を重ねているらしい彼らは背を壁に預けながら霧島と言う男について思い思いの事柄を話し合っていた。
「術界ねぇ、最近はなんでも略したがる風潮があるよなぁ…」
少し不服そうに男は呟く。
「言いやすいから良いだろ?そもそも略すのは時間の短縮にもな━━━━」
カツン、もう片方の男が話していた時にその音は聞こえた。
男達は話すのを止め、即座に警戒の構えに移る。
カツン、カツンと次第に音は大きくなる。
一拍の間を置き、まるで闇夜の中から出でたかのようにそれは何の前触れもなく訪れた。
「重明様の体調が優れておらず、変わりに私が派遣されました」
それは紳士的な動作で頭を垂れ、心地の良い声でつらつらと言葉を並べた。
「重明の者か、そんな話は聞いておらんぞ」
「重明様の体調がお崩れになったのはつい先程のことでして」
それだけ聞いて男達はある程度の警戒を解いた。
これまで、数回はこれと同じことが起きていている。
連絡を寄越さないのも常だった。
なら今回もその類いだろうと判断したのだ。
「フン、まぁ良いついてこい」
背中越しにそう吐き捨てる。
「えぇ」
夜空と同化していたそれはビルの中の光を浴びてようやく姿を露にした。
黒々としたロングコートを羽織り、靡かせながら悠然と歩くその姿は夜を擬人化したように思えた。
それを挟むような形で男達はビルの中に入る。
「いや待て、お前の名はなんと言う?」
「私ですか?申し遅れました。私こういう者です……」
━━━━━両断
名を訪ねた男は瞬き一つの間に肉塊に変わり、地面を赤黒く染めた。
「き━━━━」
切断、もう片方の男は発言すら出来ずに首を切り飛ばされた。
首を失った体はドサリと膝から崩れ落ちる。
二人を一瞬で屍に変えた黒い影はそれらを一瞥すると上の階へ歩を進め始めた。
誰とも知れぬ、視線を感じながら。
「や、やめてくれ、ぃやめろぉぉおおお━━━━━━」
踏みしめた路に無数の屍を積み上げて来た夜闇の化身は目的の場所に着くと周囲の障害を蹴散らし、フロアの最奥にあった扉を押す。
木製にしては少し重々しい音を立てて扉は開かれた。
その部屋は書籍が綺麗に並んでおり、まるで図書館のようにもに見える。
「はは、こりゃすげぇ本当に来ちまった」
声の主は訪ねて来た黒服の者と向かい合う形で椅子に座っていた。
その男は軽薄そうな笑みを浮かべ、机越しにパチパチと称賛の拍手を送る。
「俺ん名前は霧島だ、まぁ知ってるんだろうがな、あんちゃんの名前は?」
筋骨隆々のワイルドな容姿の男は漆黒を纏うそれに対して名乗る。
「…………今の俺に名乗る名などない」
「そうかい、まぁ良いどうせ今から死ぬんだからな」
それを言い終わるか終わらないかのタイミングで霧島の体がブレた。
瞬間、黒闇もその場を飛び退く。
間一髪の間すらなかっただろう。
抜刀、踏み込みまでの流麗な動作から繰り出されたのは紫電の突き。
踊りかかって来た霧島の手に握られているのは見た目にそぐわないレイピアだった。
「ハッハ、やるねぇ!」
霧島は今の攻撃の踏み込みで間を詰めると、フェイントを混ぜながらまるでマシンガンのような勢いで突きを放つ。
黒い化け物はその時々によって見える姿を変えながら、その内のほぼ全てをいなし、唯一捌かずに回避した突きを逆手に取り、踏み込みで間合いを潰す。
「うぉっ━━━━!」
一閃、レイピアの先端はくるくると宙を舞い、部屋の端にある本棚に突き刺さった。
「膝立ちになって両手を挙げろ…」
自身の服と同じ色のナイフを突き付け、それは言った。
「はぁ、降参だよ…」
「一つ聞こう…」
男は何が来るかと身構えながら問い返す。
「なんだ…?」
「俺にスカウトされる気はあるか…?」
それの言った言葉の意味を理解すると、敗者は驚きのあまり目を見開き、しばしばの間、絶句する。
「………あんたに何の得があるんだ?」
「お前の術式もさることながら、戦闘、諜報などの仕事をこなせるその有能さに目を付けた、それだけの話だ…」
「術式ねぇ、覗き見が出来るだけの能力のどこが良いんだか」
実はお前のことを見てたんだぜ、と言って男は苦笑するが顔を真剣なものに変えて自身の意思を伝えた。
「悪りぃがそれは出来ねぇ、頭として筋は通しておきたいからな」
拒絶の意を示した男に対して黒い死神は、
「そうか」
ただ一言、それだけだった。
今で歩いて来た道に向き直り、歩を進める。
「………殺さないのか、俺を」
応えはなかった。
足音はどんどん遠くなり、霧島の耳には届かなくなった。
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「ただいま、父上」
だだっ広い玄関に心地の良い声が響いた。
帰宅した彼は靴を脱ぎ、棚にしまう。
その時、長々とした廊下の先からドコドコと慌ただしい足音が聞こえて来た。
「景ぐぅぅぅぅん遅いよぉぉぉぉ゛!」
エメラルドグリーンの長髪を揺らしながら、景と呼んだ少年に突進するかの如く抱きついたのは、彼の父だった。
見た目は華奢で、女性と言われても納得してしまうほどの優れた容姿を持ったその人は、髪色の似ても似つかない息子の顔に頬擦りしていた。
「父上ただいま、匂いが着くから離れた方が良いぞ」
彼は忠告するが、彼の父は拗ねるように頬を膨らませて抗議した。
「別に気にならないよ!それより怪我はない?」
「あぁ、一つもないぞ」
「それなら良かった、それじゃあ僕は後処理をしてくるよ」
少し名残惜しそうに笑いながら彼の父は目的地に向かうべく扉を開けた。
「あぁ、頼む」
父の応えと共に音を立てて扉は閉まった。
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僕はふと昔を思い出した。
「僕、ですか?」
喜怒哀楽のどれにも当てはまらない声色で僕は当時の教師にそう言った。
「あぁ、お前に臨時でホムンクルス掃討部隊を率いて欲しい」
「僕のメリットを聞いてもよろしいですか?」
その言葉を聞いた教師には驚きと少しの困惑が瞳に映っていた。
確かに道理だ。
生徒の身で受ける役割としては破格も良いところ、それを興味なさげに蹴ろうとしているのだから。
先ほどの返答から何拍か挟んで、教師はようやく口を開いた。
「そうだったお前はそういうやつだったよな」
その言葉を聞いた瞬間、妙な感覚を覚えた。
それは予感だった。
なんとも言い難い感覚だ。
吐瀉物ではない何かが競り上がってくるようで不思議な感覚だった。
━━━━━━行かなきゃ
気付けば僕は背を向け立ち去ろうとする教師に向かって言葉を発していた。
「待って下さい」
「なんだ?」
「受けます」
「………え、マジ?」
教師の顔は困惑を濃く写していた。
いつも威厳に満ちていた教師のゴリラ顔を思い出し、思わず吹き出してしまう。
夜の散歩をしていたらしき金髪の少女に変なものでも見たような顔を向けられ、少し恥ずかしくなってしまったが、気を取り直して僕はまた記憶の海に沈んだ。
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どうも初めまして、IRISU2ですー!
まだまだ未熟者で至らない点は多々あるかと思いますが、温かい目で見守って下さい。
ところでこの作品ですが、心を題材とした
物語となっております。
僕の偏見と独断に満ち満ちた作品になってしまいそうで、怖いです。
((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
なので、気軽に
「こうした方が良かったのでは?」とか、
「なんでこの表現にしたん?」とかの意見もコメントして下さると発狂するほど嬉しいです。
長くなってしまいましたが、最後にこの作品を読んで下さってありがとうございます!
またお会いしましょう❗
12人の瓦落多 @Irisu2
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