第8話 橋の上で

「星も、陸くんも、思春期のど真ん中だよね」

 真昼が、話を続けた。

「ある心理学者が、こんなことを言ってる。『思春期とは、まだ男か女かも、わからない。そんな状態で、細い橋を渡っているようなものだ』って」

 その橋は、平均台のような幅で、深い谷に架かっている。多くの子は、橋を渡ってることにも気づかない。でも、自分が、そんな危うい橋の上にいると、気づいた子は?

「こわい」

 背筋がそくっとなる星。


 自分が、橋の上で立ち往生している気がした。足がすくんで、動けない。下を見たら、バランスを崩して落ちてしまいそう。

「僕は、もう渡ってしまったかも。ちょっとは迷ったけどね」

 陸は、あっさりと言った。

「星は、橋の上で迷ってるのかな」

 真昼が、ずばり言う。

「橋の上だなんて、思わなかった」

 それが、星の本音。陸がまじめな顔で、

「僕、星がいるところまで戻るよ。星と一緒にもう一度、渡る」


 うれしかった。星は、陸に、こう答えた。

「陸が待ってるなら、僕は自分で渡れるよ」

「うるわしき友情、いいねえ。私も、そんな友達、欲しかったな」

 真昼が微笑んだ。

「友情、そうかな」

 陸は、真昼に向かって言った。

「僕、星が好きなんです」


 星は、ぽかんとしている。

「だって、陸には、好きな子が」

 ネガティブで、ぼーっとしてて、何もないところでこけそうになるコ。

 確かに、自分みたいだとは思ったが、まさか。

「好きな女子、なんて言ってない。僕が好きなのは、星だよ」

 一気に言ってから、陸は、頭をかかえた。いつも冷静な陸が、こんなふうになるのは珍しい。

「あーっ、ついに言ってしまった」

 真昼は、星を見て、

「星は、どうなの」


「わかんない」

 そうとしか言えない、突然すぎる。

「真昼さん。僕が真昼さんに会いたかったのは。星と親しい人に、話を聞いてほしかったからです。『チェンジ』経験者なら、僕の気持ち、わかってもらえるんじゃないかって」

「うん」

「真昼さんは、恋愛関係、どうなんですか」

 いきなり話題を変えたのは、星に告白してしまった、照れのためか。


「うーん、私は友達もいないし。あ、でも最近、レズビアンのコと知り合ったよ」

「はい」

「彼女はね、私の中に、寂しがり屋の女の子が見える、なんて言うんだ」

「へえ」

 星は、またまた真昼と陸の話についていけない。


「100”%の男、100%の女なんて、いるのかな。私も、女の体たった時は、自分が女だと信じきっていたけど。それは、体に引きずられての考えなのかも、て、男になってから思った」

「どういうこと」

 星には、さっぱりわからない。

「体が女だから、私は女。体が男だから、私は男。そう思い込んでるってこと、平たく言えば」

「そういうの、あるかもしれませんね」

 陸は、真昼の言うことを、理解している様子。


「いま、『チェンジ』の研究会を有志で始めたところなんだ」

 本当に必要な制度なのか。

 問題点が多すぎないか。

 14歳という年齢で実施するのが妥当なのか。

「対象者も難しいよね、女性の体でも心は男。しかも、男として男を愛したい、なんてケースもあるよね。そういう場合は『チェンジ』してゲイ男性として生きるのかいいんだろうし」


 男性の体だけど、心は女。しかもセクシャリティはレズビアン。その場合も性転換が必要、と真昼は言った。その観点からいっても、一律14歳で決めてしまうのは危険だ、と真昼は続ける。

「ほかにも、『チェンジ』が必要なケースはあるかもしれない。私は違反した、ちょっと反省してるよ」

 でも、あの時は、そうするしかないと思いつめてたんだよね。

 当時の真昼の葛藤を思うと、星は悲しくなる。


「星がクマノミなら、僕はイソギンチャクになりたいな」

「えーっ」

 何を言い出すのだ、陸は。

 星は、あせった。

「いつもは自由に泳いでて、敵が来たら、僕のそばに避難すればいい。星を守れるなら、僕は幸せだよ」

「ありがとう、陸」


 陸は好きだ、友達として、だけど。


 未成熟なクマノミでいたい。面倒なことには、巻き込まれたくない、それが14歳になったばかりの、星の本音。

 でも、15歳になっても、そう思うかどうかは、わからない。陸がイソギンチャクとして、そばにいてくれるなら、クマノミも悪くない、とは思うけど。


 <了>


【あとがき】

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 2人の人格が交換される話はよくありますが、多数を意図的にしてみたら、と思ったのがきっかけで考えた話です。

 ジェンダー、セクシャリティについて、書きながら考えを深める、とまではいきませんが、いろいろ副産物も。

 外見が良ければ幸せなのか、とか。本当の自分らしさとは何か、とか。

 6話くらいで終わるかと思いましたが、瀬名、薫、那智などが活躍してくれて、少し伸びた感じです。


 またご縁がありましたら、よろしくお願いします。

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14歳の選択 僕はクマノミになりたい チェシャ猫亭 @bianco3

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