第7話 同調圧力
12月、下旬。
学校は、冬休みに入り、数日前、星は、14歳の誕生日を迎えた。
その日、星はゴーグルをつけ、女子だった頃の真昼に会った。
「星、誕生日おめでとう。14歳だね」
ブルーグレイのワンピース、やはり寂しそうな顔の真昼。
「男の子のままで、いるんだよね」
「うん」
ふたりの周りを、大小のクマノミの群れが、悠々と泳いでいる。仲良しのイソギンチャクも、のんびり、ゆらゆら揺れている。
やっぱり、クマノミはいいなあ。
こうしていると、心が落ち着く。
大晦日。真昼が帰ってきた。今年は、数日、家にいると聞いて、星はうれしかった。
「14歳、おめでとう。少し遅れたけど、はい、これ」
真昼が、リボンのついた紙袋をくれた。中には、手編みのマフラーが。
「これ、カクレクマノミ? ぴらぴらが、イソギンチャクみたい」
星は、大喜びだ。
オレンジ、黒、白のストライプで、両端のフリンジは、クリーム色の太い毛糸。
星は、さっそく、首に巻いてみた。
「良く似合うよ。それ、私が編んだんだよ」
星は、びっくりした。真昼が編み物をするとは初耳だ。
「マーちゃんが、編んでくれたの、ありがとう」
星の笑顔に、真昼も嬉しそうだ。
「この間、知己と会ったよ」
お茶を飲みながら、真昼が話してくれた。
知己は、真昼の「チェンジ」の相手。父は、ふたりの婚約を勧めたが、真昼は拒否した。将来、結婚となると、この家に頻繁に帰ることになるだろう。なるべく、母や姉と関わりたくない。父と、星とは時々、会うつもりでいるけれど。
「肩をたたかれて振り返ったら、知らない女の子がにっこり。誰だか、わからなかった」
それが、知己だったという。
「少しやせて、きれいになってた。お化粧もして、ピンクのワンピースが良く似合って、さ。びっくりしたよ」
向こうには、彼氏らしい青年がいて、真昼をにらんでいたと、真昼は続けた。
「元カレだとでも思ったのかな、あはは」
ピンクのワンピースなんて、着ることはないと思ってた、と真昼は言い、なんだか少し、楽しそうだった。
「元の体が幸せそうで、よかったよ」
マーちゃんは、幸せじゃないのかな。
男になったのは、本当の望みじゃなかったんだ、だから?
「星は、男のままでいるって決めたんだよね」
「うん」
「年明けには、戸籍も『男』で確定だね」
「うん。そうだけど」
何かが、胸の奥に、ひっかかったままだ。
「マーちゃん、僕」
「ん?」
「みんなみたいに、誰が好きとか、僕にはぜんぜんないんだ。それが不安。陸だって、好きな子いるっていってたし」
ひとりひとり違うんだから、と陸は言ったが。星は、そうだよね、と、納得できないのだった。
「それは『同調圧力』かもしれないね」
「ドウチョウアツリョク」
星が、初めて聞く言葉だった。
「周囲と同じでないといけない、という気分、みたいなもの。誰も強制しないのに、同じじゃないとって、自分も思うし、周りも、それが当然、みたいな」
星の親しい子だちが、ときめきや恋で盛り上がるから、星も同じでいたい気持ちになる、と真昼は言うのだ。
新しい年が明けた。
1月3日、真昼に会いたいという陸の希望が、やっと叶った。
陸が、真昼の部屋に入ると、
「君が陸くん。星から話を聞いてるよ」
真昼の言葉に、陸は緊張の面持ちで、
「星のおにいさん。会えて、うれしいです」
「真昼、でいいよ」
「それじゃ。真昼さん」
星も一緒に、紅茶を飲みながら、話が始まった。
「陸くんは、どうするの」
真昼は、陸の選択を尋ねた。
「3月には14になります。今のままでいきます」
「そう。それがいいよ」
他国では、「チェンジ」jは認められていない。性転換は、外科手術のみで行われる。
「それが自然じゃないかな。自分ひとりで完結するっていうのが」
真昼は、持論を述べた。
「そうですね。別の人間を巻き込むのって、どうなんだろう」
陸も、真昼の意見に賛同する。
「同性婚が認められたのも、2056年だっけ。先進国では、ダントツで遅いよね、新興国にも抜かれて、世界中の笑いものだったらしい」
それで懲りたのか、政府は、マイノリティに理解のあるところを見せようと、「チェンジ」技術の開発に躍起となった。
「一割が希望するなんて、おかしいよ。他国では、性的マイノリティを合算して一割くらいだと聞いてる」
「どうして、そんなに多いんでしょう」
陸の問いに、真昼は、
「幸せを実感できない人が多いから、かも。20世紀の昔から、幸福度が低い国なんだよ」
経済が発展し、医療も進み、豊かな生活を送っているはずなのに、自分が幸福だと思える人間が少ないのが、この国の特徴だ、と真昼は言った。
「あんまり他人のこと言えないけどね。私も、女でいたくない、なんて理由で、男になったんだから。違反なのにね。でも、案外、そういう人は多い気がする」
「うーん、性を変えれば、人生も変えられるって考えるんでしょうか」
「一種の、自分探し?」
真昼と陸の会話に、星はついていけなかった。
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