第6話 「チェンジ」違反者

 朝日が14歳を迎え、女性のままでいることをl決めたころ、真昼は両親の話を、立ち聞きしてしまった。

 母は言った、

「アーちゃんが女の子のままでいてくれて、本当によかった」

 父は言った、

「2年後はマーちゃんの番だね。今のままでいてくれるといいな」

 すると、母は、

「あの子には、あの子の意思がある。それを尊重しましょ」

 一見、理解ある言葉を吐いた。

 それは、真昼のことはどうでもいい、という意味。少なくとも真昼は、そう感じた。

 朝日は、女子であることが気に入っていて、男になるなんて頭の片隅にもなかったはず。だが、万一、男になりたい、と口にしていたら、母は、全力で阻止したに違いない。


「その瞬間、私は、これ以上、ママの娘でいることは無理だ、とわかったよ」

 真昼は、淡々と語った。


 母から離れる方法を考えなくては。


 そのころ、周囲では、「チェンジ」の件が、盛んに話題にのぼっていた。早くから自分の体に違和感を持つ子は、とっくに決意していたが、まだ、迷いの中にいる子もいた。


 男になることを、真昼は決めた。

 それまで、女の体に違和感はなかったけれど、もう、ママの娘ではいたくない。

 美しい母、活発で、愛嬌があり、かわいらしい姉。肥満児で、いつも暗い顔で不機嫌そうな、社交性のない、可愛げのない妹の、自分。


「可愛い服を買ってあげても、ちっとも似合わない。クッキー焼くときだって、せっかく計量した小麦粉をぶちまけたりして、どんくさいって怒られて。私は、ママにはらない娘だったんだよ」


「チェンジ」の条件に合致するには、本当にふさわしい対象なのか、テストがある。

 その日から、真昼は、スカートをはくのをやめ、常にズボン姿。男みたいな言動をとり「チェンジ」、したいと両親にアピールした。


「待って、マーちゃん。それって」

 違反ではないのか。

 心底、自分の性に違和感がある者しか、「チェンジ」は許可されないはず。

「そうだよ。違反だよ」

 あっさり、真昼は認めた。

「星にだけ、本当のことを知ってほしかった」


 父は悲しみ、考え直すように説得しようとした。

「パパはね。どうしても、おまえが男子になりたいとは思えない。何か、わだかまりがあるなら、言ってほしい」

 だが、真昼の決意は揺るがなかった。

「うっせーな。急に気づいたんだから、しゃあないだろ!」

 母は、もちろん、真昼がそうしたいのなら、としか言わなかった。


 星は、泣きながら、真昼の話を聞いていた。

「マーちゃん」

 そんな理由で「チェンジ」したなんて。

 あまりのことに、なんと言っていいか、わからない。それでも星は、

「僕は、女の子のマーちゃんが、大好きだったよ。今も大好きだよ」

 どうにか、それだけは伝えた。

「ありがとう、星」


 星の13歳の誕生日の、それは悲しい思い出。



 瀬名が、となりのクラスのけいと、付き合っている。

 そんな噂が広まっていた。

 先日まで瀬名と熱々だった薫は、いつも一人でぽつんとしている。瀬名とも話さなくなっていた。


 星は、街で、瀬名が佳と歩いているのを見た。

「本当なのかな、あの話」

 心配になって、陸に言ってみると、

「うだうだ考えてないで、薫に聞いてみたら」

 というわけで、陸と一緒に、薫と話をしに行った。


「ほんとだよ。短い付き合いでした」

 薫は、さばさばしていた。

 原因は、例の、大胆すぎる薫のチアだった。

「チアなんかやめろ、って瀬名に言われて、ケンカになったの。ずっとチアやりたかったのに。やっと女子として活動できるようになったのに、なんで、やめなくちゃいけないの」

「そうだったんだ」

「ラブコメのヒロインになれたみたいで楽しかったけどね。もういいんだ。それに、大事なことに気づくことができたし」

「大事なこと」

 星には、想像ができなかったが、薫は、

「元の私。クマのこと、忘れかけてた」

 薫は、「チェンジ」相手のことを、話し始めた。


「クマになった子、ようっていうんだけど。お見合いアプリで、今の私の顔を見て。ダメもとで連絡してみたの。あんな、もっさり男と会ってくれるはずないと思ったのに」

 元の薫と会った遥は、君と「チェンジ」したい、と申し出た。

「びっくりしたー。からかわれてると思った。でも、本気だったの、遥は」

 当時のことを思い出したのか、薫は嬉しそうな顔になった。

「どうして人って、見かけにこだわるんだろうね。前に私、自分みたいのが女子になるって言っても、笑われるだけだって、『チェンジ』のこと内緒にしたじゃない。瀬名は、男子になるって皆の前で言ってたよね。美少女から美少年になる人は、自信があるから、公表できるんだよね」


「そうかなあ、見かけじゃないと思うけど、人間は」

 たまりかねたように、陸が口をはさんだ。

「コンプレックスがない人は、そう言える。でも、私は元・クマのもっさり、だからね」

「そういえば、遥くん、だっけ。クマはどうしてるの」

 星が尋ねると、薫は、

「せいせいしてるって。男になりたかっただけで、もてる男になりたかったわけじゃない。女子だったころは。好きだ、とか付き合ってくれって、男子がうじゃうじゃ寄ってきて、うっとうしかった。中身は男なんだから」

 男には興味がない、じきに「チェンジ」して男になる。そう告げると、大抵は理解してくれたが、キモイ、などと言う子もいた。


「まだ、マイノリティの気持ちを理解しようとしない人も多いよね」

 薫の言葉に、

「そうなんだよねえ」

 陸は、大きく頷いた。

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