第5話 婚約者をどうするの?

 去年の12月。星の誕生日に、真昼が帰ってきた。その日は土曜で、父は用事で外出。母と姉は、買い物に出ていた。

「パパ、マーちゃんに会いたがってたよ。帰り遅いっていうから、泊まっていけば」

 星の提案に、真昼は、

「私は星のお祝いがしたかっただけ、だから」

 星はがっかりだ。

「ママとアーちゃん、服を買うんだって。どうして、あんなに店で買いたがるんだろ。注文したら、ドローンで、すぐ届けてくれるのに」

「リアル店舗で買いたいんだよ。あれがいい、これがいい、ておしゃべりしながら、店の人に、お似合いですよ、て、ちやほらされながら、さ」

 以前は、真昼も付き合わされていたのだ、女子だった頃は。

「ふうん。あ、これも綺麗きれい。マーちゃん、ありがとう」

 真昼からプレゼントされたばかりの万華鏡を、くるくる回す。ひとつとして同じ模様にならない不思議さ、美しさに、魅了された。


「星、中学はどう。友達、できた?」

「うん。生物部に入ったよ」

「そう、クマノミが好きだもんね、星は」

「陸って子が、クマノミのこと、教えてくれた」

 と、陸から聞いたことを、真昼に話した。

「性転換するの。生殖が前提のメカニズムなんだろうね。人間と違って、シンプルでいい」

「陸は、頭いいんだよ。どうして生物部にしたの、て聞いたらさ。

 生物と無生物の間に興味がある。

 生きているとはどういうことか。そういうことに興味があるんだって」

「面白そうな子だね」

「うん」

 再び、万華鏡を覗き込んでいた星は、思い出したように、

「ねえ、マーちゃん。前から聞こうと思ってたんだけど」

「うん?」

「心理学って、おもしろいの?」

 真昼は、心理学専攻だった。

「そうだねえ」

 真昼は、星の目を見て、

「この世でいちばん怖いものは、なんだと思う?」

「お化け、かな」

 子供っぽい答えに、真昼は笑って、

「私はね、いちばん恐ろしいのは、人の心だと思ってる。その恐怖の対象を研究するって、やりがいがある気がしてね」

「人の心」

 考えたこともなかった。心って、そんなに恐ろしいものだろうか。お化けより、地震より。


「男になりたかったわけじゃない」

 いきなりの、真昼の言葉。

「あの顔と体が、イヤだっただけ。ママの娘でいること。アーちゃんの妹でいることが、耐えがたかっただけ」

「マーちゃん?」


 男になりたかったんじゃないの、マーちゃん!



 放課後。

 校庭に、ちょっとした人だかりができている。

「チア部の新人、すごいんたって」

 ほとんど男子だが、確かに見物人が押し寄せている。

「薫が、チアやってる」

 そう聞いて、星と陸も、校庭に向かった。

「あっ」

 星がこけそうになり、陸に腕をつかまれた。

「けつまづくなよ、何もないとこで」

 陸は、あきれていた。


 人垣の外で、那智が背伸びしていた。

「おう、来たか」

 星と陸に気づくと、那智は嬉しそうに、

「薫、大胆すぎ」

 薫のチアは、なかなかエロかった。

 超ミニのプリーツスカート。長い脚で開脚ジャンプ、脚を高く上げて、当然、パンチラの連続だ。

 男子は、すっかりでれでれである。

「みんな、しょうがないなあ」

 陸が苦笑する。


 チアが終わると、薫は、腕組みして渋い顔の、瀬名のもとに走り寄った。

 息を弾ませ、額には玉の汗。頬も紅潮している。

「どうだった。私のチア」

「よかった、けどさ。脚、上げすぎ。丸見えじゃん」

 瀬名はおかんむり。薫は舌を出し、

「サービス、サービス」

「だめだぞ」

 瀬名が、薫の頭を、コツンとする。


「見せつけやがって」

 那智はこぼすが、星は、よかったなあ、と思うばかりだ。

 薫は、以前からチア部だが、先日までは、躍動する女子の後ろで、スエットにズボン姿。つまらなそうにフラッグを振っていた。今日みたいにセンターで注目される日を、どんなに待ち焦がれていただろう。


 おめでとう、薫。

 瀬名も、よかったね。


 星は、心の中で、ふたりを祝福した。


「あいつら、マジで付き合ってんだろ。婚約者と、もめるんじゃね?」

 那智の言葉に、陸は、

「案外、期間限定のお付き合い、だったりして。恋愛と結婚は別、と割り切ってさ。結果的に、婚約者とゴールインするかもな。

 いいじゃないか、瀬名も薫も、悩んで悩んで、やっと本当の自分になれたんだから」

「わかったような口きいて。俺は、ふられてばっかだけどさ。陸は好きなコ、いるの」

「いるよ」

 陸は、即答した。

「ネガティブ思考で、いつもボーッとしてて、何もないとこで、けっつまづくようなコ」

「はあ?」

 首をかしげる那智。


 僕みたいな、ドジな女の子を、陸は好きなんだ。


 星は、なんだか可笑おかしくなった。

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