第4話 美少女、出現

 真昼が男子になって戻ってきた日の、夕食時の気まずさを、星は、今も忘れられない。

 父は、黙り込んでいた。

 母と姉は、今朝までは娘であり、妹であった者の、現在の姿を時折、ちらちら見ていた。^

 ようやく泣きやんだ星は、目を真っ赤に腫らしてテーブルについていたが、全く食欲がなかった。

 真昼だけは、黙々と食事を口に運び、食べ終わると、低い声で、

「ごちそうさま」

 と、自室に引き上げていった。


 始めは遠くから見ているだけだったが、真昼は、男になっても、確かに真昼だった。もの静かで、いつも本を読み、星にやさしかった。

 母や姉とは距離を置き、父とは時々、話し込んでいるようだった。


 ぎこちない4年が過ぎ、昨年。18になった真昼は、大学生となり、家から出ていった。十分、自宅から通える距離なのに、寮生活を選んだのだ。

ウチから通えばいいのに」

 星は引き留めたが、真昼は、たまには帰ってくるから、と、寮生活を始めてしまった。


[星。来年は『チェンジ』が待ってるね、何か具体的に、考えてるの?」

 家を出ていく前に、真昼は尋ねた。

「うーん。たぶん、このままだと思うけど」

 真昼は薄く笑みを浮かべ、

「それがいいよ。『チェンジ』、しないで済むなら、それがベストだよ」

「うん?」

 しないで済むなら、しない方が、という、真昼の言い方が、ひっかかる。多くは、本来の性、望んていた性になれる日を、切望しているはずなのだが。真昼は、そうではなかったのか。


「『チェンジ』なんて、インチキだと思ってた。変なヘッドセットつけて、1時間ばかり麻酔かけられて眠って。起きたら自分が別の性、別の体、なんてさ」

 でも本当だった、と真昼は続けた。

「目覚めたら、『チェンジ』の相手が。知己ちきっていうんだけどさ」

 知己は、涙をぽろぽろこぼして、

「こんな、可愛い声。こんな、やさしい手」

 自分で自分を抱きしめると、ありがとう、と、真昼に抱き着いてきたという。

「そんなにうれしかったんだね、女子になれたのが。自分に抱き着かれるのって、ヘンな気分、あはは」

 でも、少しは他人の役に立てたんだな、あの体も。

 真昼は、そうつぶやいたのだった。




 11月下旬の、月曜の朝。

「おはよう」

 その少女が教室に現れると、皆は騒然となった。

 ゆるやかにウェーブのかかった、少し明るい色のロングヘア。

 大きな瞳は、きらきら輝き、筋の通った愛らしい鼻、形のいい唇。めったに見かけない美少女だ。


「だれ」

「転校生?」

 そんなささやきが聞こえたらしく、少女は、

「やだ、私だよ。薫」

 薫といえば、皆、クマと呼ばれる、もっさり男子しか思い浮かばない。戸惑うクラスメイトに、少女は、

「クマの、薫でーす」

 悠然と、微笑んだ。

 その声に、那智が駆け寄り、

「マ、マジ、薫か」

 可愛い女子になると聞いてはいたが、まさかの現実。


「確かに、瀬名より」

 元・美少女で、現・カッコいい男子の瀬名が近くにいるのに、うっかり那智は口走ってしまう。

 しかし、瀬名は気にする風もなく、薫の前に進み出て、

「薫、女の子になったんだね。おめでとう」

 と、微笑みかける。薫は頬をバラ色に染め、

「ありがとう」

 まっすぐに、瀬名の目をみつめた。


「なんだよ、あいつら」

 那智は、悔しそうに、つぶやいた。

「ラブラブじゃん。結局、美男美女がくっつくのかよ、クソ!」

「でも、ふたりとも婚約してるんだよね」

 星は、不安になった。

 瀬名は、元の体を引き継いだ、少女と婚約中。男子だった頃の薫からは、「チェンジ」相手の少女と婚約したと聞いている。


「そこが問題なんだよね」

 陸が口をはさんだ。

「婚約、結婚を前提として、『チェンジ』するケースは多いんだけど」


 何故、「チェンジ」の時点で、婚約するかといえば。

 交換した体は、本来の自分の家族とは、全く血縁がない、赤の他人なのだ。

 だが、やがて元の体と結婚すれば、両親たちは、義理の娘、息子として交流できるし、生まれた子は、間違いなく元の家の血縁。血筋にこだわる、この国では、支持されて当然だった。


「気が変わることも、考えないとね」

 14歳で将来の結婚相手を決めてしまう。危険すぎないか、と陸は言うのだった。

 実際、婚約破棄の多発、それによるいざこざも、珍しくはないらしい。

「難しいんだねえ」

 星は、また真昼のことを思い出し、小さくため息をついた。


 瀬名と薫は、まだ楽しそうに、言葉を交わしている。



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