第3話 姉は兄になった
星が9歳の春だった。
日曜の朝、真昼が、父と一緒にでかけるのに気づき、
「僕も行く」
が、星は父に止められた。
「今日は、大事な用事があるから」
真昼は寂しそうに言い、
「さよなら、星」
と、星を抱きしめた。
やわらかくて、あったかい、姉の胸。
なんで、さよなら、なの?
「パパ」
怖くなって、父の顔を見たが、
「だいじょうぶ。マーちゃんは、ちゃんと帰ってくるよ」
ほっとして、ブルーグレイのワンピース姿の姉を、見送ったのだが。
夕方、玄関で低い声がした。
「ただいま」
星の知らない、男の子の声。
こわごわ、玄関に行ってみると、ごつい体つきの、見知らぬ少年が立っていた。
その後ろで父が、悲しそうにしている。星を見て、
「星、ただいま。今日から、この人が、マーちゃんだよ」
星は、混乱した。
父は続けて、
「マーちゃんはね、今日から、お姉ちゃんじゃなく、お兄ちゃんになったんだ」
わけが、わからない。恐ろしさに、一歩、後ずさる。
「マーちゃんじゃない!」
涙が出てきた。
星は、声を上げて泣いた。
「昨日はごめん、ほんと、ごめん」
翌朝、星が教室に入ると、陸がとんできて、謝った。
「まさか、あんなに星が怒るなんて。」
「いいんだ。ふつうは、うれしいことだもんね」
体とは別の性を選択した子たちは、長い間、本来の性になれる日を心待ちにしている。「チェンジ」を受けることは本来、彼らにとっ
て、喜ばしいことなのだ。
だが、真昼の場合は。
10月、とある月曜の朝。
元・美少女の瀬名が、男子になって登校してきた。
「ほんとに、瀬名なの?」
「信じられない。マジ、カッコいい」
女子に囲まれ、瀬名は得意げだ。
「予告しただろ、カッコいい男子になるって」
他の男子は、当然、おもしろくない。瀬名と、彼を取り巻く女子を遠目に、
「なんだよ、あれ」
「イケメンったって、どうせ婚約してんだろ、前の自分と。そんなのにキャーキャーいっても、さあ」
「前の自分と結婚って、なんかヘンだよな。あ、渚先生も、そうか」
勝手なことを言っている。
「俺、瀬名が好きだったんだよな」
星のとなりにいた
ひょろっと背の高い、目立たない男子だ。
「男になりたいっていうのは、聞いてたけどさあ」
いざ現実になってみると、受け入れられない、と那智は嘆く。
「好きになった時は、もう男になるって決めてた、つーか。中身は初めっから、男だったんだよね」
陸も、
「あんな可愛いコが、心は男なんてね」
その時、クマと呼ばれている、もっさりした
「私、来月、女子になるから」
はあ、といった顔で、那智も陸も星も、薫を見る。
「薫、そうだったの」
星だけでなく、他の2人もびっくりだ。
「うん。私みたいなのが、女子になるって言っても、笑われるだけだと思ってさ。あんまり人には言ってないんだ」
「相手は、どんなコ?」
那智の問いに、薫は自信ありげに、
「前の瀬名より、美少女かも」
「マジか!」
那智は笑っている。実際に会って確認しないとなあ、そんな気持ちなのだろう。
「それにしても瀬名、カッコいいよねえ」
薫は、嬉しそうに、女子に囲まれる瀬名を見つめた。
星が帰宅して間もなく、母と、姉の朝日が帰ってきた。両手に、いくつも紙袋を下げている。
また買い物か、と星はあきれた。
母の奈々と姉は、とても仲がいい。母の、子供時代の夢は、女になって、可愛い女の子を産み、きれいな服をたくさん着せ、一緒にクッキーを焼いたり、買い物に行ったりすること、だった。
ばかばかしい気もするが、奈々が子供の頃は「チェンジ」制度は存在しておらす、外科手術しか性転換の方法はなかった。
「このまま男のカラダでいるくらいなら、死んだ方がマシだ、と思ったこともあるのよ」
いつだったか、母がそう言っていた。
「でも、パパと知り合って、希望が湧いてきたの」
星の両親が「チェンジ」したのは31年前。この制度が確立してから数年後。
星の父の名は、慎太郎という。女子だった時は、奈々。男子だった母の名と、交換したと聞いている。現在では、将来、子供の性別が変わることを想定して、男女、どちらでも通用しそうな名前をつけるケースが。ほとんどだ。
「ねえ、アーちゃん。さっきのウェディングドレス、すてきだったね」
母は楽しそうに言ったが、
「まあね。でも私は、もっといろいろ見てから、決めたいな」
21歳の朝日は、大学4年生で、もう婚約者がいる。労働環境が整備された今は、早めに結婚して子供をつくり、ゆっくり子育てした後に職場復帰する女性も多い。21、2歳での結婚、は、特に早くはない。
美人の姉は、子供の頃から、もてまくっていた。母の次の夢、娘の花嫁姿を見ること、も、じきに叶うのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます