第2話 手術なしで性転換
「『チェンジ』とは、手術せずに性転換する方法のことです。外科手術は危険を伴い、生殖能力も奪います。そうした欠点を回避できる、画期的な方法なのよ。
心は男なのに、体が女。心が女なのに、体は男。こうした違和感に苦しむ人たちを、救済するための制度なのです。その方法が確立され、実施され始めたのが2066年、というわけです。
14歳になったら、それまでの性でいるか、別の性を選ぶかを、選択してもらいます。
性転換を選んだ場合、その人が、本当にそうしたいのか、将来、気持ちが変わったりしないか、厳しくチェッされます。
審査にパスしたら、誰と意識を交換し、性を変えるか。相手を探さないといけません。
候補者バンクから、選ぶこともできます。『お見合いアプリ』もあるのよ。『チェンジ』した当事者同士での、婚約、結婚を望むケースは、とても多いのですよ。
私の場合はね」
渚先生は、にこっとして、
「子供の頃から、好きな子がいたの。ていうか、将来、あんなふうになりたいっていう女子が。向こうは、男になりたい人だった、将来は結婚しようって、誓い合ったのよ。
運命的な出会い、かな」
キャー、と声があがった。
運命的、とかのドラマチックな話が、女子は大好きなのだ。
パパ、ママと同じだ、と星は思った。
パパから聞かされた「おとぎ話」は、事実だった、と今はわかる。
先生は、話を続けた。
「14歳になった私と、その子は『チェンジ』しました。性別も、それまでの『男(仮)』から『女』に確定したの。
皆さんは、今は戸籍上の性別に『仮』がついているはずです」
14歳のうちに、意思決定が求められる。実際に『チェンジ』するのは一割にも満たず、大方は。それまでの性で生きていくが、思い悩む者もいる。
まだ、自分がどっちの性か判断がつかない。男のようでもあるが、女の要素も自覚している。などなど。
僕、どうなっちゃうのかなあ。
星は、まるで
僕は、やっぱり、クマノミがいいなあ。
クマノミの生態について教えてくれたのは、陸だった。
去年、生物部で顔を合わせたときのことだ。
「僕、クマノミが好きなんだ」
と告げると、陸は、
「なんで。ひょっとして、性転換するから?」
「性転換?」
意外な言葉だった。が、陸は笑って、
「なんだ、知らなかったの」
と、いろいろ教えてくれた。
クマノミは、すべての個体が、未成熟なオスとして生まれる。いちばん大きい個体がメスになり、二番目に大きいオスとつがいになって、卵を産む。
メスが死ぬと、二番目に大きかったオスがメスになり、その次に大きいオスと、生殖を始める。
「ぜんぜん知らなかった」
星はただ、クマノミとイソギンチャクが、仲良しでいいなあ、と。それだけで好きになったのだ。
「クマノミって不思議だね。なんで、性転換するんだろう」
「よく分からない、らしいよ。星、将来、研究してみたら」
性教育の授業の内容は、星が知っていることばかりだった。両親が経験者だし、それに。
ああ、12月で14歳になってしまう。どうすればいいんだろう。
マジ、未成熟なクマノミになりたいよ。
授業が終わると、陸が話しかけてきた。星とは、去年から、クラスも部活も一緒だ。
「今日、クラブは」
すらっと背が高くて、まあまあ美少年。知的な顔立ちで、実際、成績も良い。
「出るよ」
「星。今年も続けるよね、生物部」
「うん。たぶん」
部室には、誰もいなかった。もともと人気のないクラブで、部員も少ないのだ。
「ねえ。陸は、もう決めた? 『チェンジ』のこと」
陸は、即答した。
「僕は、このまま。自分は男だと思ってるし、女になりたいとも思わない。星は?」
「僕も、そうだよ」
「だったら問題ないじゃん」
「うん、そうだけど」
陸を始め、現状で満足、という子は多い。だけど星は、自信をもって、そう言い切れない。
「なんで14歳で、決めないといけないの」
「自分のジェンダーやセクシャリティに気づくのが、平均13.1歳だから、だって。14歳なら、はっきりするっていうんだけどさ」
陸は苦笑して、
「そんなの、ひとりひとり違うだろ。いま決めてしまって、いいのかな。星みたいに迷ってる、というか、すっきりしない子もいるんだし」
「うん」
陸は冷静でクレバーだ。こんなふうに言ってもらえると、ほっとする。だが、
「星の知ってる人で、誰か『チェンジ』した?」
いきなりの質問に、星は、
「お姉ちゃんが、男になった」
ぽろっと言ってしまった。
陸は目を輝かせ、
「へえ! 会わせてよ」
「見世物じゃない!」
星は蒼白になり、廊下へ駆け出した。ごめん、そんなつもりじゃ、と
なんで、あんなこと言ってしまったんだ!
バカバカ、バカヤロー!
自分に腹が立って腹が立って、どうしようもなかった。
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