大きなぶどうの木

@chased_dogs

大きなぶどうの木

 あるところにぶどうの木がありました。ぶどうの木はあまりに大きく、日が昇ると隣の山がぶどうの木の影で覆われるほどでした。


 いつ頃でしょうか、ぶどうの木の下に人々は村を作りました。その村は、ぶどうの木の下にあったので、ぶどう村と呼ばれるようになりました。


 ぶどう村の人々は、この大きなぶどうを見て、きっとたくさんの大きなぶどうの実がなるだろうと心躍らせました。

 しかし、子供が生まれ、若者になり、子供を作り、老人になっても、この大きなぶどうの木は、実を作りませんでした。

 それでも、ぶどう村の人々は、きっといつかと、実がなることを信じ続けました。


 ぶどう村が大きくなるにつれ、ぶどうの木も、村人たちに世話をされ、どんどん大きくなりました。ぶどうの木の噂を聞いた旅行者たちもどんどんやってきます。

 けれども、やはりぶどうの木は実をつけませんでした。

「騙されたよ。大きなぶどうがあると聞いてやってきたが、実の一つもつけられないなどとは!」

 旅行者たちは口々に村人に文句をいいました。村人たちはただじっと黙り、話を聞いてやるしかありませんでした。

 旅人たちに毎日のように詰め寄られ、ぶどう村の人々の心にも、段々と不安が芽生えてきました。


 ある日、物凄い嵐がやってきて、隣山の山肌から村の小屋から、何もかも滅茶苦茶にしてしまいました。大きなぶどうの木も、幾本もの枝を軋ませ、嵐が過ぎるのを待ちました。


 そして、嵐が過ぎ去りました。空は抜けるような青空です。雨露が陽の光に煌めき、草花の色は目の醒めるような鮮やかさです。

 心地よい陽光に誘われて、村の人達も外へ出ていきました。鳥たちは歌い、地面に溜まった水を飲みに、蝶が次々とやってきます。

 しかしぶどうの木は限界でした。そよ風が枝を軋ませ、皮を剥いでいきます。

「もう駄目だ。枝を落とそう」

 ぶどうの木が考え、枝を落としたその時でした。

 落とした枝の真下に、一人の女の子が立っていました。

「あぶない!」

 ぶどうの木は叫ぼうとし、枝を取り戻そうとしました。しかし、ひときわ強い風が吹き、枝はぶどうの木から離れて行ってしまいました。

 大きなぶどうの木の枝ですから、それは大きな枝でした。真っ逆さまに落ちてきた枝は、女の子を下敷きにしてしまいました。幸い、地面の窪みのおかげで女の子は生きていましたが、しかし大怪我を負ってしまいました。

 女の子は何とか立ち上がり、怒りに任せて言いました。

「実をつけず大きいばかりのぶどうなど、枯れてしまうがいい!」

 ぶどうの木は女の子の言葉に衝撃を受けました。ぶどうの木ばかりでなく、村の人達もまた、女の子の言葉を聞いていました。

「もうたくさんだ!」

「燃やしてしまおう!」

「切り倒すんだ!」

 それから各々が武器を手に取り、ぶどうの木の下に殺到します。

「おお、おお……!」

 ぶどうの木は恐れました。

 村人たちは、火の灯った松明や、石ころや腐った野菜、牛や馬の糞を投げつけました。鋤や鍬を打ち付け、のこぎりでいたるところに刃を入れました。

「おお、おお……!」

 ぶどうの木は、切り倒されてはかなわないと、ぶどうの実をつけることにしました。次々に、一粒ひと粒が大人の首ほどもある、大きなぶどうの実がなりました。

 それを見た村人たちは大喜び。女の子も、怪我を忘れて喜びました。


 それから、ぶどう村は、本当にぶどうの実の食べられる村になりました。噂を聞きつけた旅人たちは、以前にもまして増えていき、皆、記念にぶどうの種を一粒持って帰りました。

 いつしか女の子の怪我も治り、村人たちもすっかりぶどうの木への怒りを忘れてしまいました。


 それから、何日も、何年も過ぎたころ。

 あの女の子が大人になり、お婆さんになり、土になって、幾日も経ったころ。ぶどう村は信じられないほど大きくなっていました。ぶどうの木も大きくなっていました。

 それだけではありません。旅人が記念に持ち帰った種からまた大きなぶどうの木が生えて、実を結んだのです。今では世界中に大きなぶどうの木の子孫がいました。


 ある日、ぶどうの木は子孫たちのことを想いました。人間たちに切り倒されたり燃やされたりしないか心配になりました。

 ぶどうの木は、まだ人間たちへの恐怖を忘れていませんでした。怒りを忘れていませんでした。

 そして、一際強い風が吹きました。それが合図でした。バチバチと枝が爆ぜる音がして、ぶどうの実や枝が次々に落ちていきました。ぶどうの木の下にあった村は、人も家も押しつぶされて、滅茶苦茶になりました。

 ぶどうの木の怒りは、根から根に、瞬く間に伝わり、ぶどうの木の子孫たちもまた、実や枝を落としていきました。

 それから、ぶどうの木の下に住む人はいなくなりました。


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