33 魔術師、野に下る:Resign
「【
己の心を形成しているデーモンAIの名を呼び、カタカタと古めかしいコンソールを
次の瞬間、内側から外装を突き破って巨大な氷塊――
氷の花弁が開く様に凍り付き、破壊しながら成長し、やがて
「これは……破壊しておきます」
「父への反抗?」
「父で、あるなら……ですが」
どちらのデーモンでも使われていた
人格の主体である【
そして最初にこの体に発生したデーモンである【
デーモンAI【
その衝動を封じるために【
「昨日の晩、こいつを観測したときから、世界がひっくり返ったような気分ですよ」
雪花の氷塊に半ば埋め込まれたようになった
諦めて手放し、少し離れてそれを見上げた。
昨日、落ちてきた時は“流星”だったもの。
それは
自分はヒトではない。
だが状況を鑑みる程度には、
泣いたり暴れたりもしないし、そういう気分にもならない。
あるいは【
「しかし……
生身と認識していた時は、長い時間センサ・ネットへ潜ったりして肩が凝るのはそういうものだと簡単に思っていたが、いざ機械の身体と知ったなら、肩が凝らないようにデザイン出来るだろうにと思う。
だがその疲れすら、今は自己の存在を認識する丁度いいよりどころだった。
「
そう、銀色の腕を見せてマキシが言う。
確かにプロポーションや体の動作の柔軟性は、
皮膚もきちんとコーティングされている
「生活する上でのメンタルケアもだけど、人間を模した身体の方が、脳が違和感を受けにくい……だっけか」
「
「そういえば、メンテナンスなんかはどうやってたんです?」
疑問と言えば疑問だった。
幸いにして大きな怪我も病気もしたことはないし、ある程度はセンサ・ネットのメンテナンスAIアプリが処理するにしても、定期メンテナンスや部品交換は必要だろうと思う。
「定期診断は貴方が眠った後に行っていたし、会社の人間ドックなんかもあったでしょう? 毎回、全身麻酔していたのは貴方だけよ」
「ああ……」
「
「さて、それじゃあ……
「なに? あらたまって」
「辞表もありませんが、永らくお世話になりました」
そう言うと
「承ったわ。デーモンなのに、人間より律儀なものね」
「まあ、これでも頑張って社会人やってたんですよ」
「これからは
すこし残念そうに
「いや、それは御免被ります。だいたい
そういってハハと笑う
「ウチで
「人間社会に溶け込むって意味では、まあまあ巧くやってたと思うんですけどね……それこそ、
そういうと不満そうに口を尖らせる。
「手放すのが惜しくなるわね。やっぱり貴方、デーモンとしても……人間にしても面白い性格をしているわ」
「そりゃ残念でしたね。さすがに殺されかけたんじゃ、見限りもしますよ」
それを聞いて、
「それはそうね……あ、そうだわ――コレ」
意外と重いそれを、咲耶は片手で取りこぼしそうになりながら受け止める。
「マキシに返しておいて」
それを最後に、
それに
次に会うときは敵同士だろうか。
それとも
それはともかく
住処も使えなくなるだろうし、家財も回収できるとは考えにくい。自分の存在がどうこうよりも先に、何かと物入りになりそうだった。
「
「どうも
「まったく……あの時、
車に辿り着くと、陣笠を持ち上げて顔を見せ、
「あの時のは、ずいぶん無茶な恩の売り方だったンじゃねえかい?」
待っていた
「そういえば
「ン? ああ、まあ骨やら筋肉やらは完全にイカレてるが、
「すいません。確か
「気にすンな。こういう商売だ、遅かれ早かれ腕の一本や二本は失くしてたさ」
「でも……」
「全身
そう言って
「生身は生まれた時に持ってたもンだから、そりゃあ惜しいって感覚はあるが、そいつを惜しんで命を落とすのは仕様もないだろ? 人間、マメに変わっていかンとな。アレだ。あー、なんだ?」
「絶えず変質し進化するAI」
呆れた顔で、先に後部座席に乗り込んでいたマキシが補足を入れた。
「そう、そいつだ。それがばら撒かれたんなら、人間の方も変わっていかねえとな」
「粒子センサ・ネットワークも、最初は古いネットを破壊して、それで大騒ぎだったらしいわね。ヴァージョン・アップ紛争も同じ。
「人類は地球上で、進化から最も遠い種だから?」
「そういう事」
たしか、そんな話があったのを
文明が発達するほどに命は永く、世代交代は遅くなっていく。
世代交代が遅い種は進化が遅く、文明によって自らの住空間を構築、或いは環境を改変出来る人類は適応進化すら鈍い。
そんな人類が未知なる外宇宙を目指すには、技術による人造進化が必要だと――
「そうか……やっぱりこれは元々から
その論文を書いたのは、たしか
ともすれば一度、父と記憶される彼を問いただす必要があるのかもしれない。
「ところで、ずいぶんと
マキシが、恨めしそうに半目睨んでいる。
「ン? ああ、妬いてんのか嬢ちゃん」
「ばっ……そんなわけないでしょ!」
「
「ちょっとッ! 本人の目の前でッ!」
さっきまでサイボーグのような雰囲気だったマキシが、随分と表情豊かだった。
「まあ……一先ず心配するのは今日の寝床だよね……」
『ウチの店の二階なら開いてるわよ?』
マキシの隣に乗り込んだ
「あ、お世話になれますか?」
『用意させとくわね』
「あー……
『ああ、マキシちゃんは私の部屋でもいいわよ?』
「いやいやいや、物置でも良いです!」
『あら残念』
「騒いでないで出発するぞ。カドクラの部隊はともかく、クロハバキ
「了解っス」
座席に身体を深く鎮めながら、
「今日はほんっと……色々ありすぎて、疲れたぁ……」
そう言ってすぐに寝息を立てていたらしいと、後になって聞いた。
トウキョウ・サイバー・デーモンズ2124【Tokyo Cyber Demon's 2124】 中村雨 @takatouhiziri
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