俺はうまくやれていた
きと
俺はうまくやれていた
俺はうまくやれていた。
中学や高校の勉強もそこまで苦手じゃなかったし、友達だっていた。
文化祭や合唱コンクールにもめんどくさいと思いつつも、しっかり参加した。
大学にも現役合格して、サークル仲間だけじゃなく学部の友達とも良好な関係だったし、恋人も今は別れたと言え、確かにいた。
就職浪人にもならず、新卒でそこそこな大きさの会社に入って、そつなく仕事をしていた。
仕事でも同僚との関係も良好で、いい上司にも恵まれた。
でも、働いて1年半くらい経ったある日、突然何もかも面倒になって、会社を辞めた。
今思えば、俺は確かにうまくやれていただろう。
でも、それは、全て正しそうだと思ったことをやっていた結果だ。
正しくあることだけが、俺を構成していた価値観だったからだ。
その価値観以外、何も知らなかったからそうしただけだ。
勉強を頑張っていたのだって、勉強をすることがなんとなく正しいと子供心に思ったからだ。
文化祭や合唱コンクールに真面目に取り組んだのも、先生に怒られるからだ。
大学に入ったのも親が、大学くらい出ておけ、と言ったからだ。
さらに言えば、進学した大学も自分の成績で行けそうなところをなんとなく選んだだけだ。
大学で恋人を作ったのも、恋愛事も経験しておいたほうがよさそうだと思ったからだ。
就職する時も、自分と同じ学科の人の多くが、就職先に選んでいた職種に就いた。
仕事も特段出世したいとかお金が欲しいとかもなかったが、働いていた方が社会的に正しいだろうなと思って働いた。
仕事を辞めた今の俺は、次に進むのに非常に四苦八苦している。
今まで、ただ流れに乗っていただけの人生を過ごしていたツケが回ってきた。
いくら考えても、やりたいことも、なりたいものも思いつかなかった。
何かなりたいことはないか。それを考えるために過去を振り返ってみたが、何も浮かび上がることはなかった。
子供の頃の夢を確認してみたところ、写真家と卒業文集に書いてあった。
何故、そんな夢を見ていたかも分からなかったし、本気でなりたいと思って努力した記憶もなかった。
正しくあること。それ自体は間違っていなかったのだろう。
でもそれだけに囚われてしまうのは、間違っていたのだ。自分の意見を持たず、操り人形のように社会の価値観に踊らされていただけだった。
職業安定所に行った際には、今までの経験を活かすのがいいと思いますよと言われた。
それについては、特に不満はない。新卒で1年半しか働いていないので、役立つ経験があるかは疑問だが、やりたいこともなのなら、当然の結果だろう。
でも、その選択は、また突然なにもかも嫌になることに繋がるのではないか?
そんなことを思って、二の足を踏むことになった。
どうやって他の人は、やりたいことを見つけたのか。
故郷にいて、まだ正しさに囚われていなかった幼稚園や小学校の頃、自分は何を思っていたのか。そこに、自分の純粋な想いがあるのではないか。
そう思って、故郷に帰ってみた。
故郷は、適度に自然があり、田舎といえば田舎だろうが、絵に描いたような畑や田んぼばかりでもない。そんなところだった。
通っていた小学校に来てみた。友達と昼休みにサッカーをするのが楽しみだったことを思い出した。
よく遊びに行った駄菓子屋に来てみた。百円玉を握りしめ、どれを食べるか真剣に悩んでいるのも楽しかったのを思い出した。
親に連れて行ってもらったおもちゃ屋に来てみた。買ってもらえなくても、ただおもちゃを眺めているだけでも楽しかったのを思い出した。
いろいろ懐かしい場所を巡ってみたが、やりたいことは見つからなかった。
最後に、小学校に入るよりも前、実家の近くに住んでいた幼馴染み達と遊んだ公園に来てみた。
怪我をする危険性があるからか、遊具のいくつかは撤去されていた。
でも、鬼ごっこをしたり、ブランコで靴を飛ばしたり、滑り台を逆走してみたり。
そんなくだらないことが、ただただ楽しかったのを思い出した。
そんなとても幼い頃に自分が何を思っていたかは、分からない。
それでも、ここに来て正解だったとなんとなく思った。
結局のところ、俺はアドバイス通り、今までの経験を活かして新しい仕事場を探している。
故郷にまで足を延ばしたが、結局やりたいことは見つからなかった。
でもやりたいことを無理に仕事にする必要はないと思った。仕事は、やりたくないことを避けるだけでいいと思ったのだ。
その代わり、趣味を探すことにした。
正しさに囚われず、ただ純粋に楽しめる何か。
それがあるば、何かあっても大丈夫だとなんとなく思ったからだ。
俺はうまくやれていた きと @kito72
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