白黒つけようZe☆!
「何!? 天使が来店しただと!」
ベッカーは二重に怒り狂った。一つ目の理由は、ハールのギルドがすでに天使の耳にも届くくらい有名になっていたこと。そして二つ目の理由は、彼がこの情報を知ったのが、新聞であることだった。彼の探偵事務所はざっと探偵を五十人ほど抱えているのに、誰もこの情報を新聞より早く私に報告できないとは、何事だ!
「親方」「ボス!」「聞いてくださいボス!」
「なんだ」
一斉に入ってきた三人の探偵。その一人はあろうことか新聞を持っている。
「じ、じつはハールのギルドに天使が」
「知ってるわぁ!!!!」
強烈な一喝。
「全くどいつもこいつも役立たず。お前ら全員クビだあああああああああああ」
その瞬間、ベッカーは真の正体を現した。実は彼、何を隠そう、表向きはモザイク画を作成するギルドの親方、裏では探偵事務所を牛耳るボスであり、そしてその正体は堕天使ベリアルだったのだ! 天界にいる時、たくさんの天使の翼を黒に染め上げたことで神から罰を食らい、その姿を封印されさえないおじさんとして地上に堕天させられたのだった。しかし今は、あまりの激怒が功を奏し、その呪いが解かれていた。禍々しくも荘厳な彼の姿に皆恐れをなした。
「おまえら、今すぐ隣町に行き、ハールを連れてこい。場所は噴水前の石像だ。わかったな」
今度こそ身の危険を感じた三人は、一度も出したことのない本気というやつを全開にして、急いでその命令を遂行しに行く。ベッカーを止められるものは、一人しかいない……。
「待ってたぞ」
「あなたは、もしかしてこの前水晶を鑑定してくれといった」
「ベッカーだ。しかし今は天使ベリアルである」
「すごい! 天使だったんですね!」
この期に及んで凄まじい天然っぷりを発揮する少年に腹が立ってきたベッカー。この謎の光景を一目見ようと、この町の住民がぱらぱらと集まってきた。
「いいか、今から俺とお前で一騎打ちだ。勝負は、このどっちつかずの像を同時に染め上げ、先に黒一色、もしくは白一色にした方の勝ち、わかったな」
この町の中央に位置する噴水には、付属物としてどっちつかずの像がある(つまりこの石像は別売り)。この像の四肢は柔和かつ筋肉質で、体はぽっちゃりとしているが骨が浮き出ており、髪型はショートともロングともいえない絶妙な長さ。さらに趣味は読書、嫌いなものは本という具合である。そんなどっちつかずの性質を持っているから、もちろん色だって黒でもなく白でもない、灰色である。そんなどちらかの色に染まりあがるなんてありえないと思われていた像を白か黒に染め上げることによって、ベッカーはその力の差を見せつけて決着をつけることにしたのだ。
「いくぞ!」
物凄い勢いで二人が像に向かって気を送ると、かなりの衝撃があたりを包む。思いがけない轟音に人々は耳をふさぎ、飛ばされないように何かしらにしがみついた。ただ、像の方はと言えば手のひらの大きさくらいが白くなったり、黒くなったりしただけだった。読者には意外としょぼいと思う人がいるかもしれないが、所詮、現実とはこういうものである。あるいはこのどっちつかずの像の力が計り知れないものなのかもしれない。
「う……」
ハールの苦しげな表情を見て、ベッカーはほくそ笑んだ。
「よし、良いぞ小僧。お前はもう全力を出しているらしいな。だが俺は、ここからが本番なのだあああ!」
一気に四枚ある真っ黒な翼を広げると、ベッカーの両手から、尋常ではない黒がほとばしる。姿はもはや人でも天使でもない。それは悪魔に近かった。彼はハールによってもたらされた激情によって超人的な力を会得したのだ。その強大な力で瞬く間にハールを圧倒し、像をあれよあれよという間に真っ黒にした。いや、それだけではない。彼のすさまじい力は、街全体を衝撃波と共に黒く塗りつぶす。ええ、わかってますよ。皆さんこれが見たかったんでしょう?
「おやめなさい、ベリアル」
しかし、その黒がハールの故郷に侵食する一歩手前で、あらゆる人々の心を揺るがすような偉大過ぎる声が聞こえてきた。翼は六つあり、男性の平均身長の二倍はあろうかというベリアルのさらに二倍はありそうなその天使は、瞬く間に全ての黒を浄化した。
「私は、大天使アリエル」
「ああ」
人々は一人一人全く異なる反応を示す。狂喜乱舞する者、世界の終わりだと騒ぐ者
、ベッカーが負けたと諸手を挙げて喜ぶ者、諸々。そしてハールはそのあまりの白さに驚愕し、自然とアリエルに歩み寄る。ベッカーはというと、何か苦い思い出があるのか、いつの間にか人間の姿に戻って顔を黒いマントで隠していた。
「ハール、うちのムリエルが、先日はどうもお世話になりました。今日はほんのお礼をしたまでです」
「すごい……、どうやってこんな白くなれるんですか」
「ええ? 私が? 生まれてからこれですよ。まあ、強いていえば、あのベリアルが、いえ、ベッカーが黒すぎるから、私の白が引き立ったのかもしれませんね」
「はあ」
一瞬、親方から言われた「そろそろ結婚を前提とした相手を見つけろ」と言われたことを思いだし、目の前の魅力的過ぎる存在に思い切ってプロポーズをしてみようと思ったが、その為の指輪が無かったのであきらめた。ただ、それは置いといて、アリエルの言葉はとても有意義だ。黒があればこそ、白は一層輝く。そしてそれは黒も同じことだった。白があるからこそ、黒がより黒くなる。
「ベッカーおじさん」
「おれは負けたよ。アリエルにすべての力を吸い取られたみたいだ。お前の勝ちだ」
「一緒にギルドをやりませんか?」
「は?」
思わず目を丸くし過ぎてつぶら過ぎる瞳を見せたベッカー。
「私、さっきのアリエルさんの言葉で気づいたんです。白は、黒があるからこそ、より白くなるし、黒だって、白があればより黒くなるはずです。互いに、いい事だとは思いませんか?」
「いいのか?」
「ねえ、アリエルさん!」
「まあ、どちらともいえませんが。でも確かに、その理論は間違っているとは言えません。ベリアルが改心すれば私たちは本望ですし、二人のコンビがこの世界をさらに明るくすることもアリエル……、あ、いえ。有り得るといえます」
「アリエル……」
ベッカーは黒い涙を流していた。彼はまつ毛をより濃厚に魅せるために、マスカラをつけていたらしい。だからウォータープルーフにしろといったのに。あ、こっちの話です。お気になさらず。
「では、あなたが改心するのであれば、元の力を返してあげましょう。ただ、こちらのハール少年には、それを少し上回る力を与えておきます。もしあなたが悪いことをしようとしても必ず負けますので、覚えておいてください」
ベッカーには返す言葉もなかった。ただ、もし二人でギルドをやるとすれば、あのまるきり命名力のないハールに名前を付けられるのだけはごめんだった。
「じゃあ、ギルドモノクロ……」
「いいですね! じゃあそれで決まりです!」
『おおおーー!』
なぜか周りの大勢の民衆が一度に完成を上げた。これはアリエルの仕業なのか、それともベッカーおじさんが倒れたからか、それともどっちつかずの像が、この瞬間真っ白な純白に染まりあがったからなのか。ハールにとっては、どちらでもよかった。なんともすがすがしい気分で空を見て、そして後ろを振り返ると、もうアリエルはいなかった。なぜか少しむなしい。これこそが恋という感情だと、彼はいつになったらわかるだろうか。
「じゃあベッカーさん、今日は墨汁インク百瓶と、修正液二十瓶です」
「ああ、了解」
二人がギルドモノクロを立ち上げて、早一年。通常ギルドは親方が一人しかいないはずなのだが、ギルドモノクロは特別に複合ギルドということで、親方が二人いる。一年たっても、ハールは相変わらず天然で、例えば一定の時間を効率よく数えるための歌を考えてこいと言われれば、「1、2、3、4、5、6」などと、ただ音程を変えて数を数えるだけの歌を披露したり、ベッカーが「そいつは悪党みたいだな」といえば、「どこの政党ですか」という始末である。それでもベッカーは自分の力が失われずに済んだことに比べればこれほどの苦痛大したことないと思える人物であり、ハールはハールでベッカーのことを同僚として、そして人生の先輩として尊敬していた。またボンニード親方はようやくハールへのツッコミから解放され安堵し、また母のセーダはようやく大根が無くなったことにほっとした。
さて、ひとまずはこれで一件落着。よくわからないおふざけ小説に、ここまで付き合ってくださりありがとうございました。作者、演者たちからの、盛大な感謝をそえて――
「おっとっと」
「おい、おいおいハール危ない!」
おや、ハール少年がこちらへ激突……、
「わあ!」
「大丈夫か?」
いててて
「ハール少年は瓶を踏んで盛大に転び、何と、あろうことか語りの私に衝突したではありませんか。って、あれ? 私たち……」
僕たち、
「い、入れ替わってるではありませんか!」
入れ替わってるー!?
完
テレレー♪ テレレレレン テレレーレー♪
なーんと! 誰もが幸せなエンドだと思っていた矢先、ハールと地の文が入れ替わってしまうという、とーんでもない大事件がぁ、巻き起こる!
テレレー♪ テレレレレン テレレーレー♪
そーして時を同じくしてぇ、魔大陸の中心に暮らす魔王は、先日五歳になった娘をはじめてのおつかいに命じるう。その標的は、まさかのギルドモノクロォ! しょーうげきのおつかいの内容はぁ、なんとギルドを紫に染め上げろとのことだった。あーらたな第三勢力の出現にぃ、平和だった物語にまた亀裂が!?
次回! 白黒つけようZe☆!
二人は魔王の娘を泣かせずに、無事追い返すことができるのか!?
『お前はもうすぐ、白になる』 デーン……!
白黒つけようZe☆! 凪常サツキ @sa-na-e
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