天使降臨
あれから三日たって、ベッカーはそろそろハールの弱点に関するほかの情報が来ていてもおかしくない時だ、と思っていた。しかしいくら待てど、正確な情報が来る気配がない。というのも、彼らの送ってくる情報はたくさんあるが、そのどれもが例えばこのようなものだからだ。
【ダース・ベッカー殿。昨日発見した有益な情報は、二つです。一つ目は、ハールが近頃“天使の羽が第一”という名のギルドを作ったということです。
そしてもう一つ。……書きたいところなのですが、その最重要事項をかくにはこの余白は狭すぎる】
その報告に対して、ベッカーは――
【まったくけしからん! 何が余白が狭すぎるだ! そんなの、こんなに小さいお菓子の包み紙に書いて送ってこなければいいだけの話だ。それに、何だそのふざけたギルド名は。嘘をかくな。あまりふざけすぎるとクビにしてやるぞ】
と毒を吐き、怒りのあまりすべての捜査員に次の檄文を発したのであった。
【君がこの文字を読んでいるということは、君はこの文章を読んでいるということだ……(中略)……とにかく君たちの仕事はたるんどる! 大切なことなので一度しか言わない。よく読め。私はハールを懲らしめたいだけだ。そしてお前たちは私の命令に背かず、真面目に仕事を全うすればいいだけだ。何もお前らときたら……(中略)……このアンポンタンのボケナス!……(中略)……馬鹿スカス、ろくでなし……(中略)……だからお前たちがも次下手な文章を書いて来た日にゃあ、一人ずつ寒い地方に飛ばすからな。俺にはそれほどの権限がある。覚悟しておけよ】
彼の手紙を受けとった部下たちは、その黒い手紙に書かれた黒い文字のあまりの読みにくさに危うく白髪を増やしそうになりながらも、それだけは許されない行為だ! と生理現象を押しとどめる。体の上に白が見つかれば最後、彼にどんな処罰を命じられるか分かったものではない。
さて、探偵の一人であるブルドンは、この依頼をこなす画期的な方法を思いついていた。それは彼の特技である「殻のついたままのゆで卵と生卵を見るだけで区別する」を使うようなものではなかったし、またもう一つの特技、「池の中から最も古びた銅貨を探し出す」をもちいることでもなかった。しかしまことに画期的ではあったものの、彼の活躍を無料で公開するのはあまりにも惜しい。そういうわけで、その後の彼の天才的過ぎる活躍については、拙作「白と黒」にて改めて書き起こそうと思う。気になる方は是非お近くの書店でご購読を。
「よし、じゃあ今日はこの椅子を白くしてもらおうか」
「はい!」
ちょうどハールたちは、天使の羽が第一ギルド繁盛の為、その能力をさらに高めるための修行を行っていた。だいぶ白のムラもなくなってきたし、色合いも純白以外に表しようがないものになってきたため、二人はひとまず昼休憩にすることにした。
「そういや、お前もそろそろ結婚を前提としたお付き合いをしていかなきゃまずいだろ」
「えー、恋人は別に要らないです」
「でもお前、酒屋のフィアからウィンクされたって言ってなかったか? 実はあいつ、お前のこと好きとか」
「ああ、それは確かにされましたよ。こっちを見て、片目なんかじゃくて、両目でパチパチって。ダブルウィンクって初めてされたから、びっくりしました」
「お前、それはウィンクじゃねえ。単なるまばたきだろ。全く……、まあだがな、お前がどれだけ言っても、いずれは結婚してもらわねえと」
「えー、でもフィア白くないじゃないですか。そしたらフィアのおばあさんがいい。あんなに髪が白いんですし」
「ばーか。人妻で、しかもばあさんだぞ。なあ、フィアだって白いと思うぞ。ほら、ポケットにおしろいがあった気がする」
「うーん。でも髪は白くないじゃないですか」
「髪なんてそのうち真っ白になるさ」
「でも牛乳とか大根は中まで白いのに、フィアは中身、赤いですよね」
「そんなの中見てみなきゃわからないだろ。あいつの内蔵はきっと白いぜ。いや、今のは気持ち悪い発言だったな」
そんな奇妙な会話をしながら大根ステーキを頬張っていると、何やら一筋の光が射していることに親方が気づく。初めは屋根に穴が開いたのかと思っていたが、それがさらに大きくなるものだから、ただ事ではないと感じられた。
「おい!」
急いでハールと避難をすると、屋根をぶち破って一人の人間が現れた。いや、人間にしてはどこか輝かしすぎるし、人間にしてはきれいすぎる。背中に生えている翼からして、彼は天使だった。
「ごきげんよう。ここは天使の羽が第一ギルドで間違いございませんか?」
「はい!」
こういう時、親方は弱い。とっさの判断が苦手な父親にとって代わり、ハールは嬉々として対応をする。
「私は力天使ムリエルです。ちょっとお願いがありまして。実は私、下界の汚らわしい環境で長時間働いたために、この素晴らしい天使フェイスがとんでもないことになってしまいました。目の下をみてください」
真っ白な肌だからこそ、目の下のクマがとても目立つ。
「実は、天使であることを隠してクマを消したいと無料案内所に頼んだら、猟友会へ行ってくれと言われまして。彼らは目の下のクマという存在を知らないのでしょうか。まあいいです。それであきらめかけていた時、あなた方の噂を聞きまして。どうかひきうけてくれますか」
「ええ、もちろんですよ!」
言うまでもなく、まだボンニード親方は茫然としているので、ハール一人での施術となった。生きている者を白くするのは彼にとっても初めてだったが、やることは同じ。いつも通りに力を込めて、白くなれ白くなれと、必死で念じるのだった。
「できました!」
ものの五秒ほどで施術は完了。ムリエルのクマは無くなり、顔はより一層美白になったように思える。
「ああ、見なくてもわかります。これは素晴らしい白さ! ありがとう友よ。これ、お代です」
きっちりきっかり、家の前の看板に書かれていた五マルク紙幣を手渡すと、彼はこれで用済みとばかりに飛び去ろうとした。
「お、お前、屋根代はどうしてくれるんだ! 弁償しろ!」
やっと自我を取り戻した親方が叫びますが、天使はもう手の届かないところにいます。
「屋根の弁償? それはムリエル――あ、無理です。ではでは」
残念なダジャレを置き土産にして、天使は空に姿を消した。
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