白の台頭、黒の暗躍


 一方の主人公、ハールはというと、例の水晶を白化させたことで己の能力に気付いた末に、調子に乗ってギルドを開設しようとしていた。もちろん大工仕事の弟子であり、重要な働き手であった息子が抜けてしまうのをボンニード親方は嫌がったが、あまりにしつこいので、いくつか質問をすることにした。

「最初に問いたい。ギルドの名前は何にするんだ」

「“天使の羽が第一”です! 親方」

 ちなみにハールとボンニードは実の親子ではあるが、ギルドにおいては師弟関係であるので、実の親子であろうが赤の他人であろうがハールは常に敬語である。

「何!? もう一度言ってみろ」

 文字通り耳をかっぽじった後、真っ直ぐに目を見て注意深く聞く。

「はい、親方。何度でも言います。“”天使の羽が第一“」です」

「よし。どうやら俺の耳は正常なようだ」

 普段の会話の中でこうして健康診断をするボンニード親方。勢いあまって「続けろ」と命じたのだが、取り込んだ情報を反芻してみると、ようやくギルド名の奇妙さに気付く。しかし、それを注意するよりもまだ聞きたいことは山積みだ。

「次。どんな仕事をするんだ」

「物を白く塗る仕事です」

「もう一回!」

「万物を白に染める仕事です!」 

 今回は普通に聞き取れなかったようだ。本当にボンニード親方が正常な耳を持っているかはさておき、彼はここがどうしても引っかかるようで、

「駄目だな、そんな仕事。世界にものを白く染める職人なんぞ、ごまんといる」

「ほ、本当に居るんですか? 親方、そんな狭い匠」

「いるぞ、世界中に。ほら、雲や雪を白くする職人とか、牛乳を白くする職人とか……。それに、そっち方面の職人がせっかく分業しているのに、お前一人が全部白くしてしまったら、商売あがったりだろ! このバカ息子」

「じゃあ、名前の通り、天使の羽を白く塗るギルドにします」

「駄目だ。大体お前は、天使を見たことがあるのか? 卵割ったら黄身が二つ出てきたとかそういうことで、空から天使は出て来やせんぞ」

「それでも僕は、やってみたいんです」

 その熱意と息子の低知能さは、親方の予想をはるかに上回っていた。

「はあ」

「いいですよね? だってその雪を白くする職人とかは、どうせからくりがあるんですよね。インクを使ったり、脱色をしたり。僕のはまごうことなき、種も仕掛けもないんです。全て、この体一つで事足ります!」

 そういわれると参ってしまう。第一に、確かに息子の能力はすごい。異常でいて、奇妙でいて、実の息子でなければ絶対に関わりたくないほどにはすごい。第二に、そもそも牛乳を白く染めるギルドとかあるわけないのに、どうやらこのバカ息子は愚直に信じているようだ。その純粋さをどうにかして取り除きたいが、おそらく彼の能力が大人の腹黒さもろとも浄化するだろうから、それも無理そうだった。とにかく、どんなにダサい名前であれ、どんなにへんてこな仕事であれ、中央のギルド組合から承認が得られればこちらも否定できないので、彼は次のような判断を下した。

「負けたよ。よし、作りたけりゃ作れ。だが、その為にはお前に商売適性があるかどうか審査する必要がある。まずは家のガラクタを街中で売って、どれだけ稼げるかやってみろ」

「はい! 了解です」



「いかかですかー、はいヤスイヨヤスイヨー。これなんかめちゃ安だよー」

 親方が隣町でギルド開業申請をしている間、ハールは言われた通り、ガラクタを家の前で売りさばいている。しかしどうもうまくいかない。売りに出されているものが正真正銘のがらくただからか、それともこの通りを通る人間が、今まで一人もいなかったからかは、彼の商売に全集中する頭には理解できなかった。

「あ、ほらどうですかお兄さん、この、お薬、フラグおじさんが個人的に作成したんです。一粒食べれば十年、二粒で二十年。ああもうたくさん食べたらなんと、死ぬまで長生きをするという」

「これいくら?」

 やっと訪れたお客さんは三十代の中肉中背で、ハールの冗談をなかったかのように受け流し、切り干し大根お得パックに目を光らせた。ハールもこれとおさらばできることに目を光らせて、もう無料でいいからと言わんばかりの目で中肉中背を見つめる。しかし目は口程に物を言うとはいえ、さすがに話さないと何も伝わらない。中肉中背はこれ以上質問をするのも面倒だと思って、ひとまず三マルク紙幣を一枚渡す。

「あ、じゃあこれで! まいど!」

 ハールはそれを見るのが初めてだった。だから彼にとってあまりうれしいものではなかったが、大根が売れたことは家族の幸せである。

「帰ったぞー」

「あ、親方」

 帰ってきた親方。そして彼はハールの前にある品を見て愕然とする。フラグおじさんが個人的に作成した薬以外は、どう見てもガラクタというよりは、ゴミだからだ。

「これはなんだ」

 恐る恐る指さしたのは、ただの木片。

「これはかつお節みたいな木材です」

「これは?」

 恐る恐る指さしたのは、ただの石ころ。

「これは今まで見てきた中で最も丸い石です」

「全部燃やしてしまえ!!!」

 達人の速さで火を焚いた親方。息子の商売の腕のなさははっきり伝わったので、せいぜいごみ捨てという家の手伝いもかねて、ガラクタを燃やさせる。

「あ、でも大根は売れたんです」

「金はもらったのか?」

「えーと、でも物々交換というか、ちょっとくしゃくしゃの緑のおじさんの絵をかわりに」

「はははっ! おうおう、燃やせ燃やせ!」

 怒り狂って思わず笑ってしまったボンニード。しばらく息子に背中を向けた後、一応ギルド組合の元締めから開業の許可が下りたことを伝えようと彼のほうを見ると、間違いない。息子が三マルク紙幣を燃やしていた。

「ばか! お前それが金なんだよ!」

「え?」

 三マルク紙幣はもう黒い炭とか白い灰になっている。これには紙幣に肖像画を描かれたオットー皇帝もうんざりだ。

「お前、ほんとに実の息子じゃなかったら、でかい蜘蛛を投げつけてやるところだったぞ」

「えー、やだよ! ねー、ぼくが毒のある生き物嫌いなの知ってるでしょ!」


 

 一方そのころ、ベッカーは探偵事務所の親分として探偵たちをこき使い、必死でハールの情報を集めていた。そして彼を嫌がらせで妨害し、あわよくばその活躍を無きものにしようと暗躍している。

「ボス!」

 そこへ、昨日ちょうど雇った新進気鋭の探偵、ジョシュが情報をもってやってきた。記念すべき第一号である。

「おお、お前は昨日の。早速情報を見つけてきたのか」

「ええ、どうやらハールとかいう少年は、毒のある生物を極端に嫌うようです。これは彼が親方とお話ししているときに聞き取った情報なので、間違いないでしょう」

 会話を「お話し」と言うあたり、おそらく彼は外出も「お出かけ」という人種なのだろうが、そんな違和感はベッカーにとって関係ない。彼によってハールの弱点が一つ知れた、それだけで思わずニヤリとしながら何度もうなずく。

「よかろう! では嫌がらせとして、お前はハールの自宅に毒のある生き物を贈れ。もちろん差出人と内容物に関しては何も書くな。そうだな。先日のお礼です、くらいにしておけ」

「わかりました!」

「そうそう」

 ベッカーは丹念に、明日の「黒一色舞踏会」に出席する際につけるお歯黒はぐろを選びながら、嫌がらせについてさらなる助言をする。

「お前、そしたらその毒のある生き物は、生半可な物じゃだめだぞ。一歩間違えれば人が死ぬ猛毒をもつやつがいい。とにかく送ったら言ってくれ。白髪染めでも墨汁でも、好きなだけ褒美を取らそう」

 後日、ハールの家に届いた謎の小包を空けると、中にはたくさんのフグが入っていたといいます。

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