#5 再戦

 ロリエに【ヒール】をしてもらう一方で、ティアには魔物の血が流れており、詠唱が不要なことを知る。ティアは新たな魔法を駆使し守護者に健闘するも、意味深な言葉を残したままロリエは殺されてしまった。


 焦点の定まらない目に映したのは、死体が増えたという事実だけだった。ティアは赤髪を震わせ、鮮やかな赤色に染まった地面に呟く。



「…6回のうち…何回当てれば殺せるかな?」


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


「――違う……俺はロリエに聞いたんだ……!!」


「グァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」



 守護者は言葉を返すようにがなり立て、ティアを目掛けて駆け出す。ティアの溢れ出る感情は爪を立て、流れた血を振り払うように蛮声を張り上げる。



(…お前じゃないって――)


「言ってんだろう!!!!!!!!!!!!!」


(世界を覆いし母なる大地! 天をも穿つ軌跡を現せよ!!!!【ロックスパイク!!!】)



 不純物を含んだような岩々が、守護者の腹部を激しい音を立て宙へと浮かした。


 空中で体制を整えようと四苦八苦する守護者の瞳に、赤黒い光に照らし出されたティアを捉える。


「休むなよ!!!!!」


(――――――――災いを祓いし槍となれ【ファイヤーランス】)



 咄嗟に守護者は触角をずらすが体の横を掠めた。


 痛がる様子を見せずに体を起こす守護者に、ティアは疑念を抱く。



(外した!? いや……触角を守ったのか!?)



 守護者は慌ただしく大きく息を吸う。明白に何かから逃げるようにことを済ませようとしていた。



「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!」



 咆哮は【ロックスパイク】を叩き割り粉塵と化し、再び視界を悪くした。ティアは淵に押し出されつつも、必死に守護者の影を追おうとしていると、ふと足元に黒い液体が飛び散る。


 黒い液体…触角を切ったときに出てきたものだ…。


 いくら攻撃しても傷の数を不必要に増やしていくだけで、俺の攻撃を受けても不死と言わんばかりに声すら上げなかった。



(……俺はてっきり、魔物にも心臓があると思ってた。でもお前は違うみたいだ)



---



 …明らかに二本の触角の片方を失ってから勝負を決め急ごうとしている。


 一度だけ弱弱しい声を上げ、流れ続ける液体が指し示すのは?


 ならどうやって片割れを切る?


 あの時はロリエを狙っていた。……ならルイスとレイブンの時も狙えたのか?


 守護者は触角で確実に止めを刺しに来る。ルイスとレイブンの時は、死を偽装し近寄ってきたところを刺した。その状態のまま殺した相手を引き寄せ、舐めるように確認すると最後には投げ捨てた。


 ロリエの時は少し違った。全力で俺に力を託しきったところに、守護者がロリエに狙いを定めた。俺は【ロックスパイク】で守り、更に拘束までして意気揚々と切断することに成功した。唯、もう一方の触角にロリエは刺し殺された。


 俺が今まで攻撃して得た情報を加えてみる。触角の攻撃は往なすことは何とかできるが、それを狙って切り落とそうとすると避けられてしまう。


 結局、一度の成功はロリエの犠牲があった偶然が起こしてくれたもの……。


 自分の作戦でやれたのは、守護者の体に傷を増やすことだけ。体力は回復してもらい、魔法を使える状態でも、希望は見えない。


 ――偶然を再現できれば。



---



「ハハッ……」


(――――こんなことなら最初から俺が一人でやっていれば……皆は)



 不敵な笑みを浮かべたティアの眼の前に、黒い点として現れた触角と後を追うように守護者の顔が見える。



「……そこか、お前の弱点――」



 守護者は駆け出しながら触角を、ティア目掛けて刺しだす。臨戦態勢を取るティアだったが、何か攻めの一手を出すことはしない。

 今にも危ない状況でさえも、ティアは動かない。


 守護者は手を止めることなく、確実にティアの体を射止め宙に浮く。遅れて黒い血が体を伝い地面に滴っていく。


 雄叫びを上げ、乱暴に空気を震わせ再び煙が舞う中、ティアは表情が一変する。



「あ゛つ……!!」



 煙が晴れない空間に静かに滴る血と細かい石が落ちる音が木霊する。守護者があの時と同じように触角を動かしだす。



(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!)



 抑えきれない痛みが体を駆け巡り、意識が飛びそうになる。


 大丈夫大丈夫、気を確かに持つんだ――。


 ……落ち着け。


 これで三人の時と同じ状況だから……。


 予定通りだから大丈夫。


 守護者は煙の中から灰色の光が近づいてくることに気が付く。ティアは静かに手を曇らせる。



(守護者は必ず刺した後、自身の顔に近づけ確認する。その時が確実に切断できる瞬間)



 その為には一人が攻撃を食らう囮、もう一人が触角を切断する役が必要だが、今は俺しかいない。



(―――――女神から与かりし光芒に巡り合わせよ【ヒール】)



 煙の中でティアはぴたりと固まる守護者に優しく言葉を囁く。



「………ルイスとレイブンの時! ロリエの時も見てたよな!? ……今度は俺が見ててやるよ」


【ヒール】


「―――俺は何も知らない。この世界のこと、ティアのこと、自分のことすら…」


【ヒール】


「唯、一つだけ分かったよ…」


【ヒール】


「今の俺じゃ何も成せない…、強くなるんだ! もっと!! もっと!!!!!」


【ヒール】


「信じてくれた…皆のために」



 煙が晴れると守護者はティアと目が合う。状況を理解した守護者は力任せに触角に刺さっているティアを振り払おうとするも、動くたびに深く刺さってしまう。


 そんな中で、ティアは落ち着いた表情で、態とらしく言葉を紡いでいく。



「……………緋よ凛冽たる日々を分かつ。……神の燎火が齎す衣紋を着せ、災いを祓いし槍となれ――」


【ファイヤーランス】



 もはや黒い槍は、詠唱中に現れ切り、瞬く間に二つ目の触角を切り落とした。



「「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 あの時と同じように守護者は苦しみ、黒い液体を周りに飛び散らせて見せ、よろめきだす。



「――狩られる側の気分は分かるか?」



 ティアは体に刺さっている触角だったものを抜き取り、ゆっくりと守護者の方へ歩いていく。


 落ちていたロリエの杖を手に取り、地面と平行に持つと宝石は何かを照らし出すように輝きだす。



「忘れてた、こっちはルイスとレイブンの分だ」


【ファイヤーランス】



 今まで以上に巨大な黒い槍をとなり、守護者の首を切り落として見せた。


 もはや声を上げることすらなかった。


 それと時を同じくして、ティアは体力の限界が来たのかその場に倒れ込んだ。



「―――……終わった」



 ティアは三人に伝えるように呟くと、熱くなった瞼を下ろした。

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嫌われ者の少女ティア ~この血の記憶が求めるモノは~ @nikuzyaga2

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