#4 血の色

 ティアは守護者に【ファイヤーランス】を与えるも戦況に変化はなく、むしろ窮地に陥ることなる。それを救ったのはなんとロリエだった。


 ロリエの魔法で作られた岩の中には、二人でも不自由ない空間がある。



「………ありがとう…ロリエ」


「…それはわたくしのセリフですよ! ティアさんが行動してくれなかったら…わたくしたちも……」



 宝石の灯に影を落とすようにロリエは顔を背ける。髪の間からは緑色の眼の周りが赤く染まっていた。


 ティアはかける言葉が見つからず、言葉を探す時間が流れる。


 先に静寂を切ったのは意外にもロリエの方だった。



「ごめんなさい…! 仲間との別れは初めてなので……」



 ロリエは寂しさを埋めるようにティアを抱きしめる。ルイスとレイブンへの思いとロリエの体温は、取り乱していたティアを安心させたが…。



「………ごめん…痛いかも」


「あっ! ごめんなさい!!」



 ロリエはティアの怪我を忘れていたと慌てた様子で手を放す。その小さな笑顔を浮かべるも、口角は上がり切っていない。


 唯、大丈夫だと答えるティアの表情とは裏腹に、全身の生々しい傷跡が状況を物語っていた。



「凄い怪我……! でも治癒魔法はわたくしに任せてください! ティアさんと町まで行くって……約束しましたからねっ!」


「…ありがとう……戻ろう、皆で」


 ティアの言葉にロリエは最後の涙を流し微笑んだ。見えない絆で固く結ばれた二人の目と目が向き合う。



<ガッガガッ…!>



 次の瞬間、連なる岩の一枚が崩れた音でティアとロリエの間に緊張が走る。外にいる守護者の攻撃に違いなかった。



「この魔法は元々防御魔法ではないので長くは持ちません……が、は治癒魔法を急ぎましょう!」


「お願い…でもはっていうのは?」


「お伝えしたいことがあるんです。……ティアさんの“守護者を倒せる能力”について」



 ロリエは疑問符を浮かべるティアを余所目に杖を持ち、詠唱を始める。



「女神から与かりし光芒に巡り合わせよ【ヒール】」



 紡がれた言葉は小さな白い光を見せ体に触れていき、少しずつではあるが外傷と痛みを消していった。


 ロリエは魔法が上手く使えたことを安堵したのか静かに息を吐いた。


 詠唱の長さは【ファイヤーランス】や【ロックスパイク】よりも短く、壊すよりも治す方が気力を要することは手に取るように感じた。



「凄い…! 一瞬で楽になったよ」


「――動かないで!!……お願いします。………時間が許す限り魔法を使わせてください」



 ロリエの力強い視線は余裕のなさが伺え、ティアは軽くなった腕を戻す。


 ティアの治療が進むと共にロリエの息が上がっていく。


 俺にはロリエが死力を尽くし、ティアに全てを託そうとしている様に見えたが、口を挿むほどの理由は見つからなかった。



<―――ガガガッガッ!!!!>



 先程より音は強さを増し、守護者の手が迫っていることを響かせる。


 それでもロリエは黙々と【ヒール】に集中をしている。明らかに魔法の光は弱まっていたが治療の手を止めることなく話し始めた。



「……案の定、わたくしの残りの魔力では完治とはいきませんでしたが…魔法の…【ヒール】の感覚を感じ取るには十分だと思います!」


「…うん…多分ね、…でもそれがさっきの話と関係あるってこと?」


「その通りです。わたしくしの魔力は時期に尽きます……、ですので! ご自身で【ヒール】を使ってほしいのです。それも、詠唱を“口に出さず”に」



 ティアは浮かない顔をしている間にも、ロリエの魔法は完全に色を失う。それでもロリエの瞳から緑色の光は消えることはなく、言葉に信頼が帯びていた。


 ――言われた通りにしよう。


 口に出さず…頭の中で詠唱すればいいはずだ………。


 後は感覚………確か小さな光が…体に触れる感じ――。



(…女神から与かりし光芒に巡り合わせよ……! 【ヒール!!】)



 ティアの手から出る光は回復魔法とは言い難い灰色をしていた。そう、【ファイヤーランス】の時と同じように、ロリエの見せた魔法に黒が混ざってしまったような色。


 灰色が宝石の輝きを覆う。光はティアの笑顔を映し出し、またロリエの表情を暗くする。



「できたっ!?」


「――――……やっぱり……色が」



 ティアの体は【ヒール】の本来の治癒能力とは言わんばかりに、完治していく。


 ティアは魔法を使い続けた状態で軽快に口を開いた。



「…魔法って詠唱が必須かと思ってたけど……、でもロリエは詠唱…してたよね?」



 驚きを隠せていない様子のロリエは胸を抑えつつ、飲み込んだ言葉を続けた。



「――――――もちろん魔法には詠唱が必要です、絶対に必要です! ……が、魔物なら必要ありません」


「なら……私は魔物? そうは見えないけど変身でもしてるのかな?」


「…そのー……はっ…半魔じゃないかと、ごめんなさいっ! 記憶がないからって…」



 ティアが自身の体を見回すと、ロリエは誠意をもって謝ってくる。


 半魔というのは恐らく人間と魔物のハーフ…。口にするだけで謝罪を必要とするだけの言葉……。



(……不思議な感じがする……でも)



 記憶の奥底では分かる気がする。


 俺は見ず知らずの少女になっていたと思っていたが、ティアも何かを抱えていたのだろうか。自殺理由さえも思い出せない自分が、妙に馴染むこの体。



「――……同じだったのかな…」



 どこか寂しそうなティアに、ロリエは謝罪の形を解きほくほくした表情を向ける。



「同じ?? …もしかして記憶が戻りました!?」


「いや、そうじゃなくて…――」



 どう説明しようか躊躇した瞬間、壁に亀裂が走り出す。



<ッガガガガガガガガガ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!>



 亀裂の数が一つから二つ三つになる頃、ティアはロリエに答えを求める。



「ロリエ! 教えてほしいことがある!! 俺の魔力は後どのくらい残っていると思う……【ファイヤーランス】は何回使えると思う!?」


「!? 俺!? えーっと…お、恐らくですが6回!! 最低6回は動きながらでも使えると思います!!!」



 ロリエはティアの一人称に驚きつつも、適当な物言いをせず答えた。



「動きながらで6回……、ありがとう…色々………次は負けないから!!!!!!」


「はい!! 信じていますティアさん!!! 四人で光の下へ戻りましょう!!!!!!」



 ロリエの言葉に頷くと、絆を裂くように岩の隙間から守護者の咆哮が聞こえる。



「グァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」



 徐々に網目の通したような声は鮮明になり、壁は不器用な音を立て、煙を上げる。



(煙の中じゃさっきと同じだ…、一先ず一緒に出ないと!!)



 ティアは薄ら寒い記憶から危機を覚えロリエの方を向く。


 が、俺はその瞬間、ロリエの優しい微笑みとふらつく足元を見て思い出す。


 ――魔力は消えかけ、肩で息をしていたことを……。


 ロリエは煙の中で立つのがやっとの状態の中、言葉でティアの背中を押す。



「最後にもう一つだけ覚えておいてください! ティアさんは強いです!!! これからもっともっと強くなると思います!!!! でも! その力を誰かを守るために使ってほしいのです……わたくしたちじゃない、これから出会う誰かを!!――――――」



 瞬間、ティアの視界の端に見覚えのある黒い線が迫る。標的はロリエに向けられていた。


 枯れたはずの涙に反射する赤髪の少女は粗雑に言い切る。



「絶対に守る!!! ルイスもレイブン、ロリエだってッ!!!!!」


(世界を覆いし母なる大地、天をも穿つ軌跡を現せよ!!!【ロックスパイク!!!!!】)



 煙を掻き分け進む触角の先には何枚もの淀んだ岩が立ちはだかる。それでもなお攻撃を止めずに岩を割り続ける……が届かず、守護者は戻そうとする。


 ――今しかない。


 煙が微かにある中、ティアは即座に次の動きに無駄なく動き、守護者の触角に狙いを定める。



(緋よ凛冽たる日々を分かつ!! 神の燎火が齎す衣紋を着せ…災いを祓いし槍となれ……!!!!!! 【ファイヤーランス!!!!!!!!!!!!!】)



 ティアの放った【ファイヤーランス】は守護者の触角を裂いた。飛び散る黒い液体に口元が緩みかける。



「ッグァァァァアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 洞窟に怒号が響く中、ティアはロリエに視線を合わせる。


 地面に何かが飛び散る。


 見慣れた色。


 見慣れてしまった色。


 崩れ落ちるティアを横目に、守護者はあの時と同じようにロリエだったものを引き寄せ確認すると、嘲笑うかの如くルイスとレイブンの方へ投げ捨てた。



「グァァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 守護者の声は怒りから喜びに代わった。ティアはロリエを守れなかった思いと触角を片方失っても息絶えない守護者に絶望する。



「―――――――…だめだ………俺じゃ守れない」



 ルイスとレイブンを失ったときにも誓った自身に苛立つ。



(考えて思うだけじゃ意味がない!!!)



 前世の記憶もなく、ティアの記憶もない。


 何より俺ではティアの持つ能力を生かせなかった…。


 結局同じ結果だ……。


 ――――そうだ、ロリエも言っていた。これから出会う誰かを守れと。



(俺じゃ…守れないってわかっていながら助けてくれたのか…―――)



 俺にはそんなに価値がるのか、ティアか!? 彼女がか!?


 ――――分からないよ、俺には……………。


 ……俺が…守りたかったのはルイスにレイブン、そしてロリエだった!!!!!


 何も知らないティアを……俺を受け入れてくれたんだ!!!!!!!!!



(――討伐しないと……殺さないと……みんなで報酬をもって町にいかないと…)



 身体の柱が折られたはずのティアは、まるで操り人情の様に奇怪に立ち上がる。渦巻く環境が人としての心を絡めとり、言葉を発する。



「――――――――

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