第2話 おめでとう!
ガンッと足音高く、勢いよく立ち上がると、吊り革に頭をぶつけてカシャンと乾いた音が周りの注目を集めた。
もう後戻りはできない。
メロは目の前で青い顔をしたディオ様に向けてカッと目を見開いた。そして数秒前までメロが座っていた座席に向かって遠心力を最大限利用して、ビシッと左手の人差し指を向けた。
「よろしければ、こちらのせ・・・。」
こちらの席にお座りくださいと言いかけたところで、不意にセリナの姿が頭に浮かんだ。
貯水タンクの写真が2時間ぶっ通しで流れる動画を嫌がるメロを椅子に縛り付けて無理やり見せるセリナ。海で釣り上げた直後の活きの良い50cmもあるアジを口に突っ込んでくるセリナ。あだ名はピカソのくせに、ボディペイントがしたいからとメロの衣服を剥ぎ取るセリナ。セリナはいつも切れ長の三白眼と紅い唇をこれでもかと吊り上げて、サディスティックな笑みを浮かべていた。
メロはそんなセリナの笑顔が・・・大好きだった。
メロは思う。本当にセリナとはこのままで良いのだろうか。
その時、脳天にピシャッと雷が落ちた。
いいや、このままではいけない。私は彼女の親友を自称しながら、彼女の痛みを理解しようとしなかった。本物の親友なら全てを受け入れ、理解しなければならない。
メロの目に勇気の光が宿る。
私はもう迷わない!セリナと同じ痛みを理解するんだ!
覚悟を決めたメロの眼差しが、肛門括約筋を固く収縮させモジモジとしているディオ様の縋るような眼球を貫いた。
ディオ様は眼を輝かせ、あっ、ありが・・・と言いかけたが、メロはその言葉を彼の唇にそっと右手の人差し指を置くことで遮った。
そして左手の人差し指を左に1人分スライドさせる。
さあ、今こそ叫ぼう。本当に大切な思いを。
「我が麗しのディオ様!
こちらのせ・・・こちらのセリナの話を聞いてください!」
メロは屹然と挙動不審のディオ様を睨みつけた。その目に一切の曇りなし。
ディオ様は訳がわからないといった表情で目を白黒とさせた。お腹からはぎゅるると胃の中をかき混ぜたような音が轟いており、膝はガクガクと震えている。ケツの穴が開きかけているディオ様にメロは言葉を続ける。
「セリナは竹馬の友です。子供の頃からずっと一緒でした。楽しいことも苦しいことも一緒に分かち合ってきた。だからこそ私は彼女のことはなんでも知っていると思っていた。だから私は彼女を知ることを疎かにした。
先日私は彼女の大切なものを汚した。彼女は憤った。けれども私は彼女の大切にしていたものが、無価値に思えて彼女の想いを踏みにじった。
親友という言葉に甘えて、真の意味で彼女を理解しようとしなかった。
ああっ私は無知だ!こんなに身近にいる人のことさえわからない!
私は愚か者だ!それを知ろうともしなかった!」
目の前のこの男の人は?とセリナがボソッと呟いた気がしたが、メロの耳は雑音をシャットダウンした。
気分は最高潮。この勢いを誰にも邪魔されたくはなかった。
だが無敵モードのメロに待ったをかけるものが1人いた。
麗しのディオ様だ。ディオ様は背中を猫のように丸め、真っ青な顔でしきりに頷きながら、君の話は十分に理解したからその辺にして、と話の腰を折ろうとした。
これにはいくら敬愛するディオ様と言えどメロは許せなかった。
ディオは人の本気の想いを踏みにじろうというのか。コイツこそ欺瞞に満ち溢れているではないか!
メロは激怒した。必ずかの傲岸不遜なディオを、いや麗しき脱糞国王、略してう○こを黙らせなければならぬと決意した。
メロはう○こに向かって唾が飛び散る勢いで叫ぶ。
「ちゃんと私の話を聞いてよ!」
メロの願いを込めた声は車両中を駆け抜けて、人々の心を震わせた。
車両は一瞬しんと凪のように静まり、やがてどこかで誰かがちゃんと聞けよとポツリと呟いた。それは大海に一石を投じるが如く勢いだったが、それは波紋が広がるがごとく勢いで車両中に広がった。あちこちでちゃんと話を聞けよと不平不満が聞こえ始めた。
う○こは左右の脚をクロスさせ、お腹を必死に摩りながら、呆然としている。
メロはう○こが此の期に及んで自分の罪深さを理解していないと思い、メロの空いた席にう○この隣でスタンダップしていた幸薄そうな頭のおじさんを座らせた。おじさんはメロの顔を見てから、申し訳なさそうにう○こにお辞儀をした。
う○この目の色が絶望に染まった。セリナはこれぞ四面楚歌ねと嗜虐的な笑みを浮かべた。
メロはしめんそかの意味がわからぬ。よって再び演説を始める。
車両はざわついていたが、パンパンとメロが二回手拍子を打つと水を打ったかのように静まり返った。メロは一瞬の静寂を噛み締め、胸に手を当てる。
「私はセリナの痛みがわからない、だから今こそ理解しようと思うの。」
カバンから今朝5時に起きて作ったおやつの手投げパイを取り出す。
生クリームの重厚なる壮観はまさに鉄壁の要塞だ。ことに白い紙皿にデンと鎮座する白い生クリームの単純さは、まさに人にぶつけるためだけに生み出されたかのようで、甚だ見て心地が良い。のみならず純白の生クリームは、純粋さの象徴であるパールの中から今まさに生まれたかのように艶やかで、思わず顔を突っ込みたくなる。メロは手投げパイを愛していた。
そしてそれをちょこんと席に座るセリナに渡した。
「セリナ。」メロは目に涙をためて言った。「そのパイで私の顔を汚せ。私の顔の原型が残らないくらい汚せ。私は親友というポジションにかまけて、セリナの気持ちを無視した。セリナがパイで私を汚さなければ、私はセリナと抱擁することができない。」
セリナは残虐な笑みを浮かべて、パイのクリームがそこら中に飛び散る勢いでメロの顔を汚した。セリナは生クリーム塗れのメロに、すっきりとした表情ではにかんだ。そして太腿の上に置いていたカバンから手投げパイを取り出してメロに渡した。それはセリナがメロの為に徹夜で作った手投げパイだった。
「メロ、そのパイで私の顔を汚せ。私もメロの親友というポジションにかまけて、あなたの心を傷つけた。メロが私を汚さなければ、私はメロと抱擁できない。」
メロは大谷翔平投手くらいに腕をしなせて、手投げパイをセリナの顔面めがけて強く押し付けた。ベシャっと何かが潰れる音がして、セリナの端正な顔はパイまみれになった。メロは得も言われぬ爽快感を感じ、全身に鳥肌がたった。
「ありがとう。」仲良く2人同時に言い、パイ塗れの2人はヒシと抱き合い、パイの生クリームが剥がれるくらいに嬉し泣きにきゃあきゃあと泣き喚いた。
乗客中から感動の嗚咽が漏れた。う○こは呆然と2人の様を眺めていたが、やがてはっと何かに気づき、乗客達に呼びかけた。
「本物の友情を見つけた彼女達に、拍手を!」
う○こは一億玉砕、決死の形相でさぁさぁ立ち上がってと手の平を高々と何度も突き上げる。う○この勢いにつられて、乗客達は1人、また1人と立ち上がる。
全員が立ち上がったところでう○こは嗚咽交じりの声で「おめでとう。」言い、拍手した。う○こにつられておめでとう、おめでとうと乗客たちが次々とスタンディングオベーションで拍手をする。
メロとセリナは温かい拍手の渦に飲み込まれた。
メロは唐突に、目の前に色とりどりの花畑が広がる錯覚を覚えた。
心の底から、セリナの親友でいて良いんだと思えた。
この雰囲気を作り出したう○こ、いやディオ様にも感謝しないといけないな。メロはディオ様の姿を探した。
彼は「やっと、座れるッッッ!!!」と呟き、スタンディングオベーションによって空いた席に滑り込もうとしていた。メロはそんな彼の襟首を捉えて、引き寄せる。そして背中側からお腹に手を回す。
「ありがとう。これはお礼だよ。」
彼は「やめろーッッッ」と最後の抵抗でジタバタ暴れるが、メロは感謝を込めて、ジャーマンスープレックスの要領で固く強く抱きしめた。
ストンと憑き物が落ちたかのように彼のお腹周りの筋肉の硬直が溶けていく。
やがてディオ様は固く閉じられた目からつうと一筋の涙を零された。
先ほどより少し重みを増したズボンは、まぎれもなくこれが現実なんだとディオ様に訴えかけていた。
終わり⚾️
その座席を譲るんだ、メロ! ひなた @Hinayanokagerou
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