第39話 やまざくら(13)

 ふとまわりが急に明るくなったように思って、花梨かりんは体を起こした。

 あゆ先輩は、もとの姿勢のまま、眠ってしまった。こんどはほんとうに眠ってしまった。

 花梨は膝をついたまままわりをきょろきょろと見回した。

 だれもいない。

 ただ、くるんくるんくるんと、桜の花びらが優雅に舞っていく。それが、白く、ほんのり赤く、ときどきまぶしく光る。

 「あ……」

 日が射していた。

 あの大きな山桜の木をかすめて、斜めに日が射している。

 白く曇っていた空が晴れたんだ。

 そののどかな光のなかを、一枚、一枚と、数は少ないけれど、絶えることなく桜の花びらが舞っている。

 その下に、あゆ子先輩が眠っていた。

 あの子どものような寝顔で。

 たぶん、この顔って、そのえっちゃん先輩と出会ったころから変わってない、その表情なんだろうな。

 花梨の喉から短く笑いが漏れた。

 だったら、花梨は、えっちゃん先輩と始めたのと同じスタート地点から、あゆ子先輩との関係を始めることができるんだ。

 あゆ子先輩のところは桜の幹の影になって、空が晴れたことに先輩は気づいていない。

 花梨は、先輩の肩に手をやって、先輩を起こそうかと思ったけれど、やめた。

 かわりに、先輩の横、桜の幹の根もとに腰を下ろす。

 先輩と同じように背中を桜の幹にもたせかけた。

 眠くはならない。

 花梨は、ふとあゆ子先輩の横顔を見る。

 「進歩ってものをしたのかな、わたし……」

 そうつぶやいてみたが、あゆ子先輩は起きなかった。

 いや、さっきのように、寝たふりをしてきいているのかも知れない。

 それでもいいと思う。

 花梨も、ふうっと大きく胸のなかから息をつくと、頭を桜の幹にぶつけて、その桜の木の上の空を見上げた。

 白い雲が切れて、空は青く――。

 でも、その空も雲も、夕焼けの色に染まり始めていた。


(おわり)

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やまざくら 清瀬 六朗 @r_kiyose

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