第19話 SIDE愛子②

私はその日、会社を早退した。


会社で聞かされたことを信じることが出来なかった。

だって、昨日私は会っているんだから。信じられる訳ないじゃん……

家に帰る途中、昨日寝れてないせいなのか、それとも違う理由かはわからないが気持ちが悪くなり、駅のトイレで嘔吐した。


体調が悪く、休憩しながら家に帰った。

家に帰るまでの間、私は健吾さんにメールと電話をしたが、電源が入ってないみたいで繋がらなかった。


私は家に帰ると、少し落ち着いて大事なことを思い出す。

私は昨日健吾さんに振られたんだ。

あ~だから携帯の通知をブロックしてるのかもしれない。

もしかしたら、私と会うのが気まずいから有給休暇で休みを取ってるだけかもしれない。


体調が良くなる気がしなかったので、会社に一週間ほど休ませて欲しいと連絡すると休みをもらうことができた。相手がナニカを言おうとしていたが、私は電話を切っていた。

何度も会社の同僚や健吾さんの後輩から電話がかかってきたが、私は電話に出なかった。だけど、健吾さんからは一度も連絡が無かった。


私は家に帰って来てから、テレビのスイッチを一度も押してない。

ナニも見たくなかったから。

夜になっても部屋の電気をつけない。

今の私には眩しいから。

だけど、携帯の電源は切らない。

彼の人から連絡があるかもしれないから。


胡蝶の夢のごとく、多分一週間くらい経った。

最近では寝てるのか起きてるのかわからない。

また知らない番号から着信がある。何度か同じ番号から着信があったが私は知らない番号の電話を元々出ないので気にしていなかった。今回も留守電が入っている。

私は健吾さんの電話にしかでるつもりがなかったので、着信履歴と留守電が山のように入っていた。

先ほど着信があった留守電が気になり、同僚達の留守電を一つ一つ消去し、留守電を再生してみる。


『何度も電話すいません。鈴谷健吾の母です。一度お話しさせてもらえないでしょうか?連絡待っています。』


健吾さんのお母さんからの着信に胸が締め付けられる。

話を聞きたいけど、話を聞きたくない。




私は健吾さんと付き合いたての頃を思い出す。


健吾さんは過去の話や家族の話をしたがらない。私は嫌われるのがいやで、深くまで聞こうと思わなかった。

その時から私たちはどこか線を引いていたのだろう。

私たちは、お互いに聞きたくても聞けないことが多かった気がしてきた。

もしかして私は健吾さんに好かれてもなく、愛されてなかったのかもしれない。

健吾さんは私と夜の行為をあまりしようともしない。

やはり、愛されてなかったんだ。


ネガティブな思考に陥り、そのことで頭の中が深い闇に覆われる。

そんなとき、また健吾さんのお母さんから着信がなった。

電話に出ようか出ないか迷ったが、震える指で画面を押した。


「あ、宮下愛子さんでしょうか?鈴谷健吾の母です。何度も電話をかけて失礼しました。よろしければ時間を少し頂けませんか?」


水分をあまり取ってなかったので、私は掠れた声で詰まりながら、はいと返事をした。


「健吾の部屋でお話しませんか?」


私の身体中から警鐘を鳴らしている。


『健吾さんの部屋に行っては駄目だ』


だから健吾さんの母に言った。






「今から伺います。」




私は久しぶりにシャワーを浴びる。少しだけ意識が覚醒する。

鏡を見ると肌が荒れて、目の下のクマがひどい。

いつもより厚く化粧をしてごまかした。


体調が悪いはずなのに、会社から家に帰るよりも足が進んだ。

電話がかかってきて、2時間半後位に健吾さんのアパートに着く。

いつも車を止めている駐車場には健吾さんの車は見当たらなかった。


それを見た私の足は急に重くなった。

どうにか部屋の前までたどり着き、私は呼び鈴を鳴らす。

ゆっくりと玄関の扉が開かれる。

彼の人にどこか似ていて、優しそうな女性が顔を出した。

私たちは目が合うと、軽く会釈し黙って中に入れてくれた。


「今日は来てくれてありがとうございます。」


健吾さんのお母さんの顔が西日に照らされた。

部屋を見ると、段ボールが多くあり引っ越しの準備をしているようにみえた。

私が部屋をボーッと眺めていると、お茶とお茶菓子をだしてくれた。

私たちはお互いに向き合い、少し時間が経ってから、健吾さんのお母さんが紙袋を差し出してきた。


中を覗くと、プレゼントとメッセージカードが入っていた。

私は綺麗に包装紙を剥がし、箱を開くと可愛らしいハートのネックレスが入っていた。

メッセージカードを開くと、


『また来年も記念日を一緒に祝おうね』


それを見た瞬間、目から涙がとめどなく流れる。

私は意味が解らなかった。あの日、私は健吾さんに振られたはず。

ネックレスの入った箱の中に入っている品質保証書を見てみると、私は顔が青ざめた。


日付が…私が外せない用事があるからと会うのを断った日だ。

店名が、私と健吾さんの後輩がプレゼントを探しに行ったショッピングモールの中にある店を指していた。


見えなかった糸が繋がり、私は放心状態になった。

あの日、健吾さんは私をショッピングモールで見てしまったんだ。

外せない用事と断ったのに、健吾さんの後輩と歩いているのを…


私はただただ泣いていた。

健吾さんのお母さんがずっと背中をさすってくれた。

私は罰をくれる人を求めるために、健吾さんのお母さんに私の罪を話した。

私の話を最後まで黙って聞いてくれ、私は健吾さんのお母さんに怒鳴られたり、貶されるの黙って待っていた。なのに


「うちの子は何歳になってもそそっかしいわね。可愛い彼女をこんなに泣かせてしまって……最後までうちの子を愛してくれてありがとう。」


「違うんです、グスッ、わ、わたしがさいしょから、しょうじきにいって……グスッ、こんなことに、ならなかったのに」


「あなただけのせいじゃないわ。うちの子もあなたに何も聞かないから。」


健吾さんのお母さんは優しく私を抱きしめながら涙を流していた。



帰り道を心配になったのか、健吾さんのお母さんが私の家まで付いてきてくれ、

別れ際に『うちの子のことは忘れて、あなたは幸せになってください』と言われた。


彼の人が居ないのにどうやって幸せになれというんだろう。

私がプレゼントするはずだった時計と彼がプレゼントするはずだったネックレス、お互いに書いたメッセージカードを飾った。私のメッセージカードには


『また来年も記念日を一緒に祝おうね』


彼のメッセージカードと同じ文字が刻まれている。







プレゼントは一緒になれたのに、私たちは一緒になれないんだね。

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異世界で、君の幸せを願う。 @kagayashinn

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