第2話 王族兄妹は飛竜が好き過ぎる

「見たかユイリス。今年のグランプリには貴族令嬢が参加するんだってよ。しかもちょう美少女……!」


 ほら、と新聞の一面を見せつけてくる兄にしてこの国の王でもあるヤーガスに、ユイリスはため息をつく。


「どうでもいい。それよりも隣国から輸入予定だった薬草はどうなったんだ? 俺のリンカが楽しみにしているんだが……」


 隣国でしか取れないという薬草は、滋養強壮によくしかも美味しいらしい。愛しのリンカの食を思えば欲しくてたまらないユイリスだった。


「……お前さ。ちょっとはこう、人間にも興味を持ってもいいんじゃね? いい年だろうが……」


「知らん。王家は兄さんが継いだんだから、俺は独り身でも問題ない。大体、人間の女は嫌いだ」


 なにせ人間の女ときたら飛竜のことを怖いだの狂暴だの、挙句の果てには臭いだのという連中だ。そんな連中と仲良くするくらいなら目の前のリンカと一緒に過ごす方が万倍も楽しい。

 ユイリスは静かに佇むリンカの翼を撫で上げる。美しい青の鱗に優雅な所作、リンカ以上の美人はいないとユイリスは口元を綻ばせる。


「……はぁ。どうして、ユイリスはこうなっちゃったんだろうなぁ……」


「半分はヤーガスお兄様のせいでしょう?」


「ヨーナ。お前も来たのか」


 ヤーガスがため息混じりに妹の名を呼んだのを聞いて、ユイリスは声の先を向いた。

 そこにいたのはユイリスと同じ銀の髪を結いあげた少女、ヨーナだった。ヨーナは赤い飛竜の手綱をひきながらこの場所、近衛が保有する飛竜のための宿舎へと立ち入ってくる。


「御機嫌よう、ユイリスお兄様、リンカさん。相変わらずべったりなようで……」


「お前には言われたくないな」


 言いながらユイリスは、ヨーナの隣で見事な体躯を揺らしながら歩く飛竜、クレナイを見やる。この一人と一頭はいつも一緒だった。

 リンカに頬をくっつけるユイリスに、クレナイに肩を寄せるヨーナ、そんな二人の様子を見てヤーガスは頭を抱える。綺麗にセットされた金髪がクシャクシャになった。アレは後で義姉上に怒られるな、とヤーガスの髪を誰がセットしているかを知るユイリスは思った。国王夫妻は幼いころから婚約している幼馴染にしていまだに熱々な熟年夫婦だった。


「二人とも飛竜馬鹿だよ。どうしてこうなった……」


「だからヤーガスお兄様のせいですってば」


「そんなことは……」


「ありますって。私たちがまだ小さい頃に買い与えてくれたこの子たちがあればこそ、今があるのですから」


 確かになとユイリスが頷く。一人年上で、既に次期国王としての政務が始まっていたヤーガスが、二人寂しく王宮の片隅で過ごしていたのを見かねて飛竜をプレゼントしてくれた。それからの二人の生活は常に飛竜と共にあった。それが今に続く兄妹の飛竜好きの始まりだったといえるだろう。


「うぬぬ……だがな! お前たちもいい年なんだから! 結婚はしてもらうぞ! 飛竜じゃなくて人間とだからな!」


 わかったか、とヤーガスの突きつけた人差し指からユイリスは目をそらす。何が何でも嫌であった。


「……まあ、私はいいですよ」


「本当か!?」


「ええ。私よりも飛竜に乗るのが上手い方でしたらですが……」


「この国でも数える程度しかいない条件突きつけるのやめてくれないかなっ!?」


 さもありなん。ヤーガスの慟哭にユイリスは黙して首を横に振る。なにせヨーナときたら飛竜好きが高じ、王国史を遡っても数少ない女性の飛竜乗りとなっていたのだから。

 しかもグランプリ出場経験持ち。去年はユイリスが近衛騎士団枠で出場し、ヨーナは王家枠での出場だった。今年のグランプリも同様の予定だ。去年の成績が総合三位だったことも考えれば、ヨーナは間違いなく王国最速の令嬢だった。


「では、諦めてくださいな」


 綺麗な笑みでヨーナが言った。実際、去年の成績のみで語った場合、ヨーナより速いと言えば一人は実の兄で、もう一人は侯爵家当主で既婚者である。それ以外の面子も既婚者か婚約者がいる。年頃で未婚の貴族男性でかつヨーナより速いという条件は、大地を走る竜である地竜に飛竜よりも早く飛べと命じるようなものだった。つまりは無理ということ。


「クソっ……なんて兄妹だ。どっちも飛竜が基準になってやがるッ……」


 口汚く言い捨てたヤーガスだったが、次の瞬間、はっと目を見開いた。


「……ユイリスはどうだ? お前より速い飛竜乗りだったらアリなのか?」


「……まあ、今まであってきた令嬢連中とは違う目で見るかもしれないが……」


「じゃ、じゃあやっぱり彼女には期待だな!」


 喜び、再び新聞の一面を見せてくるヤーガスにげんなりしながら、ユイリスはさわり程度にだけ新聞の内容を流し読んでいく。

新聞には魔法で転写された令嬢、ラミアが飛竜と共に飛ぶ姿が映っていた。思っていたよりも堂の入ったラミアの姿勢に少しだけユイリスは感心する。ヨーナ以外にも飛竜が好きな女性がいるものだなと。

 それを横目にクレナイを宿舎の一室に引き連れていたヨーナが、ふと思い出したように口を開く。


「ああ……噂の令嬢さんですか。私も噂は耳にしていますが、本当にグランプリに出れるかはわかりませんよ?」


「ど、どういうことだ?」


「ええ。あそこの商会……ええっと名前はランドル商会でしたっけ? のチームについてるスポンサーが、女性選手の実力に疑いがあるとかなんとか騒ぎになってるらしくて。このままいくと代表選手の座を降ろされるかもとかなんとか」


「な、なんだってーーーー!?」


「うおっと……」


 絶叫するヤーガスから逃れるべく仰け反ったユイリスは思う。やっぱり人間社会というのは面倒だと。


「まったく。俺はお前たちと一緒に一生飛んでいたいよ」


 ユイリスが愛しのリンカの首元を撫でながら頬を摺り寄せる。それを見下ろすリンカが小さくため息をこぼした。それは人間であれば、やれやれしょうがない子とでもいった所作であった。

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婚約破棄されたご令嬢は明後日の方に飛んでいく @Sansan_nana

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