婚約破棄されたご令嬢は明後日の方に飛んでいく

@Sansan_nana

第1話 令嬢は空を飛びたい

「なぁにが、婚約を破棄してくれないかラミア、だ。あの糞婚約者……ッ!」


 ラミアは怒りのあまり、部屋にあったぶさいくなぬいぐるみに炎の魔法を叩きつける。ラミア自慢の火炎魔法は、一瞬でぬいぐるみを灰に変えて宙に消えた。


「ふぅ……」


 ちょっとスッキリ。燃やしたぬいぐるみは婚約者から送られたもので、正直ラミアの趣味に合わなかったが、仕方なく所持していたものだ。しかも大きい。ラミアは、人型サイズもあったため邪魔で仕方がなかった置物が消えてくれてせいせいした。


「ったく。お父様もお父様よ。可愛いのはわかるけど、後妻の連れ子を優先するってどうなのよ?」


 ラミアの家、つまるところラミア・エンデルの家は貴族だ。貴族の家にとって結婚とは政治が絡むもの。ラミアと婚約者であるカルアスの結婚も、相手の家が公爵家だからこそ同世代において抜きんでた魔力保持者であるラミアとの婚約が結ばれた。

 気づけば湧いてくる敵対種である魔物の討伐に、放っておくと溜まってしまう大地の瘴気の浄化にと、この国の貴族にとって魔力は欠かせないもの。だというのに、あの三人は、ラミアとの婚約を破棄し平凡な魔力しか持たない妹との再婚約を進めた。

 今頃話を聞いた公爵家の当主はお怒りだろう。下手をしなくてもカルアスは家を追い出されるのではないか? そうでなくても次期当主の座は弟に移動するだろう。次代の公爵家のことを思えば、魔力の少ない妻を迎える意味はない。魔力量は訓練と遺伝で増えるものなのだから。


「ま、どうでもいいわね。もう婚約者じゃないし」


 しかし、どうしたものか。ラミアは唐突に求められた人生の再設計に頭を悩ます。

 父には今回の婚約破棄を受け入れるにあたって、今後のラミアの人生に口を挟ませないことを誓わせた。なので、別の婚約者を用意してくることもないだろう。

 つまるところラミアは自由だ。しかし、自由になったのは初めてのことなので何をしていいのかわからない。割とラミアの人生は、公爵家に嫁入りする前提で進めていたので困りものだった。

 ゴロゴロとベッドの上に寝転がりながらラミアは考える。


「んー……あー……うー……ああもう何も思いつかない! どうしろっていうのよ!」


 苛立ちに任せて枕を放り投げる。中々の速度で飛んだ枕は部屋の机に着弾すると、机上の棚にしまい込んでいた色々なものをぶちまけた。


「やっちゃった。……もうめんどくさいわね」


 ラミアは億劫に思いながら床に散らばったそれらに視線を落とし。それを見つけた。


「これ、は……」


 それは腕輪だった。花で編んだ小さな腕輪。

 ラミアは、しばしその古ぼけた腕輪を見つめながら考え込み。やがて立ち上がった。


「……いいじゃない。どうせやるなら、徹底的によ」


 ニヤリと笑い。ラミアは目的に向かって行動を開始した。





 婚約破棄から1年後。ラミアの足は王都郊外にあった。

 家を出て、とある試験を受けるべく部屋を借りながら訓練に明け暮れること数か月。とうとうラミアは飛竜競技会、その最高峰であるドラゴングランプリの選手選抜試験を受けるべく試験会場に来ていた。

 試験会場は広大だ。その広さは下手な村一つを凌駕するほどの敷地面積となる。なにせ空を飛ぶ竜である飛竜が、自在に飛び交い速さを競い合うのである。それ相応の広さが求められるというもの。

 とはいえ、あくまで今回の試験は、とある大商会が、自身が運営するチームに所属する選手を決めるために設けたもので、実際のレースが行われる場所よりは大分手狭だ。なにせ過去のグランプリでは王国全土を競技会場とした場合もあったのだから。

 そんな広い試験会場にあって、ラミアは一人ほほ笑んでいた。


「ふふふ……いい感じに注目されてるわね」


 試験会場の一角、飛竜と人間が集まる中にあって女性参加者はラミア一人のようだ。周囲にいる他の参加者たちが目を疑うようにマジマジとこちらを見つめてくる。

 まあ、それも致し方のないこと。ドラゴングランプリは過酷な競技だ。女性選手は過去を遡っても片手で数える程度で、今の時代には一人だけ。実家で話をした際にも正気を疑われたものである。ラミア自身、もし仮に友人がドラゴングランプリに出ると言い始めたら止める自信があった。

 しかしラミアはここにいる。どうしても出たかったのだ。それは小さい時の約束のためでもあって。


「おい嬢ちゃん。嬢ちゃんみたいなのが、何でこんなところにいるんだ?」


 おや、と思って声をかけられた方を振り向くと。そこには一人の男性がいた。体格のいい壮年の男性に、ラミアは見覚えがあった。


「これはこれは、ザンエル選手ですね。先日のアマチュア選手権での優勝、おめでとうございます」


「お? おお、ありがとう……って、そうじゃなくてだな」


 ザンエルは頭が痛いと言わんばかりに髪の毛を掻きむしると、ラミアに人差し指を突きつけた。


「あんな? ここはドラゴングランプリに出る選手を決めるための会場だ。お前みたいな女が来る場所じゃないんだよ」


「あら? ザンエル選手ともあろう方が、女性差別ですか?」


「そうじゃねえ。俺はお前のためを思って言ってるんだ」


 いいか、とザンエルが前置きして。


「ドラゴングランプリはな、予選含めて最長で三日に渡って行われる競技だ。朝から晩まで険しい渓谷の中を飛び続け、時には危険な魔物がいる森の中を飛び抜けて、そうして誰よりも高い技術を持った飛竜乗りを決める競技だ。ラフプレーだって当たり前にある。お嬢さんみたいなひ弱そうな令嬢が来るところじゃねえんだ」


 言ってることは実にごもっともである。ドラゴングランプリは非常に肉体的、精神的に辛い競技であり、高い技量もまた要求される。ラミアは同意見だと頷く。


「確かに。しかし、私は参加しますし。参加する以上、あなたにも勝つつもりですので」


「本気かよ……」


 未知の生物でも見るような視線にさらされながら、ラミアはザンエルを見つめ返す。


「……けっ。そうかよ。せいぜい頑張れや」


 先に視線を外したザンエルが立ち去っていく。それを見送ったラミアは、今度は周囲を睥睨する。慌てた様子でラミアへの視線を外す男連中に、フンと鼻息荒く腕を組む。


 ……せいぜい舐めてなさい。ここにいる誰よりも上だってことを見せつけてやるわ。






「どうだいピーター? 集まり具合は」


 レース会場の隣に設けられた小高い施設の最上階にて、ランドル商会会長であるクリス・ランドルは己が側近であるピーターに視線を飛ばす。


「ハッ。全部で二十四名。その内、国内のアマチュア選手権で結果を残した腕自慢が三名。他は無名、及び結果を残せていない選手となります」


 言いながら、ピーターは手元の書類を渡す。今回の選抜試験に参加するメンバーの名簿だ。

 クリスはパラパラとそれらを流し見ていく。


「有望なのはザンエル選手だね。彼は先日のアマチュア選手権で優勝経験がある。……しかし、グランプリに通用する腕前かというと……どうだろうね?」


 商会や貴族が主導で開催するアマの大会とは異なり、王国が主催するグランプリは頭一つ以上ハイレベルな能力を要求される。それは選手の実力であり、飛竜の能力であり、またそれらをサポートするメンバーの能力でもある。

 ランドル商会がグランプリに出るようになって今年で三回目。過去二回においていずれも最下位争いに甘んじているのは、おおよそにして選手と飛竜の能力に問題を抱えているからだ。それを払拭するため、今日のような選抜試験を開催している。


「……大体にしてさ。他はずるいんだよ。王家は近衛飛竜隊から出すし。何だよそれ。反則じゃん。国中から集めた最高峰の騎士から抽出して作った近衛から更に腕利きを出してくるとかさ。他の貴族も貴族で、代々仕えている騎士がいて、最高レベル魔力持ちに高水準の教育をしてるわけじゃんか」


「元を辿れば、大陸唯一の飛竜隊を有する我が国の示威行為ですからね。王族や高位貴族に有利なのは仕方のないことでしょう」


「それも昔の話だろう。今はもう他の国でも飛竜を飼いならせるんだ。ならば時代が変わって私たち商会が勝ってもいいじゃないか」


 クリスはぐちぐちと不満をぶちまける。それを黙して聞き流しながらも、上司に紅茶のお代わりを入れるピーターは仕事のできる男だった。


「ああ、ありがとう。……しかし、今年も厳しいかな。いっそのこと、どこぞの高位貴族の子弟とかが参加者に紛れ込んでくれてたりしないもんかね」


「一人、おりますよ……」


「え、マジ?」


「この方です……」


 どれどれ、とクリスが書類に目を落とす。


「って、女の子じゃないか!?」


 嘘だろとクリスが目を疑って書類に目を走らせる中、選抜試験開始のベルが打ち鳴らされた。





 開始のベルと共に二十近くの飛竜が一斉に飛び立った。

 魔力を込めた飛竜の羽ばたきに局所的な暴風が吹き荒れる。


「あらあら、皆さん元気なことですわね」


 飛竜にまたがったラミアは、意気揚々と翼で風を打つ他の飛竜たちを横目に見ながら手綱を引いた。手綱を通じて流れる魔力に身を震わせながら、ラミアのまたがった飛竜が大地より飛び上がった。

 グン、と体にかかる圧力に知らずラミアの口角が吊り上がる。


 ……これよ。やっぱり飛竜はこうでなくちゃね。


 お腹の奥から臓腑を引っ張られているような感覚に笑みすら浮かべたラミアの顔に、ふと影がかかる。

 見れば少し上空の位置を飛空するザンエルの姿があった。


「……悪いが、かき回される前に落ちてもらうぜ」


 獰猛な笑みを湛えたザンエルのまたがる飛竜が火を噴いた。飛竜には幾つかの種があるが、ザンエルの愛竜は火竜だったようだ。

 家の数軒も丸呑みできそうな火炎がラミアたちを飲み込んだ。






 開始早々のラフプレー。お綺麗なレースを心掛ける人間は眉を顰めるかもしれないが、ザンエル含め多くの選手が気にした様子もなく火球に飲まれたお嬢様を置いて空を翔けていた。


 ……これが現実だ。悪いな嬢ちゃん。


 死んではいないだろう。選抜試験に出られる人間はライセンス持ちだ。合格するにあたって最低限の魔法防御技術は求められるので、無防備に火炎を受けたわけではない。それに、落ちた選手を治療するための医療スタッフも待機している。ラフプレー上等の競技だが、一般人が想像する以上に死人や重傷者は少ないのだ。

 とはいえ、それでも怪我の一つはしているだろう。美人なお嬢さんの顔を思い浮かべ、ザンエルが若干の罪悪感を頂きつつも己が愛竜に活を入れた。


「そら! とっとと前に出るぞ」


 豪快な羽ばたきを一つ、二つと繰り返すたびに先行する選手たちに追いついていくと、ザンエルはそのままトップ争いをする選手の一団に紛れ込んだ。

 無駄な時間と魔力を食った。レースにおいて無駄な魔力の消費はできない。開始早々の消耗にザンエルは舌打ちをする。そこでふと思った。なぜ自分はここまでやったのか、と。

 冷静に考えれば無駄な行為だった。何もしなくても勝手に脱落するような相手だ。それを何故開始時に不意打ちまがいのことをしてまで落とそうとしたのか。

 ザンエルは何か胃のあたりに重みを感じて、そっと後ろを振り返った。既に遥か後方。火に飲まれて落ちたはずの女に視線を送って。


「……ハ?」


 目を疑った。

 そこにいたのは倒れ伏す女ではなく、金色に光り輝く飛竜にまたがった女の姿だった。





「あったまきたわ。これがレースの洗礼とでも言いたいわけ?」


 ラミアはまたがった飛竜の背を軽く撫でながら魔力を充てんする。先ほどの火炎は驚いたが、ラミアの張った魔力防壁を突破することはかなわなかった。とはいえ、開始早々に炎をぶつけられて怒りを感じないわけではない。ラミアは高ぶる感情をそのままに魔力を飛竜に注ぎ込んでいく。

 膨大な魔力を流し込まれた飛竜は歓喜の声を上げる。


「あら。あなたもやる気ね。いいじゃないセーレス。あいつらをまとめてぶち抜いてあげましょう」


 ラミアの勇ましい言葉に飛竜、セーレスが一つ咆哮を上げると大きく羽ばたいた。

 飛竜の羽ばたきは、ただ翼で風を打つのではない。羽ばたく度に翼より圧縮した魔力を開放し、その反発をもって飛翔するのだ。すなわち速い飛竜とは、膨大な魔力をよどみなく圧縮し、無駄なく開放できるものを言う。

 ラミアの愛竜、セーレスは魔力保有量こそ少ないが圧縮と開放を得意とする飛竜だった。そんな彼女が今、主人であるラミアの膨大な魔力を受けて全力で羽ばたいた。


 衝撃音。音の壁を超えたことによる轟音を魔力で編んだ障壁で防ぎながら、ラミアは襲い来る圧力に渾身の力をもって踏ん張った。障壁で緩めているにも関わらず身を襲う強烈なGに、理性が速度を落とせと囁く。しかし、ラミアはセーレスの手綱に更なる魔力を込める。

 人竜一体。主人の意思を受けてセーレスは更に加速し、先行する選手たちを猛追する。

 その尋常ならざる速度に慌てたように先行する選手たちが道を開ける。それらを横目にし、次の瞬間には遥か後方へと置いていくセーレスの速度は群を抜いていた。

 見る見る間にトップ集団へと追いつく。しかしさすがにトップ集団といったところか。迫るラミアを見て速度を上げた一団は、同時に魔力で張った障壁を背後に展開していた。

 魔力で張った障壁と障壁がぶつかり合えば反発が生じる。これは他人同士の魔力は反発するという性質に由来する。血縁者でもあれば話は別だが、そうでない場合には必ず起こる事象であった。故に、後追いの飛竜乗りは、反発によって相手に突き放されてしまわぬように、障壁同士がぶつかり合わないようにするのが常識だった。

 つまるところ、この勢いのままに先行する飛竜に突っ込めば、障壁の反発ですっ飛ぶということだ。最悪の場合、反発時の衝撃でミンチである。相手も無事では済まないかもしれないが、ダブルノックアウトなどごめんである。


「……チッ」


 ラミアは速度を落とす。今回のレースは高度制限がある。一定以上の高さを飛べば失格であるため、前を行く選手を避けるために大きくを上を飛ぶといった戦術はとれない。かといって下は下で飛竜のブレスが飛んできかねないのでリスキーだ。

 加えてコース上に定期的に存在するチェックポイント。大きなアーチを形作ったそれは、必ず順番にその中を通過しなければならないものだった。チェックポイントを潜る必要がある以上、大きなコースアウトはできない。

 ラミアは先行集団の後ろに引っ付きながらチャンスを探す。ザンエルを始め、それなり以上の腕利きたちは速度を落とさずに、しかし後続に追い抜かされないライン取りを心得ていた。


 どうする? 思考を続けながらもラミアは周回を重ね、そうこうする内にレースは折り返しを迎える。


 ……選抜試験は短いし、そろそろ仕掛けないとね。


 後方から追いかけながら、ラミアは幾つかの活路を見出していた。


 ……まずは一つ目。


 先行する飛竜にピッタリくっ付きながらラミアはトンネルゾーンに入る。この場所は上を硬い壁に覆われた上に光もない。今回の選抜試験にあたって作られたであろう難所の一つだ。

 大きく飛行が制限される上に視界も悪い。飛竜乗りの腕が要求されるこの場にて、ラミアは大きく高度を下げる。高度一メートル弱、およそ飛竜が飛行するにあたってギリギリの高度。それをとった次の瞬間には、ため込んでいた魔力を炸裂させてセーレスは加速する。


「……ゲ! いかせるか!」


 追い抜きざまにブレスが降ってくる。しかし、ラミアはそれらを悠々と回避しながら加速していく。


 ……ブレスの狙いが甘いっての!


 原因はトンネルという場所のせいだろう。ただでさえ飛行に気を遣う難所でブレスまで吐こうとすると、飛行に割いているリソースが不足する。結果として、ブレスの精度も甘くなる。

 ラミアがトンネルを抜ける頃には、一人完全に追い抜いていた。


「次はアレね……」


 ラミアが来ていることに気づいたのだろう。微妙にコース取りを変えながら前に位置取る飛竜を目に焼き付けながら、ラミアはセーレスに魔力を込める。

 既に散々観察して気づいている。前方の騎手はコーナーが下手糞だと。だからこうする、とラミアはセーレスを加速させる。

 グンと大きく速度を上げたセーレスが前方の飛竜の尾に張り付く。向かう先はチェックポイント。アーチを潜るべく二匹の飛竜が曲線を描き、アーチを通過する。そして、次の瞬間には逆方向へと進路を変える。

 ちょうどS字を書くように設けられたチェックポイント。前を行く飛竜が逆方向へと向かってベクトルを変えようと、羽ばたきと共に魔力を爆発させる。その更に外を行くように、ラミアたちは加速していく。

 先行していた騎手の顔が歪むのが横に見える。頬を引きつらせながらも必死の挙動で飛翔するそれを尻目に、セーレスの翼が大きく羽ばたくと、ラミアの体は相手より先に次のチェックポイントを潜り抜けた。


 ……次、ラスト!


 強引極まりない飛行に胃の中をシェイクされながら、ラミアは目を爛々と輝かせて前を見る。

 残るはザンエル。不意打ちをかましながらも気づけば首位をキープしているあたり、相当な腕前だ。しかし、負ける気はしない。ラミアは先を行くザンエルを猛追する。





「うっそだろ、オイ……」


 ザンエルは背後から迫るラミアの気配に口端を引きつらせる。

 信じ難いことにあの令嬢は凄まじく速かった。飛竜とは、通常飛行であれば飛竜単独でもそれなりの速さで飛行できる。しかし、レースに出る飛竜には、絶対に飛竜単独では勝てない。

 何故か。乗り手のサポートがあるからだ。魔力を外部から供給し、風の魔法などをもって風圧をやわらげ、横向きにかかる慣性を捻じ曲げる。そうして初めて競技に出る飛竜は他者を圧倒的に上回る速度を得るのだ。

 そしてそれは、単に魔力があればできるということではない。あるに越したことはないが、高度な技術がなければ不可能なのだ。つまり後ろの嬢ちゃんは想像以上の手腕の持ち主だということ。加えてあの金色の魔力。


「……黄金持ちって言えば、王族の証じゃねえか」


 正確には王族や公爵家などの高位貴族並みの魔力持ちが黄金持ちだ。

 魔力とは元来無色のもの。しかし、高い魔力の持ち主になればなるほど魔力には色がつき、最終的には黄金を思わせる色になる。つまりは、あのラミアという娘は王族クラスの魔力量の持ち主ということ。それがあれほどの技量を持つのだ。速いに決まっている。


「だがよぉ。俺にも意地があるってんだ。そう簡単には負けてやらんぞ」


 ザンエルは、恐るべき速さで迫るラミアを突き放そうと己が限界ギリギリの速度を持ってコースを周回する。一周、二周、三周と回を重ねる度に距離は詰まり、ついには完全に背後を取られた。

 しかし、それで終わりはしない。レースにおいてもっとも難易度が高く、乗り手の技量が求められるのは追い抜き時の攻防だ。抜く方にも防ぐ方にも高い技量が求められる。こここそがレースの醍醐味だと言う人間は多いし、ザンエルもそう思っている。


「抜かせねぇ……!」


 その場で横ロール。速度差を活かしコーナー外から迫るラミア目掛けて、ザンエルの愛竜が回転しながら火炎を振り撒く。

 お互いにコーナーを曲がるために横Gがかかっている状態での攻防だ。一歩間違えれば彼方にすっ飛んで行って、チェックポイントを通り過ぎてしまうどころか乗り手が放り出されかねない行為だ。

 しかし、ザンエルはそこから綺麗に姿勢を立て直しチェックポイントを通過するし、ラミアもまた障壁でブレスを塞ぎながら後を追うように通過する。

 ならば今度はストレートでと、ラミアが猛然と加速するのをザンエルは上下左右に動いて阻む。飛竜の大きなボディと障壁でただの一つとて追い抜く機会を与えない。

 そうしてファイナルラップ。ついに最後の周回となって、以前ザンエルはトップをキープしていた。追い立てるラミアに、負けじと速度を振り絞ったザンエル。二人をが完全に後続を突き放す形だ。


 ……最後か。くそっ、視界が白くなってきやがった。


 極度の集中ですり減った精神が限界を迎えつつある。しかし最後だ。この周をしのぎ切れば勝ちだと理解しザンエルは愛竜に魔力を注ぐ。


「ッ……くそっ! しつっけえ!」


 今日何度目かの攻防。ラミアがコーナーでインをつく。いかせないとザンエルがボディでブロックしつつ障壁を展開する。

 直後、障壁越しに重い衝撃が響いた。二者の張った障壁同士がぶつかり合い、反発する。


「馬鹿が……焦りすぎだ!」


 ザンエルは距離が離れていくラミアを見て軽く息をつく。少しだが距離が空いた。このままリードを保つ。そう思ったのもつかの間。気づけば背後に張り付かれていた。

 これは既にザンエルの魔力に余剰がないことを表している。魔力が足りなければ加速もできない。ここまでの攻防で魔力を消耗しすぎたのだ。


「だが、ゴールまではもう長くない。このまま……グオッ!」


 再度の衝突。コーナーでラミアの乗る飛竜が、鼻先をねじ込むようににして迫ってきていたのだ。


「ゴツゴツやりやがって……! 無駄だってわかんねえのか!?」


 飛竜乗りとして長年訓練を積み、幾度となくレースで衝突してきた経験が飛行を安定させる。この程度のことで挙動を乱すほど初心ではない。ザンエルは、三度コーナーでインから迫ってくるラミアの進路を阻む。そうして来るであろう衝撃に備えて。

 その衝撃が来ないことに目を見開いた。


「な、何が起こって……」


 呆然と目を見開くザンエルを横目に、インについたラミアが徐々に追い抜いていく。障壁は張ったまま。だというのに衝撃はなく、しかしどういうわけか障壁越しにザンエルの愛竜は外へ外へと押しやられていく。







 魔力は反発しあう。それは魔法を学ぶ者にとって常識ともいえる性質だ。しかし、血縁者であれば反発しないケースもある。すなわちそれは反発しない魔力もあるということだ。


 ……散々後ろで見たし、何より今のあんたの魔力は枯渇寸前。これなら合わせられる。


 魔力の質を相手に同調させる。それは特殊だが確かに存在する技法である。ぶっつけ本番で試すには危険すぎる技だが、ザンエルの速度は最高時と比べて大きく落ちている。今、この瞬間であれば反発で生じるリスクは低減している。

 ラミアは障壁越しに無理やりザンエルと彼の飛竜を押しのけた。


「……抜けた! あまり綺麗なやり方じゃなかったけど、行かせてもらうわ!」


 大きく開けた視界を前に、ラミアはセーレスに活を入れる。黄金の粒子を撒き散らし加速していくセーレスは、追いすがるザンエルをあっという間に遥か後方に置き去りにした。




 そうしてこの日、ラミアはドラゴングランプリへの出場権を手に入れた。

 数少ない女性の飛竜乗りとして、少なくない注目を集めたラミアの物語が幕を上げた。





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