魔法のカップケーキをあなたに

チカチカ

1話完結

 カチャカチャカチャ。

 ボウルの中の卵白を、僕は軽快な音を立てながらかきまぜる。泡立て器を使えばあっというまに泡立つけれど、それではなんだか味気ない。

こうやって、念入りに手で泡立てた方が、スポンジがふんわり仕上がるような気がする。


 チーン。

 あらかじめ温めておいたオーブンが音を立てる。

さあ、急いで急いで。今日もたくさんのお客様がやってくる。僕の特別なカップケーキを求めて。

 僕は小さなカップにスポンジのタネを均一に入れ、それをパッドに並べてオーブンに放り込む。おっと、仕上げに隠し味。ふわふわに泡立てた卵白だけじゃない、このケーキにはこれが欠かせない。

 僕はにっこり笑って、ガラスの小瓶に入った液体を1滴、2滴とカップに垂らす。


「ねえ、ここのカップケーキ、めちゃくちゃ可愛いし、美味しいんだって! 」

「えー、ほんとだ、マジ、可愛いー。でも、カロリーやばそうじゃない? 」

「それがね、すごいんだよ、このケーキ! これだけクリームたっぷりなのに、太らないんだって! 」

「うっそ、そんなわけないじゃん」

「本当だよ、友達のお姉ちゃんが言ってたもん、ここのケーキは太らないように秘密のレシピを使ってるって。ううん、食べれば食べるほど、痩せるって言ってた! 」

「えー、マジで? そんなお菓子ってある? 」

「ほんとだってば。ほら見て、この人も書いてるじゃん」

「あ、この人、有名なフォトスタグラマーじゃん、フォロワー数やばっ」

「ねー、やばいっしょ、すぐにこの店も流行るって。そしたら簡単に食べられなくなっちゃうよ」

「だね、今のうちに買っとこ! ね、ね、うちらもフォトスタにアップしようよ」


 お客様がキャッキャッとはしゃいでいる。

 そうそう。お客様、うちのカップケーキは特別ですよ。ダイエットなんて気にしないで。痩せたい。綺麗でいたい。けれど甘いものはやめられない。そんなわがままなあなたたちに応えるために、一生懸命作ったんですからね。


 微笑む僕の脳裏に、また、彼女の声がこだまする。

「もう、うんざり。いつもいつも甘いものばっかり。私を太らせる気!? 」

「ち、違うよ、僕は、君の喜ぶ顔が見たくて。君だって言っていたじゃないか、僕のケーキは最高だ、一度食べたらやめられないって――」

「確かにそう言ったわよ、だからって、毎回毎回、ケーキを食べさせることないでしょ! こんなのばっかり食べてたら、ぶくぶく太っちゃうじゃない。もういや、パティシエと付き合ったら美味しいものが食べれてラッキー、なんて思った私がバカだったわ。これ以上あんたといるのも、あんたのケーキを食べさせられるのも、うんざりよ! 」


――どうしてだよ。君はあんなに美味しそうに食べていたじゃないか。ほっぺたを膨らませて、「美味しい! こんなに美味しいケーキを作れるなんて、あなたは魔法使いね」、そう言って笑ってくれたじゃないか。

 その顔が見たくて、僕はいつだって君のためにケーキを焼いていたのに。なのに、どうしてそんなひどいことを言うんだよ。そんなに太るのが嫌なのか。この僕といるよりも――


 だから僕は考えたよ。どうやったらまた君が僕のケーキを食べてくれるのか。君は太るのが嫌なんだろう? だから一生懸命考えたよ。一生懸命作ったよ。このスペシャルレシピを――。

 ねえ、君は知らなかっただろう? 僕は薬学部の卒業生なんだ。毎日毎日、マウスを相手に試験薬を投与して、数値を取って、記録して。そんな日々が嫌になって、誰かを喜ばせることがしたくて、笑顔にしたくて、卒業後に製菓学校に行くことにしたんだ。

 ねえ、君は知らなかっただろう? 今でも僕の家にはたくさんの実験道具があって、時々昔が懐かしくて、こっそり実験を行っていたことを。

 ねえ、君は知らなかっただろう? 君が去ってから、僕はまた、実験を始めたんだ。何日も何日も眠れなくて、苦しくて、それでもようやくできたよ。マウスがね、どんどんどんどん食べるんだ、そりゃあもう、見ていてゾッとするくらいに。そしてどんどんどんどん痩せていくんだ。そりゃあもう、見ていてゾクゾクするぐらいに。


 僕は手の中の小瓶を見つめる。小瓶の中の透明な液体を見つめる。

 ねえ、君は僕を「魔法使い」だって言ったよね。そうだよ、僕は魔法使いだ。このカップケーキは魔法のケーキだよ。美味しくて美味しくて、一度食べたらやめられなくなる。けれど大丈夫、これを食べても太ることはない。どんどん痩せていく。そう、骨と皮になるくらいにね。

 さあ、お客様たち、どんどん食べて。そしてこの魔法のカップケーキをどんどん広めて。大丈夫、マウスが痩せていくまでは1か月くらいかかったけれど、人間の君たちなら3か月くらいかかるかな? その頃には、もう他のものは食べられなくなっているよ。よかったね、太るのは嫌、だけど甘いものは食べたいんだろ? お望み通り、大好きな甘いものを食べて、どんどん痩せていくがいい――。


 女子高生たちは、無邪気に笑いながらショーウィンドウの中のカップケーキをスマホのカメラで撮影し、そして、SNSにアップした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法のカップケーキをあなたに チカチカ @capricorn18birth

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ