最終話

 絶対に接近戦を挑んではならない、と、ゼーランディア城の兵は言っていた。故にクロスボウを用いた。故に部下を率いた。いずれの手も通じなかった。ならば、最後の隠し玉を用いるしかない。


 余も剣を用いるが、陣内の人間離れした剛剣の前に通用するものではないだろう。ならば、一瞬しかない。一撃、加えられるか加えられないか、それで勝負は決まる。


 これまでの見分から分かっているが、陣内の剣は間合いに入るもの全てを旋風のような動きで力任せに叩き斬る、力任せの剣だ。それしかできないのだろう。何せ、見えも聞こえもしないのだから。


 余は右手で愛剣を抜き、構えた。本当に……どうしてこいつは……見えてはいないはずなのに、陣内も呼応するように構えた。そして、分からない言葉、多分日本語で、何か喋った。


「一刀流、高山陣内佐兵衛。お相手致す」


 ジンナイと言った部分だけは分かったが、他は分からないから返事などしない。どうせ聞こえもしまいし。


 陣内の剣は完全無欠の殺人剣だが、一つだけ明確な癖がある。渦を巻くようなその太刀筋は、必ず反時計回りに煌めくのだ。ならば。


 余は猛烈な勢いで突進し、陣内が剣を振るうのも構わず、その太刀筋の中に身体を割り入れた。反時計回りの軌道に沿うように、だ。そして、右手に持っていた剣を放り捨てる。左手で隠し持っていた短剣マンゴーシュを抜く。マンゴーシュは百年ほど前にフランスで流行った隠し武器で、今どきこんな時代遅れで恰好悪いものを使う人間はまずいないのだが、そういうところがかえって気に入って、余はこれをいつも隠し持っていたのだ。よく狙いもせずに、振り抜いた。


 ぞぶり、という感触がした。


 余は胴の半分ほどを断ち割られていたが、陣内の右胸にも深々と余の短剣が突き刺さっていた。肺臓をえぐっている。致命傷だ。


 まさかこの深手で、城門を破って城に入り込むことはもはやできまい。所詮は犬だ。熊でもあるまいし。余も助からぬが、これが望み得た最小の犠牲である。


 どう、と陣内の巨体が倒れ伏した。虫の息だろうがまだ息はあった。そして、こちらもそれは同じだ。斬り結んだときの恰好の関係で、お互い手を握るくらいのことができる距離にいる。


「よう、陣内」

「ハン……ス……やはり、な」

「ハンス、本名ではない。わたしはカロン。きみの姉の夫だ」

「なん……だと」


 最後だから、面白いことを教えてやろうと思った。


はふりの腹に わたしの子がいる きみの甥か姪になる」

「ほんとう、か」

「ほんとうだよ。君の子でなくて残念だったな」

「おれの子は、どうなった。ずっとそれが知りたかった」

「水にしたそうだよ」

「そうか……無念だ」

「君のしたことは間違いだ。人として、神の前に正しくない行いだ。それ、分かってる?」

「……身を、やつさざるを得なかった。それほどの激情だった」

「そんなことを言ってるから振られるんだ。アホめ」


 陣内はそれ以上何も言わなかった。死んだらしい。


 僕もそろそろ死ぬだろう。少し、妻のことを考えた。

 そして、これから生まれてくるであろう我が子のことを。


 ああ、主よ……いと哀しき天命を、私は果たしました……アーメン。

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戌の陣内 きょうじゅ @Fake_Proffesor

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