一日零歩、いつかは一歩。

aninoi

いつか進めばそれでいい。

ピピピピ、ピピピピ……。


朝。

スマホのアラームがけたたましく鳴っている。

うぐぅ。うるさい。とても不愉快だ。


「……ん、う゛ぅ…………」


私は「起きるのが面倒だ」という意思を呻き声として周囲に主張しながらスマホのボタンを適当に押し込んだ。

カシャッ、と、スクリーンショットの音と一緒にアラームが止まる。


目を開きたくない。


今日は……、あれ、何曜日だっけ。

平日だったら起きなきゃいけない。


私は、とんでもなく強い本能で閉じようとする瞼を、秘めたる強靭なる理性でもって押し上げた。そしてスマホの画面から日付を確認。


土曜日だった。はっぴーほりでぃ。

目を開けたのは無駄だった。

時間はちょうど八時。休日なんだから寝てもいいのに、どうしてアラームをかけているのだ、昨日の私は。


寝よう。


………………………ぐぅぐぅ。




[][][][][][][][][][]




ハッ、と目が覚めた。


飛び起きて、すぐにスマホを確認。寝すぎた気がする、まずい、行かなきゃならないところがあった気がする、そして、なんか……なんか、しなきゃいけないことがあった気がする。


スマホの画面が指すのは、土曜日の午前十時半。


私は、そこでホッと一息。良かった、休日だし、予定もないし、しかも今日はまともな時間に起きれた。日頃、ほっとかれると平気で昼の二時まで寝る私からすれば、自発的に午前中に起きれるだなんて快挙だ。わたし、すごい。


起きた瞬間って、なぜだかすごい焦りに襲われる。自分が寝坊助なのを知ってるから、起きた瞬間に脳が無条件で「まずい寝過ごした」と判断しているのだ。予定がないと分かっているのに馬鹿らしいと思う人もいるだろうが、寝坊助とはそういうものである。自分が何かの予定を寝過ごすのが前提として刷り込まれているのだ。そして寝起き直後のぼんやりとした頭が、更にそのとんちの効いた思考回路を加速させる。全く、毎日の事ながら朝は踏んだり蹴ったりだ。


さて、目は覚めた。今日は三度寝の気分じゃない。

せっかく午前中に目覚めたんだ、何かしよう。


温みが恋しくて胸が張り裂けそうだが布団から這い出て、私は歯磨きをする。


しゃこしゃこと歯を磨き終わり、ぐちゅぐちゅぺっと口の中に溜まった唾液を流す。


コップと歯ブラシをおいて、ふぃー、と一息。


時計を見ると、まだ十時の四十分。

すごい。これだけで何か成し遂げた感じがするぞ。


さてさて、せっかく起きたのだし、さらにせっかくだから朝ごはんも作っちゃおう。

いつもは起きてすぐに食べると気持ち悪くなっちゃうし、小食なもんでお昼が食べれなくなるから作らないんだけど……。いや、嘘だ。本当は作るのが面倒で作らないだけ。でもお昼が食べれなくなるのは本当のこと。

職場でお昼を食べないと変に心配されるから見せしめ(?)のつもりでお昼を食べてるんだけど、なにせ今日は休日だ。無理に食事を摂る必要はない。


台所に行って、食パンをオーブンに放り込む。それから、ジリジリとツマミを回して適当に五分くらい焼くわけだ。私はちょっと焦げ付いたのが好きなので、若干長めの時間設定。ふふふ、焦げろ焦げろ。

さらにさらに、目玉焼きとベーコンを用意しよう!

フライパンを熱して油をしき、ベーコンと卵を投下。蓋をしたら座して待つのみだ。


食パンが焼けたら、目玉焼きとベーコンも一緒に火から離す。これくらいだとちょうどいい感じに焼けるんだ。たまに目玉焼きが硬かったりもするけど、まぁそんなのは些事である。

食パンを皿に乗せ、塩コショウを振り、ベーコンを乗せ、さらに塩コショウを振り、そして目玉焼きを乗せ、追い打ちの塩コショウ。気分が乗ったらレタスとかも載せていいけど、今日は面倒なのでナシ。

これがとてつもなくおいしいんだ。塩コショウばっかりだって? し~らない!


飲み物はお好みだけど、今日は冷たい牛乳にしよう。冷蔵庫にそれしかない。


ううむ。焦げた食パンの優しくて香ばしいおいしさと、エッグ&ベーコンの黄金コンビが織りなす旨みの暴力。そこに入り込むピリッとした塩コショウがたまらない。

こんなおいしいものを作れるなんて、私、さては天才か……?


ペロリと全部食べ切って、牛乳で喉の渇きも癒す。


控えめに言って、最高だ。

大げさに言うと、極楽だ。

だめだどっちも大差ない。


まぁどうでもいっか。とにかく私が作った朝ごはんはおいしかった。


さて、食べ終わると片づけが待っているわけだが、……うーむ、面倒だな。

でも、今日の私は機嫌がいい。具体的には、「ちゃんと料理作って朝飯食ってる私ってすげー!」ってな具合に機嫌がいいのだ。だから片付けも「ちゃんと片付けできる私ってえらい!」ってな感じでモチベを保てるな。

よし! 片付けをしよう。


がしゃがしゃ、じゃばじゃば。


排水溝に流れていく泡と油。さようなら、救えなかった旨味たち。


カチリ、と、最後の皿を水切りラックに押し込み、


「……ふぅ」


一息。


悪い気はしない。


さて、少し疲れたし、ちょっとゆっくりしようかな。




[][][][][][][][][][]




私は椅子に深く腰掛け、テレビをつける。

放送されているのは休日昼前特有のバラエティ番組だ。ゴールデンタイムのものとは違って、この激しさのない緩やかな感じがたまらない。


正直内容はさっぱり観てないんだけど、まぁこんなの雰囲気を楽しめばいいのだ。どうせ一分後には忘れてる。


適当に一時間ほど画面を眺めていたら、番組は終了した。


時計を見ると、丁度正午。

目が疲れてきた私は、テレビを消して瞼を閉じた。


じんわりと目が潤い、安らぐ感覚がする。

気持ち悪いような、心地いいような。


じっと目を閉じていると、どんどん心地よさが増してきて、なんか……眠いかも……。




[][][][][][][][][][]




ハッ、と目が覚めた。本日二回目だ。


反射的に時計を確認。大体十二時半か。寝てたのは三十分くらいだったみたいだ。


ぐぐぅっ、と背伸びをして、体のストレッチをする。気持ちいい。


しかし、まったく、私の寝坊助体質には困ったものだ。いや本当に。

仕事に遅刻とかは今のところしてないんだけど、それでも隙あらば寝てしまう。

正直、睡眠時間はかなり無駄だと思う。放っておいたら本当に十二時間も寝るんだぞ、私は。その時間で一体どれだけの本が読めて、おいしいものが食べれて、お散歩ができるか。ゲームだってやり放題なのに。


休日は昼に起きて、いつも後悔している。

だからこそ、今日みたいに気持ちよく午前中に起きれたらちょっと誇らしい気分になれるわけだ。


これが、ほかの人からしたら本当にバカバカしい悩みなんだろうな。

でも私は幼少期からこの寝坊助体質で嫌って程痛い目を見てきた。私の人生とともにある苦しみを、そう簡単に他人に理解されても困るってものだ。

いやまぁできればご理解いただいたうえで出勤時間を特別に遅くしてくれるとかって待遇が得られるなら最高なのだけど、そりゃ無茶な相談だろう。


どうあれ、私は一生この体質については割り切って生きていくしかないのだ。つらいね。


「う、ううむ」


なんだか辛気臭いぞ。

思わずうめき声が漏れる。


「あぁー、つら。ばかみたい」


独り言、独り言。くそぅ、イタいぞ、私。

でもちょっと嫌な気持ちになるとつい出ちゃうんだ。独り言を言うと、『独り言を言っている今の自分がイタい』って意識が浮上してきて、ちょっと気がまぎれる。


「……散歩にでも行こうかな」


嫌なことを考えると、どんどんそっち側に沈んでしまう。

こんな時は、体を動かすに限る。


そうと決まれば、だ。


着やすいパーカーに着替えたら外出準備開始。

財布、スマホ、それからお気に入りのウォークマン。

全部適当にパーカーのポケットにねじ込んで、はい完成。


私は玄関の扉を開けた。




[][][][][][][][][][]




イヤホンから聞こえる音と合わせて鼻歌を歌いながら、私は歩く。


私はウォークマンがすごく好きだ。


あくまで自己評価だが、私はずいぶんとお気楽でマイペースな人間だと思う。趣味もそれに準じたもので、読書にゲームに散歩に音楽と、そろい踏みと言っていいだろう。

それらの趣味の中で、唯一他と並行して楽しめるのは音楽のみ。だから私は、この趣味の中でも一等音楽が好きなんだ。


そして、いつでもどこでも音楽が楽しめるウォークマンは、まさに宝と言っていい。


私が使っているのは、高校生の時に親に与えられて以来、ほぼ毎日使っているものだ。唯一、使っていない日は、バッテリー交換で修理屋に預けていた時だけだと思う。古い機種だからストレージも少なければそこかしこにガタが来つつあるけど、十年も使い続けていてとんでもない愛着がある。本当は利便性を考えればスマホでいいのだろうけど、どうしてもウォークマンが手放せない。


このウォークマンには私の日常への愛が詰まっているんだ。


ただ、握りしめて歩くだけ。大好きなアーティストの大好きな歌を口ずさみながら歩くだけ。

毎日繰り返すこの行動に、毎日毎日心を救われてきた。辛いことなんて紛らわしてくれたし、楽しい気持ちをもっと楽しくしてくれた。


私は音楽が好きだ。音楽を楽しませてくれるウォークマンが好きだ。


だから、たぶん私はこのウォークマンが壊れても持ち続けるんだろうな。


愛とは、そんなものである。


「あ、パン食べよ」


ふと目に入った、お気に入りのパン屋さん。

こうしてふらりと立ち寄るのもまた、愛と形容したい。




[][][][][][][][][][]




古今東西いかなるパン屋であっても、私のおすすめは塩パンである。ほんとオススメ。オヌヌメ。ヌメヌメ。

ご存じの通り、塩パンはどこのパン屋にも大体おいてある、パン界のレギュラーメンバー。

これが最高においしいんだ。そして、私の経験上どこのパン屋でも美味しい。


塩パンは神といっていい。レギュラーメンバーの神だ。

カリッとした香ばしさに、少しだけ効く塩味のアクセント。ものによってはじゅんわりとバターの味が広がっちゃったりもしてたまらない。もちろんこのお店はバター入りだ。


もともと私はフランスパンとかの固いパンが好きで、どっちかというと焼いてない生の食パンに代表される柔らかいパンに対しての好感度は低い。もちろん食パンも好きなんだけれど、固いパンの香ばしさが大好物なんだ。


買ったパンをほおばりながら、思わずうなってしまう。

うぅ~む、これはさすがに百億万点。

こんなにおいしいものを店頭に並べられちゃ、かなわない。太ってしまうやもしれん。ぷにぷに化は必至だ。


カリカリとした外面に、じゅわっと広がるバターの味。塩のしょっぱさがそのすべてのうま味をブーストする。もうだめだ、これは私の完敗だ。


くぅ、悔しい。

なんて思っているうちに手の中はもう空っぽだ。意識しないうちに食べ終わってしまった。ますます悔しい。


「……ふぅ」


指をペロッと舐めて、一息。

そうだ、お水でも飲んでおこう。パンを食べて水分を摂らないのはあんまりよろしくない……、ような気がする。ほら、なんか水分吸い取られそうだし。


適当に見つけた自販機で、抹茶ラテをガコンと購入。抹茶ラテが置いてあるとか、最高の自販機だなコイツ。

そのまんまごきゅりと一口。とてもおいしい。抹茶ラテも私の大好物だ。

抹茶ラテは甘くていいんだ。抹茶の渋みだとか、コーヒーの香ばしい苦みだとかは、どうだっていいのだ。必要なのはミルクのまろやかさと砂糖の甘味、それから抹茶の香りだけ。

私は、抹茶はそんなに好きじゃないけど、抹茶味はとても好きなタイプだ。抹茶好きの人にはとても申し訳ないと思う。でも本当の抹茶って苦いじゃん?


私は苦いのが駄目なんだ。たまに『結構悪くないよ』とか言ってコーヒーなんか勧められたりするけど、本当に飲む気が起きない。飲めないのを分かっててわざわざ飲もうだなんて、正気じゃない。

私はなるべく好きな物だけを摂取して生きていたい。無理に新しい事にチャレンジしたくないし、そんなのは気が向いた時とか縁があった時でいいんだ。特に私で言うコーヒーとか、分かりやすく嫌いな確率が高い物にチャレンジするのは誰だって気が進まないだろう。『もしかしたら本当に行けるかも』で本当に行っちゃう人は、怖いもの見たさか格好つけたがりの気持ちがあって、心の底から百パーセント行ける可能性に賭けてる人ってそんなにいないと思う。まぁ、チャレンジするのは本当にいい事だからどんどんやればいいけど。そのチャレンジで本当にリターンは取れるのか、って話だ。


私は、分の悪い賭けはしたくない。チャレンジするってのは、すごい労力なんだ。私はそれを望まない。もちろん新しく好きな物が増えるのは素敵な事だけど、今好きな物にかける時間が減るのは嫌だ。

受動的で怠惰だと言う人もいるだろう。だが、私はそんな自己を受け入れて生きている。


本格派なんて目指さなくていいから、抹茶ラテには、どうかこのまま甘いままでいて欲しいものだ。


……なんて、そんな難しいことはどうでもいっか。

美味しいものは美味しいのだ。


私は空になったボトルを戯れにクシャッと潰して、ゴミ箱に放り込んだ。




[][][][][][][][][][]




抹茶ラテと余計な思考を飲み干した私は、あれからゆっくりと歩き続けた。


ふぅと吹く風は裾を優しく揺らし、傾きがうかがえる日差しが影を伸ばそうとする。


良い一日だ。悪くない。

風が気持ちいい日は、それだけでプラス要素があるってことだ。


結局、歩く道はいつもと変わらない路地。

連日同じ角を曲がり続けるのは、ともすれば愚かな行為だ。でも、私はその愚かさを愛していたい。これはより楽しく新しい道を見つけない怠惰であって、努力を惜しむ愚行ではあれども、今を楽しいと思っているのなら良いんだ。


今以上のしあわせも、知らなければ今が一番しあわせだ。


選択的に無知であるというのは、怠惰であると同時に自己防衛でもある。


「……それとして」


今日の晩御飯を考えなければ。

確か鶏肉がまだ冷蔵庫に残ってたはずだし……、うむ、味醂と砂糖と醤油で炒めるか。最高の雑料理だ。ていうか自炊するだけでとてつもなく偉い。

お供にはレタスを適当に剥いておけばいいだろう。あともちろんお米。


これでお米にお肉にお野菜とそろい踏みだ。やったー。


確かレタスも冷蔵庫にあるしお米も残ってるはずだから、買い物には行かなくていい。今日はもう帰ってゆっくりしようかな。


「あっ、夜食にパン買おっかな」


私はいつの間にか戻ってきたお気に入りのパン屋さんで、塩パンとクルミパンを買った。


夜食用に買ったはずのクルミパンを当たり前にようにパクつきながら私は家を目指して歩く。仕方ないじゃないか、おいしそうだったんだもの。


ウォークマンのプレイリストは最後の曲のラスサビ前で、丁度いい時間に帰路に付いた感じがした。この曲が終わってリストを再生し終わるころに家に着きそうだ。

こりゃ運がいい。というかキリがいい。


「ん~、んん~~~」


「う~うう~~、ううう~~~~」


「あぁ~~、ららぁ~~~~」


歌い終わって、本当に丁度家の玄関だ。マジでキリがいいな。


「ま、プレイリストはリピートされるんですけどね」


独り言で大声で歌った恥ずかしさを誤魔化しながら、私はただいまを言った。


また明日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一日零歩、いつかは一歩。 aninoi @akimasa894

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ