十三 帰還
高位神官の要請術式を受け、生きて刑期を終えた者を
そういう、ロドの段取りだった。
そうして、世界は。
* * *
はんばーぐをまた食べたいです、とアニヤは呟き、作ってやろうか、とロドが答えた。
こちらの世界に来て二日。今は朝のはずだが暗い。俺もロドも、アニヤと同じ太陽の神殿に寝起きしていた。
全身に打撲と切り傷を負い肋骨も何本か折ったロドは、あの戦いから数時間後、運び込まれた太陽の神殿で目を覚ました。覚醒後最初の一言が、「あいつ死んだか?」……まったく意志は一貫していて、闇の里育ちとして相手の死体を見るまで安心はできないという。
残念ながらヴァルナルの遺体は残らなかった。
それでも納得せずにロドは、正常化した
「僕、
「ほんとですか、嬉しいです! 私が食べさせてもらったのは、びーふ、ちーず、お野菜、のような名前のはんばーぐです!」
「
「ガスト。ビーフ100%プレミアムチーズINハンバーググリル野菜添え」
「把握」
できるのか? マジで草らしい草のないこの世界で。肉はあるようだが、こっちの牛も味は同じなのだろうか?
俺はロドをちらりと見る。
「これでめでたしめでたし、みんな幸せに暮らしましたとさ、ってわけでもねえんだろ?」
「そう思う?」
「結局この二日間、太陽は戻ってないし月も星もない。神が力を取り戻すには祈りが必要みたいなこと言うけど、これまでだって祈ってなかった訳じゃないだろうし、人間の数は急には増えない。この世界は」
「滅びるよ」
静かに言われて、逆に意外だった。
ロドは天井を見たまま言葉を継ぐ。アニヤも黙っている。
「……どんな神でも永遠じゃない。人間にとっては永遠のような時を生きるとしてもいつか終わりは来るんだ。だからこの世界も終わる。いつかは必ず」
だけどね、とロドは、俺を見て笑った。
どうやらそれはまだずっと先のことみたいだよ、と。
その手は窓の外、東の空を指している。
あっ、と声を上げてアニヤが窓に駆け寄る。空が白んでいる。
見ておいで、とロドが言い、アニヤは俺の手を掴んで引っ張った。部屋を出て廊下を通り、正面から神殿の外へ。視界の様子はこちらへ来た時と全く違う。濃い闇は薄く広く払われて、外に出ても足元が見え、建物の全体も見える。
光がある。
空が青紫色をしていて、東だけは青みがなく焼けている。アニヤの目の色と同じ、みかん色だ。
それが見る間に強く明るく光り始めた。
皆気付いたのだろう。外に出てきている者がたくさんいるのが見える。誰かが塔に昇り鐘を鳴らし始めた。ざわめき。やがて叫び声。
こんなことがあるのだろうか。
こんなに速く、太陽は昇ってくるものだっただろうか。
やがて東の山並みの稜線を
二日前この世界に来た瞬間、真昼の闇を見て、太陽が戻る時が来ればいい、と思った。茶色にみかん色の混じったアニヤの虹彩は、明るい場所で見た方がより美しい。
それがもう目の前にある。
アニヤは涙を流している。泣き笑いしながら俺を見て、腕に取り付いてくる。
「ハスムラ、太陽ですよ。二年ぶりの。ちゃんと見てください!」
やだよ、と俺も笑ってアニヤの肩を抱いた。
肉眼で太陽なんか見ていたら、目が焼けてしまう。冗談じゃない。俺はまだ視力を失うつもりはない。
見ると、大人たちはちゃんと、自分と子供の目を覆うしぐさをしていた。みんな太陽のある暮らしをまだ覚えている。
正直、この瞬間まで
手をかざしてアニヤの目に影を作った。見上げてくる目のみかん色はやっぱり美しい。
「そういえば、アニヤってどういう意味」
「果物の名前です。見た目は丸くて黄色で、手で皮をむいて食べるのですが中は房に分かれていて、味は甘酸っぱいです」
みかんじゃねえかよ。
俺はこの世界に来てからどころか、恐らく生まれて初めて声をあげて笑った。
いいよ、みかん作ろうか、アニヤ。あれは日当たりのいいところでしか育たないんだ。何かに追われて殺し続けるより、その方がずっといい人生だ。
もう頭痛も疲労もない。これが神のご加護ってやつなのかもしれない。そして、この先もアニヤの目の色を見ていたいと感じている。きっと、初めて会った時から。
月はいつも太陽の光を受ける。多分、そういうことなのだろうと俺は思った。
〈了〉
アニヤ、その目を見せて 鍋島小骨 @alphecca_
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