十二 天空の神殿
「ああそれは、君が胎児の状態で
母親が罪人として送られてきたみたいよ、とロドは言って、乳白色の回廊を歩いている。俺は何だか久し振りのような気がする床に逆に足を取られそうになりながら、その後をついて歩いていた。
雲の隙間にゆらゆらと現れていた列柱の間を進んで辿り着いた、ここが
「ハスムラ君、大丈夫? 酔った?」
「別に。なんかもう諸々現実感がない。俺これ付き合う必要あったのかなってちょっと思ってる」
「当事者意識持ってよ」
「知るかよ。急なんだよ何もかもが」
まじで。急なキスとか。いや初めでてはないけど。嘘のキスもたくさんしてきたけど。
でもアニヤはなんか違う。何かが。
ここに着いてからずっと、アニヤはロドより先を歩いていたが、もう少しだよ、とロドが言うと少し振り返って頷いた。緊張した顔。
こんなものが、打ち合わせ通りに行くのかどうか。
回廊はここで終わり、続くのは広間だ。この先に
立ち止まったアニヤの隣に並んだロドは、驚くほど好戦的な目をしている。ふと目が合うと、俺の考えていることが分かったのか、不敵な笑みを見せた。
「喧嘩になるとスイッチ入っちゃうんだよね。雀百まで、っていうけど本当で、こういう時自分は立派に闇の里の出だなって思うよ。お陰で
それもこの日のためかと思えば運命だよね。
そんなことを言って、仕立ての良さそうなジャケットを脱ぎ捨てながらロドは歩き出す。シャツの袖ボタンを外し、くるくると腕まくりをすると、老人にしてはよく鍛えられた前腕が現れる。
「では、手筈通りに」
無茶を言ってくれる。俺はもう後悔している。踏み入った広間の高い天井を海のように埋め尽くす眼のお化けを見てしまったからだ。
色とりどりのペンキをぶちまけられた宇宙柄みたいな黒い巨体は常に
『通るならば眼を置いてゆけ』
石のように重い声が降ってくる。
『罪人ならば記憶と魔法を置いてゆけ』
「いいや、僕らは罪人じゃない。見忘れたか、
ロドは片手を差し上げ、その周囲に円環の光が浮かび上がる。見る間に広がったそれは銀に
「
ずしん、と重い音がして広間全体が震動する。名状しがたい声をあげて
そこからは、流星神子の墜落どころの騒ぎじゃなかった。押し引きが繰り返されるたびに世界がフラッシュし、視界が白くなると直後、足の裏が浮くほどの震動と轟音が鳴り響く。ただし今回は音が頭の上からしているし、神だというモノが吼えまくっているのだが。
轟音のたびに何かの破片が降ってくる。円盤の光を通して
「ハスムラ!」
不意に側で声がして、目の前にアニヤが現れた。頭上に金色の模様が空中展開し、破片を防ぐ傘になっているようだ。
「アニヤ、あれだ。俺が殺してたのはあいつらだ」
だから殺した奴が皆似ていて同じと感じた。俺は本当に同じものを殺し続けていたし、それぞれに殺す理由があるのではなく殺し続けることだけが必要だった。
本来、
一つ一つ、緑の眼が色を変えていく。
床を透かすと、地上に降っていく星たちが見えた。
俺たちは、あれを呼ぶ。死なないように、帰れるように。
そうしたら、俺はもう殺さなくていいのか。
殺して偽装して移動してまた殺す暮らしを続けなくてもいいのか。
これから俺はどこに行くんだろう?
そこにアニヤはいるんだろうか?
「ヴァルナルが来るぞ!」
ロドの怒声で、我に帰った。
だめだ、そいつが来る前に呼ばないと。
「ハスムラ、私の手を持っててください。触れていれば大丈夫、力を貸してくれるだけでいい」
俺の手を取りながら、ジャンパーを上手に腕まくりしたアニヤがロドを見ている。ロドが
「ロドさん!」
「そろそろだ、二人とも、あの中央の眼を見てろ! 色が変わったらすぐに放て!」
俺は金模様の傘の下から、アニヤの手を握ったまま
「アニヤ、今だ!」
それからはまるでコマ送りのように記憶が断続的になる。
差し上げられたアニヤの片腕、その白い肌を金細工のような模様が駆け上がり、輝く黄金の円環が頭上に放たれていく。同時に全身の力が奪われるように脱力が始まる。
落ちてくるロドが身体をひねって下を見ながら、アニヤが放った円環だけをうまく通すように新たな銀の大傘を開く。
広間の床が弾け飛ぶ。
風か声か分からないものに押し上げられた俺とアニヤが、落ちてきたロドを受け止める。
血まみれのヴァルナルが
そして。
抜けた床の下から、神子の大群の放つ光が俺たち三人を追い越して突入し、真っ直ぐにヴァルナルを
ロド、貴様、という吼え声が光に巻かれながらも届いてくる。
「懐かしいじゃないの、ヴァル」
俺とアニヤの腕の中でロドは、滅びつつある幼馴染を見上げていた。
「……僕らの喧嘩はいつも、どっちか死ぬまでやる決まりだろ?」
微笑。鮮血。目が閉じる。満足そうに。
いや、とアニヤが小さな悲鳴をあげる。
冗談じゃない。こういう死に方は量産品の時代劇だけにしろ。ふざけんなよ、ジジイ。
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