夢のドングリ

水木レナ

夢のドングリ

 春まだき。

 おなかのすいた鹿のシカノスケは食べるものがなくて困っていました。

 元気がなくて、うなだれていると、口をもぐもぐさせてるシマリスくんが言いました。

「ボク、冬がくる前に、いっぱいドングリを地面の下にうめたんだ! それをあげるから、元気になって」

 シマリスくんはあちらこちらに穴をほって、ドングリをさがします。

 けれどもドングリはなかなか見つかりません。

 シマリスくんは、あまりにたくさん穴をほったので、地面は穴だらけになってしまいました。

 シマリスくんは「ごめんね、どこにうめたか、わすれてしまったんだ」と言いますが、シカノスケは十分気持ちを受けとったので、シマリスくんのほった穴をうめてあげました。

「ありがとう、シマリスくん。ドングリよりうれしいものを君にもらった」

「ドングリじゃなくって、よかったの?」

「もっといいものをもらったよ」

「そうか。でも実はね、ボク一つだけドングリを持ってるの。どうぞこれを食べてね」

 シカノスケは、もったいないとばかりに、そのドングリをうめました。

「どうしてうめちゃうの?」

「このドングリは最後のドングリだ」

 シカノスケは言います。

「やがて芽を出して、たくさんの葉っぱをつける木になるだろう。そうして実をたくさんつけたら、みんなで一緒にドングリを食べようと思って」

 おなかのすいたシカノスケは満足でいっぱいでした。

「シマリスくんへの感謝はわすれないさ」

 シカノスケはその場にかがんで目をつぶります。

 シマリスくんがたずねました。

「なにをしているの?」

「未来への夢を見ているんだよ」

「夢なんて、食べられないよ」

「それでも、シマリスくんがやさしさをくれたじゃないか。ボクはしあわせだよ」

「そうは言っても、おなかがすいているんでしょう?」

「うーん、そうだなあ。目がまわりそうだよ」

 シカノスケは苦笑いをしました。

「それじゃあドングリを食べなきゃ」

「夢の源を食べてはいけないさ。守って、育てなければ」

「夢の源ってドングリがかい?」

「ああ、貴重で、大切なドングリだよ」

「だから、食べないのかい?」

 シカノスケはだまって泉へ行きました。

 そこにはこんこんと、凍てつきもせずに冷たい水がわき出ていました。

「夢の源はこの泉とおんなじさ。枯らすとみんなが困るだろう」

 シマリスくんはヒゲを動かして反対しました。

「でも、シカくん一人がどんなに飲んだって、この泉は枯れやしない」

「そうかもしれないね」

 シカノスケはまた目をつぶって言いました。

「みんながそう思って、この泉を飲みつくしたら、きっと枯れる日もそう遠くはないんだよ。けど、幸いみんなはそうしない。だから泉はなくならないのさ」

「夢も、泉と同じなの?」

「ああ、きっとそうだ」

「シカくんはみんなのために、ドングリを食べないの?」

「種を食べなくても、草の芽を食べなくても、やがて大きく育った夢がボクらを助けてくれるからね」

 シマリスくんは一大決心をしたように、こちらへ来て、とシカノスケに言いました。

「あのね、この先にボクたちが集めた枯れ葉のおふとんがいっぱいある。ほんとはだれにも秘密なんだ。でも君にだけおしえてあげる」

「なんとまあ!」

 シカノスケは落ち葉を食べて、冬を越しました。

「ありがとう、助かった。これでまた夢を見られるよ」

 シマリスくんはにっこりと、

「いいのさ!」

 笑って言いました。


 -了-

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