第9話 力の衝動

ホライ達はウィハード王国を目指してひたすら歩き続けてきた。

周りの光景は橙色に染まって、既に夕日が顔をのぞかせていた。

「はあ…結構歩いたよね…。」

「そうだね…。でももう少し歩けばクロマジュの村に着くはずだよ。二人とも頑張れるかい?」

「は、はい…!」

ロゼがガイドブックを片手に、ホライとリーゼはノアで買った魔導書を読みながら疲れが溜まって重たくなった足を運ばせていた。

「炎…熱い…燃え盛る…。」

「癒し…回復…爽快…。」


「二人とも、前をみてごらん。村が見えてきたよ。」

ホライとリーゼが魔導書から目を離して前を見ると、家が沢山建てられた居住区らしきものが夕日に照らされて光っていた。

「あれがクロマジュの村?僕達やっと着いたんだね!」

「うん、二人とも頑張ったね。まずはあの村で休むとしようか。」

ホライはさっきの疲れはどこに行ったのか、走ってクロマジュの村に向かいだした。ロゼもリーゼもそんなホライを追いかけてクロマジュの村に向かった。


ホライ達が村に足を踏み入れると村は嫌に静まり返っており、人っ子一人も村を歩いていなかった。

「…あれ?なんか静かじゃない…?」

「夕方だから…みんな家にいるのではないでしょうか…?」

「…いや、だとしても静かすぎる。生活音が少し聞こえてもいいはず…。」

ロゼは入口近くにあった民家のドアをノックするも、返事が返ってくることはなく、ホライが窓を覗くも住人の姿は見えなかった。

「おかしいです…。村の人がどこにもいませんよ…?」

「…まるで神隠しにあったかのようだ。この村に何があったんだ…?」

ホライ達が辺りをキョロキョロしながら考えていると、ホライが動く人影を目に捉えた。

「あっ、見て!今人がいたよ!」

「え…?あ…!あそこ…!」

「追いかけてみよう。」

三人は動いた人影を追いかけて村で一番大きい建物の裏手まで走った。

「待ってー!僕達は怪しい人じゃないよー!」

「…ビズィム。」

三人が家の裏手に回った瞬間、光線が三人の目の前を横切った。

「うわわわっ!?」

「きゃっ!」

光線が当たった地面には煙があがっていた。ホライとリーゼは驚き退くと、ロゼはそんな二人の前に立って光線が飛んできた方に目を向けた。

そこには一人の青年の姿があった。

「…君は何者だ…?なぜこんな真似を…?」

「…色々聞きたいのはこっちの方なのだがな。」

青年がそう言うと、こちらに飛びかかるように向かってきた。三人が驚いている間に青年はロゼの目の前に来て、手のひらをこちらにかざして立ち止まった。

「…俺の質問に答えろ。抵抗するなら撃つ…。」

「あわわっ…!」

「ロ、ロゼ!危ない!!」

ロゼはホライとリーゼを守るように腕を広げて、ホライに目線を送った。

「…私のことはいくら怪しんでも構わない。だがこの子達に手を出さないでくれ。」

「…それはお前の態度次第だがな。」

「ロゼさん…。」


青年は手を前にかざしたままロゼに質問を投げかけだした。

「まずお前達は何者だ?」

「…私はロゼ・アイビー、旅の者だ。後ろの子達はホライとリーゼで、私の仲間だ。」

「旅の者か…そんな奴らがこの村に何の用だ?」

「ノアの町で魔法の絨毯に乗ってウィハード王国に行くつもりだったが、魔法の絨毯が原因不明の事故にあって乗れなくなってしまったんだ。」

「…魔法の絨毯が?」

「ほ、本当だよ。だから僕達は歩きでウィハードに向かってたんだけど、今日はもう遅いからこの村で休もうと思ってたんだよ。」

「…そうか、だから人が…。」

青年は小声で何かを呟くと、ロゼ、ホライ、リーゼの三人をじっと見つめだした。

「な、なんだよ。急に見つめてきて…。」

「…どうやらお前たちの言っていることは間違ってないようだな。」

「え…?」

青年はかざしていた手を下げてロゼ達を自由にした。

「随分あっさりと信用するんだね。さっきまであんなに怪しんでいたのに。」

「ノアから歩いてきたのだろう?お前たちの疲れ具合を見れば、ここまで歩いてきたことくらいすぐに分かる。」

(…え?疲れ具合だけでそんなに分かるものなのかな…?)

「おにいちゃーん!」

すると青年の後ろから小さい子供たちが現れて、一斉に青年の足元に群がりだした。

「…お前達。隠れていろと言ったはずだ。」

「ご、ごめんなさい…。お兄ちゃんが心配になっちゃって…。」

「…とにかく下がっていろ。」

青年がそう言うと子供たちは青年の足元に隠れた。

「…失礼、その子供達は?君の家族かい?」

「この子供達はこの村の村人だ。俺はたまたまこの村に立ち寄った旅人に過ぎない。」

リーゼは青年の周りにいるのが小さな子供たちしかいない事に気が付き、辺りをキョロキョロ見回した。

「あ…あの…。この子達のお母さん達はどこにいるのですか…?そもそも大人がいないような…。」

「…大人達は俺がこの村に立ち寄った時には既にいなかった。」

「え…!?いなかった!?」

「いや…正確には連れ拐われたと言うべきか…。」

「さ、拐われた!?」

「…すまない、この村で何があったのか聞かせてくれないかい?」

不可解な出来事の連続にリーゼとホライは驚きっぱなしだった。そんな中ロゼは驚きながらも冷静に青年に質問を投げかけていた。

「…その前に、ここで話すのは何かと危険だ。ついてこい。」

「き、危険…?」

ホライ達は子供達を引き連れる青年の後について村で一番大きな建物に入った。


その建物は保育園のような内装で、子供たちが遊ぶ遊具やおもちゃが多く置かれていた。

青年は子供達を遊び部屋に入れるとホライ君達を違う部屋に案内して話を始めた。

「…まず俺の身柄について話そう。俺はヴィン、お前たちと同じく旅の者だ。」

青年はヴィンと名乗った。傷のついた大きな赤色のマントで口元が、黒く長い髪で片目が隠れていて片目しか見えていなかったが、その青い片目からはどこか冷ややかで落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

「ヴィン、だね。もしかしてあんたも魔法の絨毯に乗れなくて、この村にやって来たの?」

「違う。俺はただ強い魔力に惹かれてここに来ただけだ。」

「つ、強い魔力…。」

「ジマシアンには多くの魔導士がいるが、あれほどまでに大きな魔力を感じたのは初めてだった…。俺はその魔力を追ってこのクロマジュの村を訪れたんだ。」

ロゼとリーゼが話を聞く中で、ホライは嫌な予感が脳裏をよぎり拳を強く握りしめていた。

「そして俺が訪れた時には既にその魔力も大人もこの村から消えていた。俺は村に残された子供から話を聞いて、この村で大人達が連れ拐われた事を知ったんだ。」

「も、もしかして…大人の人達はその強い魔力を持っている人に連れ拐われたという事ですか…?」

「確定ではない。ただその可能性が高いな…。」

「なるほど…。どういう目的かは分からないけど、何か大きな陰謀を感じる…。ん?」

「…。」

ロゼが考え込みながら隣に座るホライに目を向けると、深刻な顔をして自分のズボンをギュッと握るホライが目に映った。

「…ホライ?どうしたんだい?」

「えっ…あ、その…。」

「…なにか心当たりがあるのなら聞かせてくれ。」

ホライは詰まらせていた呼吸を整えると、その重い口を開いて話し出した。

「…もしかしたら、もしかしたらかもしれないけど…。その強い魔力の持ち主はゼオの事かもしれないんだ…。」

「ゼオだと?何者だ?」

「確か…ホライとリーゼが海賊のアジトで出会った男の事かい?」

「…うん。あいつが戦っているところは見たことは無いけど、あんなに強かった海賊の親分を従えているって事はあいつも相当強いと思うんだ。それに、あいつは僕に言ってたんだ『海を越えた向こうの大陸で待つ』って…。」

「…そのゼオという者の目的は何なのか分からないのか?」

「いや、何を目的に行動してるのかまでは言ってなかったな…。僕たちがいた大陸でも海賊を利用して金目の物を奪っていたけど…。」

「…金品の略奪と今回の人攫い…。何が関係しているのか分からないな。」

クロマジュの村で起こった人攫い事件の謎は、ゼオの名を出したことでますます深まるばかりだった。

「ねえヴィン。その魔力の持ち主がどんな人なのか分かったりしないかな…?」

「それはできないな。魔力や気配だけで持ち主の姿を特定できるのは相当な実力を持っていないといけないからな…。」

「…そっか。」

ホライは腕を組んで再び考え込むと、ロゼはその顔を覗き込み彼が何を考えていたのかを瞬時に読みとった。

「ホライ…行くつもりなんだね。」

「…当然だよ。ゼオが絡んでいるかもしれないんだ…。例えそうでなかったとしても、攫われた村の人達を放っておけない…。」

「ホライ君…。」

「ヴィン、僕この村の人達を助けたいんだ。僕にも何か手伝わせて!」

ホライは机から身を乗り出してヴィンに詰め寄ったが、そんなホライとは対照的にヴィンはどこか冷めた表情をしていた。

「…ダメだ。」

「な、なんでさ!足でまといにはならないって約束するから!」

「…大した力を持っていない子供のお前がついてきたところで何になる?」

「…で、でもホライ君は強いんです…。すごく強い光の魔法を使えるのですよ。きっとその力で犯人を…。」

「光の魔法…。」

リーゼがそう言うと、ヴィンは身を乗り出したホライを見つめ出した。

「…悪いがお前からその光の力とやらは一切感じられない。微かな魔力が感じられるのみだ。」

「え…?そ、そんな…。でも本当に光の魔法を使えたのです!」

「そうだよ!今は感じられなくても使おうと思えば…」

「分かった。ホライと言ったな、表に出ろ。」

ヴィンはそう言うと、ホライを連れて村にある広場に案内した。ロゼとリーゼも2人についていった。


「ヴィン…こんな所に連れてきて何の用なの…?」

「ホライ、お前は光の魔法を使えると言ったな。ならばそれを俺に向かって撃ってみろ。」

「ヴィ、ヴィンに向かって!?」

ヴィンはホライの前に座ってそのまま動こうとしなかった。しかしホライは突然の申し出に驚いき戸惑っていた。

「どうした?早く撃ってみろ。」

「うぅ…で、でもそんな事したらヴィンが死んじゃうかもしれないんだよ…?」

「そ、そうです…!この間ホライ君が使った時は壁に大きな穴が空くほどの威力だったのですよ!」

二人がそう言ってもヴィンは鼻で笑って動こうとしなかった。

「…ふん、やはりただのはったりだったか。所詮子供が言うことなど空言に過ぎないという事か…。」

「は、はったりでも嘘でもないよ!本当にすごい威力なんだ!」

「ならば早く撃ってみろ。」

ヴィンにそう言われてもホライは戸惑ったままで魔法を使おうとしなかった。

「や、やめてってば!本当に死んじゃうんだよ!!」

「…そうか、頑なに使おうとしないか。ならば仕方ない。」

ヴィンは立ち上がると、ロゼとリーゼのいる方に足を運んだ。そして突然二人の前に自分の手をかざしだした。

「えっ…?」

「ヴィン…何をするつもりだい?」

「見て分かる通りだ。」

ヴィンのかざした手は淡く光りだした。

「…ヴィン!!何するんだ!!」

「早く光の魔法で俺を止めてみろ。さもなければお前の仲間を撃ち貫く。」

「…!!じょ、冗談でしょ…。」

ヴィンは二人を睨みつけながら魔力を集めだした。淡い光は徐々に青くなり、溢れ出んばかりの魔力が手を覆っていた。

「…リーゼ、君だけでも…」

「えっ…で、でも…!」

「動くな。お前たちが動いても俺は撃つぞ。」

「や、やめろ!!二人に手を出すな!!」

ホライがそう叫んでもヴィンは魔力を集めるのを止めなかった。

その場にいる全員が動けずにいたが、ロゼが意を決してヴィンの腕を掴んだのだった。

「ロゼ!?」

「リーゼ、逃げるんだ!彼は本気だ!」

「ロ、ロゼさん…!でもロゼさんが…!」

「…邪魔だ。」

ヴィンはもう片方の手でロゼをはたいて彼を払い除けた。そしてロゼはそのまま倒れ、ヴィンはそんなロゼに魔力を集めた手を向けた。

「くっ…!」

「…やめろって言ってるだろおおおお!!!」

ホライはロゼが傷つけられた事で怒り、シノイと戦った時のように体が光り輝きだした。

「あの光…あの時と同じ…!」

「これが光の魔法…。」

「よくもロゼを…!!」

ホライは瞬時にヴィンの横に回り、腕に光を集めだした。

「…ホライ!待つんだ!」

「…見せてもらうぞ、光の魔法。」

ホライとヴィンは互いに手を前に突き出した。そして手に溜めていた魔力を一斉に発射したのだった。

「ライズ!!」

「ビズィム!!」

ホライの手からは大きな光の波動が、ヴィンの手からは青色の光線が放たれた。

その力の差は歴然で、ヴィンの光線はどんどんホライの波動に圧されていた。

「これは…予想以上だ…!」

「ヴィン!!」

光の波動は一直線に突き進み、ヴィンはそのまま飲み込まれてしまった。


光が止み、波動が通った地面は大きく削り取られていた。

力を出し切ったホライはフラフラしながら倒れたロゼに駆け寄った。

「ロゼ、大丈夫…?」

「あ、ああ…大丈夫だよ…。でもヴィンは…。」

「ヴィン…くっそ…!いい人だと思ったのにあんな事するなんて!」

「い、いや…ホライ、それは…。」

「見事な力だ。」

ロゼが立ち上がろうとすると、背後からヴィンの声が聞こえてきた。ホライはその声を聞くと疲れきった体で構えをとった。

「待ってホライ。ヴィンは君の力を試すために、わざとあんな事をしたんだ。」

「えっ…?」

「ヴィンはホライから力を感じ取れなかった。だからわざと君を怒らせて力を引き出そうとしたんだ。そうだろうヴィン?」

「その通りだ。」

ホライの睨みを効かせていた顔は、いつの間にかキョトンとした顔に切り替わっていた。

「そ、そうだったの…。ごめんヴィン…。」

「いや、俺もすまなかった…。それにロゼ、お前にも付き合ってもらって悪かったな。」

「ううん、私も君が何をしたかったのか分かっていたからね。悪くなかっただろう?私の演技も。」

「もう、ロゼ…。よかった…。」

ホライは安心したのか、その場に座り込んで肩を大きく落とした。

「ホライ君、大丈夫…?」

「平気平気、ちょっと疲れちゃっただけだよ。それよりヴィンも大丈夫…?」

「俺は大丈夫だ。完全にあの光に飲まれる前にどうにか抜け出せたからな。」

(…ん?あの一瞬でどうやって…?)

ヴィンは座り込むホライの前に立ち、彼に手を差し伸べて立ち上がらせた。

「それよりもホライ。お前の力について分かったことがある。」

「僕の力…?」

「まず、お前の力はその時の感情によって大きく変わっている。全く感じられなかった力が怒りを境にどんどん増幅していったからな。」

「感情で…?それだけであんなにも強くなれるの?」

「魔導書にも書かれていたね、魔法は使い手の魔力だけでなく、その時の感情で威力も左右される、と。」

「…だがお前の場合はそれが極端だ。さっきの状態をフルパワーの100だとすれば、今の状態は0~3と言ったところだな。」

「そ、そんなに低いの…?」

ホライは疑問を抱きつつも、確かにそんな感触を感じていた。初めてこの力を使った時も今この時も、体中から溢れていた力を全く出せなくなっていたのだった。

「ホライ、この村で起こった事件を解決するならばいずれは首謀者と対峙する時が来る。その時に今の力を引き出せなければ、お前はただ犬死するだけだ。」

「じゃあ…どうすればいい…?」

「…俺がお前を鍛えてやる。その力を100%引き出せるようにな。」

「…!いいの?そんな事してもらっても?」

「…どちらにせよ首謀者の足取りが掴めない以上はこちらからは動くことは出来ないからな…。お前を鍛えながらでも探すつもりだ。」

ホライは疲れきった体を震わせて、ヴィンを見つめて彼の手を両手で強く握りだした。

「…僕、頑張るよ。強くなって、攫われた人達を絶対に助け出してみせる!だからヴィン、お願い…!」

「…覚悟は出来てるな。」

ヴィンはホライの純粋で真っ直ぐな気持ちを読み取ると、ホライの両手の上にもう片方の手を乗せて応えた。


そんな二人の元に、ロゼとリーゼも近寄ってきた。その顔はホライと同じように、決心を固めた真面目な顔をしていた。

「…ヴィン、私も強くしてくれないか?ここで留守番をして、君とホライだけにこの事件の解決を任せたくはないんだ。」

「わ…私も頑張ります…!皆さんのお役に立ちたいです!」

「…ふん、お前たちも覚悟を決めたようだな。いいだろう、まだ内秘めているその力を目覚めさせてやろう。」

「え、そんな力がロゼとリーゼにも?」

「力を持つものなら誰にでも秘められたものがある。それを完全に引き出せる者は稀だがな。」

「ありがとうヴィン。私の力も事件解決に必ず役立ててみせるよ。」

「頑張ります…!」

「…今日はもう遅い、お前たちもここまで歩いてきて疲れただろう。簡単なトレーニングで切り上げるぞ。」

ヴィンはそう言うと子供たちの待つ家へと入っていった。

「ホライ君、歩ける?」

「うん…なんとか…。」

「ホライ、無理をしないで私に掴まって。」

ロゼはホライをおんぶして、リーゼと一緒にその後をついていった。

「ホライ、あの力を引き出したことで、君の真実に一歩でも近づけたらいいね。」

「…うん。それもそうだけど、もしも今回の事件にゼオが関わってるとしたら、あいつが何を企んでるのかも知れたらいいな…。何か嫌な予感もするんだ…。」

「嫌な予感…?」

「…いや、なんでもない。」





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