第5話

「おっちゃん誰か待っとるん?」


友達の家に行く途中の駅。その駅のそばにいつもいるおっちゃん。人待ちなのか行くたびみかける。今日は思い切って声をかけてみた。


「…………」


やっぱり返事なし。迷惑だよね、うん。


色々考えて、次の言葉をみつけることができずたった一言だけ『ゴメン』と告げてその場を離れようとしたとき。


「待ってる人はいないよ」

これがおっちゃんとの最初の会話でした。


聞けば色々あって、ホームレスになったわと笑いながらおっちゃんは言った。

『笑いごとかいっ!』

と突っ込んだ私に対して更に豪快に笑う。


身綺麗、とは失礼だけれど一見して普通のサラリーマンにしか見えない。自分の父と同じくらいの年齢かなと思ったらおっちゃんの方からお前と変わらん年の娘がいた、と言う。美人?と聞いたらさあな、とだけ。家のことは聞かれたくないみたいでそれ以上話さなかった。


何度か、会って話すうちにおっちゃんが

「そろそろ仕事探さんとな」

と言い出した。私をみてたらもう1度ギアを入れてもいいかな、と思ったんだよと少し寂しそうに笑って言った。

「無理はしないで」

とだけ言うのが精一杯だった。


「住宅街っていっても危ない所はあるんだし。あ、そっちじゃない、右っ、右」


駅から友達の家まで普通は5分ほどの道を毎回迷子になり駅に戻ってしまう私に呆れたおっちゃんが後ろから毎回誘導してくれていた。帰りは友達が駅まで送ってくれるから大丈夫だね、と笑っていた。


数ヶ月後。

なんとか無事におっちゃん見守りの中、1人で友達の家に辿り着いた私に

「もう、大丈夫だね」

とおっちゃんは駅とは違う方向に帰って行った。何か違和感を感じながらもいつも通り

「ありがとう、またね」

と別れを告げた。


次の日からおっちゃんの姿をみていない。

駅に着くたび周りを探すがいない。

おっちゃんがよくいた他の場所もいなかった。


それから数ヶ月後。

異動で実家の近くの工場へと転勤になった。

あれから更に30年以上が過ぎたが未だにニュースなどであの駅の名前がでると思い出す。おっちゃん、元気にしてるかな?




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エキナカ 神稲 沙都琉 @satoru-y

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ