32.赤ずきんと狼

 今話すべきことは済んだということで、後処理の残るお父さんとマーカスは出ていった。

 そのあとシグルドの怪我をお医者様に診てもらうと、絶対安静を言いつけられたらしい。

 だけど魔の森を空けるわけにはいかないからと、すぐに帰るなんて言ってしまう。

 本当は止めたいけど決意は固い。

 仕方なくお見送りについていくと、ノエルさんの指示で教会内で待つことになった。

 晴れ渡った空のおかげか、大きな薔薇窓はきらきらと光っている。


「ねぇ、シグルド。この薔薇窓、きれいだよね」


 二人で並んで座り、同じものを見上げる。

 誰かから隠れることもなく、堂々と過ごせる今がとっても幸せ。


「まあ、そうだな」


 そっけない返事でもいいんだ。

 手を繋いでいるほうの腕を抱きしめたら、ちょっとだけ握り返してくれる。

 灰色のローブの奥から届く体温を感じていると、シグルドはぽつりと呟いた。


「お前さ……なんでそんなに、俺のこと……」


 好きなのか、って聞きたいんだろう。

 照れくさそうにする顔が可愛くて、そんな顔を見せてくれるのが嬉しかった。


「ひと目見た時から、私はシグルドのことが好きだったんだよ」


 魔の森の花畑で声をかけられた時から。

 そう教えてあげると、シグルドは小さく笑った。


「……なら、俺のほうが先だな」


「え?」


 物資を抱えたノエルさんが戻ってきて、その話は中断されてしまった。

 先って、何が?

 シグルドが中身の確認をしている隙に、ノエルさんを手招きした。


「ノエルさん、シグルドって私のこと、いつから好きだったか知ってる?」


 こそっとした質問に、ノエルさんは緑色の瞳を猫みたいに細めた。

 長い付き合いだというノエルさんは、やっぱりシグルドのことをよく知っているらしい。


「あの薔薇窓は、シグルドもよく眺めているとお教えしましたね。

 あれは百年前の事件を可哀想に思った方々が、二人のために作ったものだそうです」


 ということは、あの女の子は私のご先祖様。

 狼の末裔と結ばれて、幸せに暮らした人だ。

 ノエルさんは薔薇窓を指さすと、そのまま口元まで運んで立てた。


「言ったでしょう? 花畑の少女を見つけたんですね、と。

 きっと彼はクレアさんを見た瞬間、恋に落ちていたのでしょう」


 内緒ですよと囁いて、ノエルさんはシグルドのほうへと戻ってしまう。

 花畑で出会った時、シグルドは私のことをひたと見つめていていた。

 それは無防備な私に呆れてのことだと思っていたけど、そうじゃなかったとしたら……。


「それじゃ、敵うわけないよ……」


 どっちが先かなんて関係ないけど、ちょっとだけ悔しい。

 頬がぽわぽわしてきて、胸がきゅうっとしてきたから、荷物を抱えたシグルドに抱きついた。

 

「お前なぁ、いつでもどこでもひっつくのはやめろ!」


 あんまり強く言うものだから、頬を膨らませて見上げた。

 琥珀色の瞳はとってもきれい。

 その瞳の中には、私の青い瞳が映っていた。


「私のほうが、いっぱい好きなんだからね!」


「どっちでもいいだろ、別に」


「よくないっ!」


「は、な、れ、ろっ!」


「いーやっ! 絶対離れないんだから!」


 シグルドは強引に引き剥がしたりしないって分かってるから。

 くっついたまま木の扉の前に来ると、シグルドは私を見下ろし、琥珀色の瞳でじっと見つめてくる。


「……次の休息日、来るのか」


「うん、もちろん!」


 小さな声での質問に、大きな声で返事をする。

 これからたくさんやることはあるだろうけど、シグルドに会うことを諦めたくはない。

 お父さんはまたがみがみ言いそうだから、お母さんとタミーを味方に付けなきゃ!


「なら、ここまで迎えに来るから……ちゃんと待ってろよ、クレア」


 ぼそりと言われた言葉に、頬が一気に熱くなる。

 初めて呼ばれた自分の名前は、耳から胸にじぃんと染みこんでいった。

 やっぱり、シグルドが好き。

 名前を呼ばれるのも、触れられるのも、怒られるのだって。

 シグルドにされる全部が嬉しい。

 扉から外に出ようとする手を引っ張って、振り返ったところに背伸びをする。


「狼さん、早く私を食べてね?」


 素早くキスをすると、シグルドの顔が真っ赤に染まった。


「馬鹿なことばっか言うな、この赤ずきん!」


「私はちゃんとキスしたいって言ったもん!」


「それとこれとは話が別だろっ!」


 ビロードの赤い頭巾。

 今までは目立つ金髪を隠すためのものだったけど、今はシグルドに呼ばれるためのもの。

 好きな人にだけ呼ばれる名前は特別だ。

 たとえこの頭巾が必要なくなっても、私はずっと被っていたいな。


 赤ずきんは、これからずっと、狼さんと幸せに暮らします。

 めでたしめでたし。

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赤ずきんの令嬢は孤独な狼に食べられたい 雪之 @yukinobu

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