さよなら流星群

生田 内視郎

さよなら流星群

──「ここだここだ。おーい、着いたぞ」


──ハァハァ、ゼェゼェ、と自分の吐く呼吸音が五月蝿い。全く、当時は若かったとはいえよくこんなとこまで登ってきたもんだと思う。


いや、今だってまだアラサーだし十分若いつもりではあるが、やっぱり玉の十代のようにはいかない。体力もあの頃より三段階は確実に落ちた。


先輩に連れられて嫌々登ってた頃はそれでもこれ位は楽勝だったのに、と自分の歳を感じて感慨深くなってしまう。


一息付ける手頃な岩場に腰掛け、水筒の水を慌ててがぶ飲みする。

「過度な水分補給はかえって脱水症状を引き起こすぞ」なんて、先輩には良く注意されてたっけ


今夜は十三年に一度、

ジャコビニ流星群が観測できる夜


時間はジャスト二十時きっかり。

キツい山道を登ってきただけはあって街明かりは殆ど見えない。

宙は空気が澄んで月明かりの影響も少なく天体観測にはもってこいの日だ。


テントを設営しシートと防寒着を広げ、寝そべりながら方位磁石で北西の方角を確認すると早速一つ目の流れ星が私を出迎えてくれた。


赤いセロハンを貼り付けた懐中電灯で星座早見表を照らしあーでもないこーでもない、と指で拙く星をなぞる。


先輩がいればもっと早く見つけられるのに肝心な時にはいつもいない男だ、と理不尽ながらも怒りを覚える。


──ほら、あれが北極星。ひしゃくの柄の端っこ、こぐま座のポラリス、あんなに小さいのに太陽の三十倍は大きいんだ。そこから西側にりゅう座があって、頭部付近に輻射点がある。


りゅう座の頭部なんて言われても、どこが頭でどこが尻尾なのかもよく分からない。

私は早々に早見表を投げ出し、北極星から西側をなんとなしにぼやぁと眺めていた。


──「これだけ沢山あるんだから、どれか一つ位新しい星無いですかね」

「肉眼で見える星はもう全部名前がつけられてるからそれは無いな」

「うわぁマジレス、ロマンの無い男ですね本当。 

そこは『君が俺の一等星だよ』位言うもんでしょ」

「俺と新しい星を作ってくれ、命名権は君に譲るから」

「急に生々し過ぎるわ!『光宙』とか名付けますよ?」

「センスねぇ〜」


──なんて、二人して下らない言葉を交わして

ゲラゲラ笑ってたのを思い出す。


満点の星空の中で、時折り流れ星がぽつ、ぽつと流れていく。

余所見をすると音もなく直ぐ流れていってしまうので、ひたすら視線を動かさないように気を張る。


流星を眺めながら、今流れていったあの星はどこまで流れて行くのだろうと思い、真っ暗な山の中一人でいることに急に身震いする。

先輩が一緒に登っていた頃には感じた事がなかった恐怖だ。


宙にはあんなに星がひしめき合っているのに、地上いる私は今こんなにも孤独だ。

あの嘘つきめ、一人にしないと言ったじゃないか


──「俺が死んだら北極星に乗り移るから、淋しくなったら上を見上げるといいよ」

カラカラの鶏ガラのように細くなってしまった腕で、先輩は何も見えない病院の天井を指差す。

「泣きそうな時はいつも見てる、だから淋しくなっても大丈夫だ」


──大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃなかったよ。


──「もし、本当に駄目になりそうだったら、彗星になって君の元まで落ちてくる。だからそれまでは頑張れ」


──嘘つきめ、全然言ってることが違うじゃないか。


流星群は今がピークだとでもいうように絶え間なく宙を流れ続けた。

流れ星が一つ降る度に先輩との思い出が一つ消えいくようで、大きな宙にこれ以上は落ちるな、と願う。


先輩、私結婚するんです。

アナタは結局、私がどれだけ辛い思いをした時でも落ちてくることはありませんでしたね。

だから、他の男と結婚する私も止められないんです。


ざまぁみろ、悔しいだろ、なんとか言ってこいよ、




悔しかったらここまで落ちてこい!



私は星も見ずにひたすら泣いた。


さよなら 大好きで嘘つきな先輩


アナタのことはもう忘れることにするけど、

それじゃ淋しいだろうから、せめて流星群が降る夜くらいは、まぁ思い出してあげる。

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さよなら流星群 生田 内視郎 @siranhito

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