30.「こ、こんにちは。初めまして」
「何してる。行くぞ」
「ま、待ってください、もう一回、やっぱりもう一回くらいお風呂に入った方が……」
「三回目だぞ。肌が擦り切れるぞ」
迎えた、学校入学のための測定の日。朝には強い二人は寝過ごすこともなく、かなり余裕をもって家を出ようとしていた。
二度の入浴に加え一日かけて吟味してカレンに貰った香水を選びながら、ナタリアナは玄関先でくるくると歩き回っている。
「別に汚れてなんかいないし、臭いと思ったこともない」
「そういう話じゃないでしょう!?と、友達を作るんですよ!第一印象が大事なんです!」
「否定はしないがどうも空回っている気がするな」
「『彼女』……サクラさんは冒険者でもなければこっちの生まれでもないんですから、そういうのに敏感でもおかしくありません。ちゃんとやっておくべきです」
「その、こっちの生まれでもない俺が大丈夫と言ってるんだが」
「それはそれ、これはこれです」
「そうか……」
これから憧れの学校生活となれば、ナタリアナの意識も上がろうというもの。生まれて初めてに近い自分磨きを一週間かけて行った彼女は、いつにもまして周りを誘う魔性の魅力を放っている。
カレンが自分や自分の愛人と呼んでいる人間を美しく保つべく行っているものを頼み込んで体験させてもらうのは非常に怖くはあったが、その甲斐はあった。特に艶やかに流れるような髪は彼女のこれまでの人生でも最高だ。
問題があるとすれば、違いを評価する人間がいないことくらい。そもそも他人への興味が薄く無頓着なアルフと、惚れた相手を全肯定してしまうカレン、そして他の人間は変化に関わらずナタリアナの虜になってしまうから全く参考にならない。あくまで自己評価の成長である。
「よ、よし……たぶん大丈夫なはず……行きましょう!」
「ああ。出ろ。閉めるぞ」
鍵をかけ、街を歩き出す。ナタリアナの学校生活が始まろうとしていた。
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「ちなみにその測定とやらは何を計るんだったか」
「まあ、身長と体重……剣の腕とか、魔法の出力とか……身体能力を計ると聞いてます」
「ああ、そうだった……身長と体重もか」
「実技の時鎧や剣を貸してもらうので、大きさとか長さとかあるんじゃないですか?私には関係無いですけど」
「ああ、そうか」
街中を向かうのは、ソフィア一人……に見えるが、その実当然ナタリアナとアルフである。ナタリアナは既に姿をソフィアに誤魔化しており、アルフは透明化してついているだけ。耳元に話しかけるアルフに対して、虚空に話しかける少女に対する視線に心が痛んだが、見た目はナタリアナのものではないし、王都でソフィアの印象がどうなろうと本人に影響はない。遠慮なく、斜め後ろの彼に話しかける。
「それで、時間はこれで良いんですよね?」
「ああ。まず問題無い。このまま行けば間違いなく『彼女』と鉢合わせる。頑張ってくれ、ナタリアナ」
「頑張ります。でもその、もし仲良くなれなかったら……」
「その時はもう一つ計画がある」
学校が見えてきた。流石に将来の同級生に頭のおかしな女とは思われたくないので口を動かすのを止める。アルフは勝手に話すだろうと思っているし、事実彼が止まることはない。
「もし何度か話しかけてそれでも駄目なら、逆にとことん『彼女』に嫌われて、悪役として彼女の敵になることになる。もちろん加減はして、必要以上に追い込んだりはしない。あくまで幸せになってほしいからな。彼女に敵対する人間がいたら取り込み、彼女への当たりをコントロールする。彼女は人の不幸を望むような人間ではないが……場合によっては少しの障害は用意した方が良いかもしれないしな」
相棒の気持ちの悪い妄言を聞きつつ、正門から学校へ。一年ごとに生徒を入れ替える都合上、中にいる生徒らしき人達はみなナタリアナの同級生ということになる。早速そのなかから『彼女』、サクラを探していく。顔は何度かアルフに見せられた。そのどれも褒められた手段ではないが、大きな希望に満ち溢れた目、天真爛漫で底抜けに明るい笑顔、そしてアルフと同じ力を持つとは思えないほど華奢な体躯をよく覚えている。アルフ曰く前の世界と見た目はほとんど変わっていないらしい。アルフもそうだが、ほんの少しだけ若返ってこちらに来ているようだ。アルフはともかく、サクラはナタリアナより少し年下に見えた。
少し辺りを見回しつつ、案内の職員がいる方に向かって進んでいく。ソフィアに貸してもらった服をけなり無理をして着ているが、周りから奇異の目で見られないのが密かに嬉しい。それに、そもそも生徒の貴族の割合もかなり高いようで、既に複数人固まって行動している、立派な仕立ての服を着た男達も見られる。注目はその中で完結していて、ソフィアの外見もかなり整っている方だとは思うが意識が回ってきていない。
「……いたぞ。後は頼む。ここからは何もしない。何かあったら手筈通りに」
そう言い残して、アルフの気配が消えた。監視は続けつつ、学校内の様々な場所を見回りに行ったのだろう。王都から始まり隣接するすべての街、学校内と王城に至るまで、彼は透明化を駆使してその全体を把握している。何かあった時のためとは言うが、そこまで必要なのかと思いつつも言葉には出さなかった。
ともかく、アルフに言われたのだから近くに来ているはずだ。第一声は何度も考えている。そして見回した先に、『彼女』はいた。
(よし……集中、集中よナタリアナ。楽しい学校生活のため、そしてアルフさんにびしっと言ってやるための第一歩!)
何をするでもなくただ順路通りに歩いている『彼女』に後ろから近付いていく。周りを少し見て、自分の考えた言い訳が矛盾していないことを確かめて、そして『彼女』の前に出た。
「こ、こんにちは。初めまして」
「え?あ!初めまして!良かった、女の子もいたんだ!」
「え?」
出来るだけ笑顔で、明るく。そう何度もやったことのない、あえて愛想を振りまくという行動にいっぱいになっていたナタリアナだったが、それを上回るようにサクラはぱっと輝くような笑みを浮かべ、歩みを止めて祈るように手を合わせる。勢いにくらりと来ているナタリアナの一方で、サクラは止まらない。
「良かったあ……私はサクラ。さっきから男子しかいないから、もしかしてやっちゃったのかなって思ったけど……はあ~……危ない……」
「あ、な、ナタリアナ、です」
「ナタリアナちゃんね!良かった、一緒に測定に行こ?」
「は、はい……」
本当はナタリアナの方から誘導しようと思っていたのだが、サクラの勢いに追われている。今更になって、サクラは前の世界では人の中心だった、という話を思い出した。つまりこれが本物か、なんて、友達のいなかったナタリアナは導かれるままに歩いていく。
「正直どこに何があるのか解らないし、何計るかも聞いたけどよく解んないし……ナタリアナちゃん、知ってる?」
「え、はい、一応は……」
「教えて?お願い!」
「も、もちろん…・・・私もその、女性が少ないから、仲良くできればと……」
「そうなの?やった、私と一緒じゃん!」
笑顔が絶えないし、はきはきと、しかしうるさ過ぎない声量で話してくれる。一緒に歩いていても、しっかりとナタリアナに話している、という意識が見て取れた。アルフにもした測定の説明をし終わっても、彼女との会話は途切れない。程よく自分のことを、そしてナタリアナのことを聞き、反応を返してくれる。
「そうなんだ。回復魔法?って言うの?めっちゃレアなんだね」
「レ……ま、まあ、そこそこ珍しいとは思いますが……」
「私もさ、結構色んな魔法が使えるみたいなんだけど、回復は使えないんだよね。その、神様に選ばれてないってことなのかな?」
「そういうことでは……それに、私からすれば皆さんの方が凄いと思いますし……」
ナタリアナが彼女を飲めると、初めてサクラの表情が少し揺れた気がした。
「ああ、私はそんな……いや、そうでしょ。凄いんだよ、私。何でもできちゃうんだから」
「……?今何か」
「う、ううん、気にしないで!それよりほら、測定、あの建物じゃない?頑張ろうね、ナタリアナちゃん!」
「え、ええ、はい。頑張りましょうね、サクラさん」
こうして、二人は出会い、まずは測定から、学校生活が始まった。
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始まって、ほんのわずかな時間で。
(な、なるほ……ど……これは……)
ナタリアナは、「アルフと同じような力」の神髄を目の当たりにしていた。
「すまない、重りがすぐには用意できなくてな……ここの欄は測定不能にさせてもらう。後日また声がかかるから、その時に」
「解りました!失礼します」
男女に分かれて着替えさせられ、体の露出は少ないが手足の多くが出た布の服を着させられて並んだ測定器の前。
一番初めの膂力を計るための検査からしておかしかった。用意された金属棒に重りを付けていき、それが何個分かで記録をつけられた。身体強化の魔法禁止ということで、手本を見せた説明役の男性教員も重り四つがやっと、明らかに体格に恵まれ、これまでも鍛えてきたんだろう、そんな風格の教師ですらも五つが精々であった。ナタリアナはもちろん一つすら地から浮かせるのが精一杯で最低評価に甘んじたが、女の回復魔法使いはそんなものだ、と教員達にも優しい言葉をかけられて。
少し生暖かい目をしていた教員達の表情が、直後のサクラの測定で固まった。
「……やっちゃった……?」
「あ、あはは……凄いですね……驚いちゃいました、本気で……」
「あ、ありがと。すっごく力持ちだからね、私。うん。これだけはね、ちょっとだけね」
顔を引きつらせながらも、ぐっと力こぶを作ってみせるサクラ。その後ろで必死に取り外されている重りの数は、すべて合わせて三十個。三つある測定場にあった全てをかき集めて取り付け、一本では折れてしまうと二本に分けてもなお、サクラは軽々とそれを持ち上げてみせた。サクラ本人すら驚いている様子だったが、明らかに余力が残っていた。
その後も。
「……っと……どうです?」
「……悪いが、それを記録として残すわけにはいかん。測定不能だ」
走る速さは風を置き去りにし、駆け抜けたその場に突風が巻き起こる。走っている姿は何度計っても目で捉えられず、かと言って手加減をさせるとナタリアナと同等にしか走れない。すっとナタリアナも目を逸らさざるを得なかった。
「ほっ……おおおおっ!!?」
「なん……だと……!?」
魔法無しで飛びあがっても、人が七、八人は並べそうな高さの天井に手を触れてしまう。それでいて、踏み込みは軽やかで、反対に着地でとてつもない振動を引き起こしても足を痛めた様子は無い。高さには驚いていたようだが、それだけだ。
「やあああっ!!!」
「ぐ……な……わ、割れた……?水晶が……馬鹿な、英雄クラスでも出力を計れる水晶だぞ……?」
魔法の出力を計れば、測定器そのものを破壊してしまう。打ってみろと言われ打った火球は人一人を飲み込む大きさで、建物の壁を抉り風穴を開けていた。
「っはー……ぁ……はーっ……し、死ぬ……死んじゃう……」
「……サクラ。もう良い。もう時間だ」
「あ……はい。すみません」
持久走をさせても、二周で倒れたナタリアナをしり目に、彼女が完全に回復して、あまりにも不甲斐ない結果にリベンジして、さらに倒れてを三度繰り返すまで走り続けた。それも、速度もナタリアナとは比べ物にならない。最終的に時間制限で止められ、二人の身体能力測定は幕を閉じた。
「ぜ、全部測定不能……嘘みたいです……」
「え、い、いやいや、何かの偶然だって……」
「これまでどうやって生活を……?」
「えー、あ、あのー……こ、こんななんて思わなくて……で、できれば内緒に……絶対変に騒がれちゃうし、いろんな人に迷惑かけちゃうかもだし……」
「いや、公式記録に残っちゃうので……あ、な、内緒にはしますけど……」
「ありがとう!良かった、最初に会ったのが優しい人で!何かあったら何でも言ってね、力になるから!」
身長、体重の測定も終え、軽いこれからの説明を受けつつも帰路に着く二人。全て最低評価のナタリアナに気を遣っているのがサクラからありありと感じられた。もちろん、それ自体を気にするナタリアナではないし、回復魔法使いを身体能力で憐れんだり蔑んだりするのは常識知らずのみだ。彼女がアルフと同じであることを思い知らされる。
彼女は終始笑顔のままでいたが、自分の身体能力に驚いている様子でもあった。途中一度サクラから離れ合流したアルフによると、この世界に来て一度商人馬車を守ってから一度も戦ってはいないらしい。つまり、自分の力を把握しきれていない。アルフにとってのドラゴンのような、試金石がいなかったのだ。
「ありがとうございます。サクラさんも、何か困りごととか、怪我とかあったら言ってください。できるだけ頑張りますから」
「ありがと。あ、私ここ左だけど……」
「あ、私は右です」
またね、と言って彼女と別れる。末恐ろしいものは感じつつも、それはアルフも同じだと考えると何とも言えない。力を制御できないから別だが、どちらかと言えば自分の全力に驚いているだけのようだったし、ナタリアナに危害も無いだろう。
「……良い感じだ、ナタリアナ」
「……凄いですね、サクラさん。あれは確かに、本当にアルフさんと同じ力かもしれません」
「どうだろうな。俺は彼女の方が強いとは思うぞ」
「どうしてです?」
透明化はしたまま、アルフが囁きかけてくる。彼はサクラが側にいるときは基本的に近付いては来なかった。彼女に見破られるのを恐れてだろうか。ナタリアナが纏う魔法が見破られていない以上大丈夫だと彼女は思うのだが、それでもアルフは別れてから戻ってくる。
「彼女は優しく正しい人だ。俺はそうじゃない。どっちが強い力を持つべきかなんて明白だろう」
「……そうですか」
今度彼にも測定の真似事をさせてみよう。ナタリアナはそう決意した。
彼はストーカー。私は落ちこぼれ回復魔法使い。 うたひめアリア @koqLuna
★で称える
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