29.「一体何に謝ってるんですか?」
「結局、あいつは何だったんだろうな」
「さあ……遺跡なんかには主がいるものですが……基本的には出てこないんです。そこにいるように魔物達で決めた存在や、奥に住み着いた魔物が主なので……」
「外まで出てくるはずがないと」
三人を街まで荷車で送り届ける最中。ろくに三日間眠れていなかった二人は気絶するように眠ってしまい、アルフは荷車を引きながら、ナタリアナは乗せられたままではあるが眠らずに話していた。アルフはそのまま飛ぶことも提案したものの、ナタリアナの決死の抗議により却下されている。もし本当にやっていたら、途中で荷車が壊れて破損する可能性もあっただろう。
「だが、実際危な……くはないが、驚いた。火に焼かれ雷に打たれても死なない生物がいるのか」
「あれが本当に生物なのかは……それに、魔物には結構いますよ。特定の属性の魔法に耐性があったりします」
「だったらそういう時用の魔法を探しておかないとな……風の魔法も有効打ではあったがとどめにはならない」
「そう……なのですか?」
「ああ」
ナタリアナには解らなかったが、彼には解ったのだろうか。欠伸を噛み殺しながら、小走りに荷車を引いていくアルフを眺める。都合人間四人と鎧二人分が乗ったそれを軽快に引いていくアルフでも、魔物一匹に手こずることがあるのだ。もちろん、それはやり方を知らないだけで、最後に見せた魔法、あんなのを受けて死なない魔物がいるとも思えないが。
「ただ、こればかりは俺の魔法の発動の弱点でもある。学びや試行錯誤は必要だ」
「なるほど……」
ナタリアナには学びも試行錯誤もない。自分に何ができて何ができないか、回復魔法使いはそれをほぼ把握している。唯一解らないのは消耗具合だが、それだって何度も使っていれば慣れる、くらいのものでしかない。彼がそれを望んでいないのは解るが、何とかしておかないとな、なんて言う彼を羨ましく思わなくはない。
荷車は街道を進み、滞りなく街まで近付いていく。はちゃめちゃな速度で踏破しても疲れた様子は無かった。きっと今も監視や敵感知はしているのだろう。とことん彼の強さを思い知る。
「ところでナタリアナ。学校ではどういう風に過ごすんだ?大変じゃないか?
?」
「え?いや……私もよくは知らないですけど……聞いたところだと朝から昼食まで何かやるのが普通で、それから解散、みたいな……まあ、そこそこ大変ではある……んですかね、でも冒険者と比べたら……」
「冒険者としての活動もある。無理はしないでくれ。無理だと思ったら言ってくれればいい」
「……なんですか、いきなり」
そんなことを言われても、ナタリアナは彼から逃れられないし、逃げる気もない。今は彼女の人生の目標に彼のことも含まれているのだ。だが、アルフは彼女の方を見ないまま淡々と語る。
「別に、何ってわけじゃない。ただ、その……なんだ。いや、いい」
「なんですか。気になるじゃないですか」
「やっぱりいい」
「あの……今更私に何か遠慮することがあるんですか?」
あんなに気持ちの悪いことを言っておいて、とは言わない。その言葉はもっと後だ。
「……二人は寝ているか」
「寝てますけど」
「……この目で直接死体なんて見たのは初めてなんだ。いざ目の当たりにすると……駄目だな。割り切れない。この前の洞窟での物言いは訂正するよ。目覚めが悪いどころじゃなかった」
「……はあ、なるほど……」
驚くほど重苦しく言ったアルフに対して、ナタリアナは自分の感情があまりにも動いていないことに気が付いていた。冒険者達にとって死人などありふれたものでしかない。元々、一攫千金を企む馬鹿か、他に何もやることが無く農家の生まれでもない人間がやる仕事なのだ。一つ一つの命は驚くほど軽い。今は眠っている彼らが街でそれを報告しても、一言慰めを貰える以外は何も無いだろう。ナタリアナだってそうだ。回復魔法は死に抗う奇跡であり、段々と死に対する感覚は薄くなっていく。それに、村娘であった頃ならともかく今はどうだ。冒険に出たら死ぬことを覚悟する、それくらいは当然だと思っている。
それらすべてを包み隠さず伝えると、アルフは気持ち荷車を速めて話す。
「俺もそのうちそうならなきゃいけない。だが、ナタリアナ。ナタリアナだけは、俺は尊重しなきゃいけないんだよ。そりゃ、俺にとっての一番は『彼女』だ。でも、ナタリアナは俺を助けてくれたから。俺を選んでくれた人には報いなきゃいけない」
「……別に、私が選んだわけでは」
「『彼女』と会えたんだ。俺は運命を信じている。ナタリアナが俺を呼び止めたのも運命だよ」
白々しい、そう思ってしまった。自分である必要が無いというのはずっと解っている。明らかな狂人にときめくほど乙女でもない。数日前だったら解らなかったが。とにかく何の感情も無く、それでも無視はできない、程度の感覚で喋っている。
「良いですよ、別に。お互い様ですし、私だって命の危険があると解ってこの活動をしてるんです」
「だが」
「もちろん、守ってもらわないといけない身ですから、アルフさんの油断で痛い思いをすれば恨み言くらいは言います。でも、アルフさんが全力なのにそれでも死んだのならたぶん、誰でも死んでいます」
「俺はその、戦い方が下手だから」
「それだって良いです。たとえそれでも他の誰より強いでしょう。バズさんの顔、見なかったんですか?彼が辞めたらアルフさんのせいですよ」
「そんなことを言われても……困るな」
「そういうことです。色んな事に責任を感じてたらやっていけませんよ」
「そんなものか……」
街が近付いてきて、少しずつ速度が落ちていく。関所のやり取りはナタリアナの仕事だ。二人を起こさないとな、と思いながら、最後に手を伸ばしてアルフの背中を叩く。文句なら後で言う。今は別に、一緒に居られるのが一番だ。
「別に、私を見捨てないでいてくれたらそれで良いんですよ。一緒にやっていければそれで良いんです」
「…………ごめんな」
「一体何に謝ってるんですか?」
はあ、とため息をついた。こんなところで好きでもない人にこんなことを言うなんて、数年前の自分に言ったら驚かれるだろうか。まだ純粋だった時のナタリアナの残りカスが、内心で何かを言っていた。
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「依頼は達成しました。荷車、外に置いてあるので返却です」
「はい。報酬の方ですが明日にでもお渡しできるかと思いますので、またお越しください」
「了解です」
夜の空を飛んで、二人の報告はあくまで王都の組合で行う。もう夕食にも遅いほど夜も更けている。適当に食事を済ませて、二人は家に戻っていった。
「……疲れました」
「そうだな」
家に入り、そのまま寝室まで進み床に倒れ込む。風呂の用意をすると言って出ていった彼の姿を追いながら、上体だけは起こしてベッドに横からもたれ掛かった。ソフィアと遺跡に行ったときから、アルフは目立った大きな傷は付けられていない。良いことだ。自分の力は使わないで済むならそれが良い。
(にしても……本当に、ただの人間なんですね……中途半端)
風呂の部屋で、魔法が使われている。徐に上着のローブを脱いで適当に放り投げた。彼の人間らしいところを見る度、安心すると同時に少し怒りそうにもなる。圧倒的な力を持っていて、何でもできる万能で無敵な魔法使い……なのに、どんな戦士にも負けない身体能力を持つ狂った人間、そうであれば話は簡単で、ナタリアナもそう考えることは多くなかったのに。
死体を運びたくないとか、魔法が効かなくて悩むとか、死人を見て不安になって弱音を吐くとか。変なところで人間らしいところを見せないでほしい。いっそのこと狂人と相互に利用しあおうと頭を回す方が楽なのだ。中途半端にマトモなところを見せないでほしい。殊勝になんてならなくていいのに、と思ってしまう。
(意味が解らない……最悪の気分です)
何より、そんなことをされたらナタリアナの罪悪感はどうなるのか。まるで利用している、黙っている彼女の方が悪いように感じさせるとは何事だろう。それから逃げようというのではない。だが、殊更に感じたいわけでは、もちろん無いのだ。
「……風呂ができた。入るか」
「あー……入ります」
「解った」
さっきまでの感情はどこへやら、また彼は無表情に戻ってしまった。部屋に鍵をかけてから服を脱ぎ、石鹸で体を洗ってから浴槽に浸かる。ナタリアナとしては風呂に毎日入れないくらいで何とも思わないが、アルフがこだわるのだ。魔法で大量に用意した熱湯を溢れさせようと無駄に使おうと特に何も言われない。疲れからか少し眠くなる。アルフが変なことを言うものだから、心が余計に動かされて気力が足りない。湯船に体が浮いていく。頭がぼーっと薄らいで、思考が進まない。
(まあ、どちらにせよ言うのはもっと先だし……その時に考えればいっか……)
じっとしていると、そのうち瞼が重くなっていく。長風呂をしたところでアルフは何も言わない。一度寝てしまっても大丈夫だろうと、ナタリアナはそれに抗うのを止めた。かくんと顎が落ちて、腕を枕にそのまま眠りに落ちた。
翌日、風邪を引いた。そして寝込んだ。椅子に座り魔法を探しながら見守るアルフに文句を言おうとして、流石に違うな、と思い直す。流石に陽が上るまで起きられなかったのはナタリアナのミスである。アルフも待っているうちに眠ってしまったというから間の抜けた話だ。
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「……何やってるんだ俺達は」
「すみませ……」
「まあ、依頼ももう急ぎのものは無いしな。特に何も無ければ……」
「いえ……報酬は基本的には急いで貰いに行かないと……」
「まあ、俺が一人で行っても良いんだが……」
「やめてください、何かトラブルがあったらどうするんですか……な、治します、何とかします……」
「治せるのか」
「回復魔法を自分に強く使えば、何となく治ったりしますし……」
「……使ったら消耗するからどちらにせよ一緒じゃないのか?」
「…………そうです」
「やはり俺が一人で」
「わーたし!!私が行きますから!」
「……そうか」
その日、結局ナタリアナは起きられなかった。湯冷めか知恵熱か解らないその熱に、一日中魘されていた。
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