エピローグ
第36話 もう一度、振り返る春
卒業式から二週間が経った。
あれからずっと澄香さんの残像がぼくのそばにいる。どうやら、まだまだ君から逃れることは出来なさそうだ。
どこかに出かけても、きっと君を探してしまうだろうから、ただ自室の机の上で卒業アルバムを開いていた。
分厚い表紙をめくり、色んな写真に目を落としていく。
まだ入学したばかりのあどけない頃や、一年生の春の体育祭、二年の秋の文化祭。めくるたびに、懐かしい瞬間が沸き起こる。
ざっと目を通したあと、澄香さんの映した写真をさがす。十数秒の探索のうち、数枚見つけた。
体育祭でクラスメイトたちと白いハチマキを巻いて横を向いて歩いている写真と、教室で写真の隅っこでちょこんと座って本を読んでいる姿。一枚だけ除いて彼女の写真はどれも隅っこだったり、横を向いたりしていて、どこか遠い存在になっていた。この頃からすでに、君は空の人になっていた。
唯一、正面を向いた写真があった。教室でハルとカナの三人で映っている写真だ。この写真は澄香さんはカメラ目線ながらも、どこか戸惑いを感じさせる表情を浮かべている。この写真は覚えている。卒業アルバムの制作委員が一枚で多く皆の写真を撮りたいと撮影しまくっていた。
マジマジと眺めていると、ぼくは思わず薄笑みが漏れてしまった。そういえば、澄香さんが写真を撮られるのは苦手だと言っていた。
アルバムから目を離して、窓の外に目をやる。晴れ晴れとして青空がどこまでも広がっていた。
今頃、澄香さんは大学の為に上京してしまったのだろうか? 東京の空はどうなるんだろう? やはり、流行の曲の歌詞のように、どこまでも繋がっているのかな。なんて。
今だからこそ、はっきりと言えることがある。
ぼくは澄香さんの事を愛しているのだ。
もしかしたら、いまからでも会いに行って、この気持ちを告白すれば恋人になれるかもしれない。電話でも、メッセージでもなんでもいい。
そうしなければこの先、澄香さんはぼくの知らない人とあの日に触れた指をつなぎ合わせて、誰も知らない遠くへ行ってしまうのかも。
そんな想像をするだけ胸が苦しくなる。
けど、初夏のあの日。バスの中で初めて見た笑顔はぼくだけのもので、ぼくの功績だ。秋冬まで見続けてきたいろんな表情も、きっとぼくがいなければ出せなかったものだから。
それだけを独り占めできたのは、今の最高の幸せ。
初めて、ぼくは奪い去りたいと思う女性に出会えた。
だからこそ、ぼくはもう一度自分に向き合うべきなのだ。
男の身勝手で、意味の分からないプライドかもしれない。でも、男ってのは一度好きな女の子から離れたくなるのだ。
そんなぼくを、ぼく自身が乗り越えなきゃいけない。
それまでに、彼女が変わってしまってもいい。また、ぼくが奪ってみせてやる。
どんなことがあっても、理由を作って会いに行ってみせる。いや、理由を乗り越えて会いに行ってみせるんだ。
しばらく窓の外を眺めていると、薄い雲が風に運ばれてやってきた。
それは、筆を軽く払ったような、細くて薄い雲。この時期に見るのは珍しい。いつかの澄香さんが名前を訪ねてきた雲だ。
そうだ。
また、恥ずかしい提案が思い浮かぶ。今度会ったときは、教えることが出来なかったあの雲の名前を教えよう。
相変わらず、つまらない事を考える。これが独りよがりの小さな抵抗。
これがぼくが書ける、君とぼくとが過ごした一年間の物語のあとがきの最後の文になるだろう。
また、会おうよ。
そら~不思議な女の子と天邪鬼のぼくの一年間を綴る~ 兎ワンコ @usag_oneko
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