第4話【回答】2件の事件

 豊中警察署に着くと、揃って捜査一課に向かった。笹部は勧められた椅子に腰を落として、自分の長い前髪をく様に撫でた。

「まず、雑居ビルのエレベーターのおかしい所」

 笹部は、渡されたエレベーター内の写真を手にして口を開いた。

「エレベーターの指紋。どうして、「閉」と「B1」ボタンにしか指紋がないのか?しかも、被害者の女性の指紋だけ。持田もちだが先に6階から乗って、帰ろうとしていた。じゃあ、「閉」と「B1」のボタンには、持田の指紋もないとおかしいと思わない?」

「――もしかして、持田はエレベーター内で被害者の女性が乗り込むのを待っていたんでしょうか?5階からエレベーターを呼んだ彼女は、降りてきたそれに乗り込んで「B1」を押して「閉」ボタンを押した?」

 笹部の言葉に、はっとなりタカが笹部に尋ねた。

「うん、そうだと思う。3人の話を思い出してみて。「白いジャージの男が土日にジョギングをしている」、「被害者は土日に岩盤浴を利用していた」、「最近男に付けられていた」、「紺色のパーカーの男」という単語が出てきた。三野みのさんと猿渡さるわたりさんの話を合わせると、「白いジャージでジョギングをしている男は、土日に被害者の後を付けていた持田」と思わない?三野さんは持田に興味ないから、持田と分かっていないまま白いジャージの男を、今日は見ていないと言っている。猿渡さんは白いジャージでジョギングしているのが、好みだから間違いなく持田だと証言している。彼女たちの傍にいるから、「白いジャージ姿の男」は「今日はジョギングしていない」んだよ」

「では、持田が「降りた時に紺色のパーカー姿の男とすれ違った」と発言しているのは、嘘ですか?」

「嘘だろうね。もしその男が犯人なら、時間的に三田さんと猿渡さんのその姿を見ているはずだよ。猿渡さんの証言の「紺色のパーカー姿の男」は、次の事件の時に分かるけど被害者の弟の将人まさとさんだろうね。姉から「後を付けられている」と聞いた将人さんが、時間があれば迎えに来てくれていたんじゃないかな?将人さんに確認取ればわかると思うけど」


 長く黒い髪の美人系のスーツ姿の女性が、珈琲を手に現れた。彼女はにこやかに笑んで、笹部の横の机の上に手にしていた珈琲をそっと置いた。


「そして、持田は「スカーフで首元を覆っている被害者が、墨田すみだの婚約者だと分からなかった」と証言したんだよね?岩盤浴は、身体を温めるサウナみたいなものでしょ?それに、あの日は3月にしては暑かった。汗で化粧を流さないために、スカーフは巻いてなかったと思うよ?」

「しかし、気温と岩盤浴後の体温だけでは、証拠としては弱いかと…」

 ユージが、首を傾げた。しかし、笹部は言葉を続けた。

「証拠ならあるよ。被害者は、「綺麗にメイクをして鮮やかなピンクの口紅」が崩れていなかった。つまり、被害者はスカーフを顔が隠れるように巻いていなかった。そのまま首を締めたら、化粧はこすれて汚くなっているはずだからね。被害者が岩盤浴に通う時間を、ジョギングしているとカモフラージュしながら後を付けて調べて、ようやく2人きりになった時に「スカーフを巻いていなくてはっきり分かる被害者」を絞殺したんだ。多分、スカーフは被害者が腕に抱えていたのかもしれない。それを奪って、犯行におよんだんだ」

 猫舌の笹部は、珈琲の湯気が消えるのを眺めながらそう確認する様に答えた。

「なるほど。そのまま去ろうとしたが、女性2人とすれ違ったため敢えて目撃者になるようなふりをしたんでしょうね」

 タカとユージの後ろにいたトオルが、納得したように頷いた。


「そして、持田刺殺事件だけど。あれは、持田の自殺だよ」

「え!?」

 笹部の意外な言葉に、3人が声を上げた。一課の部屋にいる他の刑事たちも、吃驚びっくりしたように笹部に視線を向けた。

「写真を見ればわかるよ」

 笹部は、タカから持田が死んでいた将人の部屋の写真を受け取り、自分の顔の横まで上げて皆に見せた。

「正面から刺したなら、絶対にありえない状況が映っているんだ」


「もしかして――壁の血、ですか」

 写真をまじまじと見つめていたトオルが、小さくそう呟く。

「うん、正解。立って正面から刺されたなら、彼を刺した犯人に返り血が付くはずなんだ。つまり、壁には人型に血が付かないはずなんだ。でも、この写真を見て?「向かいのアイボリーの壁紙には刺された時に飛び散っただろう流血が、壁一面に広がっている」よね?さえぎっているモノが無いんだ」

「もしかして、身体の上にあったタオルは…左手に持った包丁を離さないように巻きつけていたんでしょうか?自分を刺すのは、怖い。だから、躊躇ためらい傷の様に「刃物の傷が左手に数か所」あったんでしょうか?」

 包丁の「アゴ」と呼ばれる持ち手近くの刃物の尻で、自分を刺すのを何度も躊躇って傷付けてしまった。右手は、捜査をかく乱するためにダイイングメッセージを書くために、空けていた。そして、マサトと書こうとして失血で気を失い死亡した。


「「紺色のパーカー姿の男」は、将人さんが黒っぽい服を好むのを思い出した持田が、疑いを彼に向けるようにしたんだろうね。まあ、最後は自棄糞やけくそみたいな、お粗末な結果になった。膨大ぼうだいな借金作るくらいだから、頭が良い方じゃなかったんだろうなぁ。エレベーターで前川さんを殺したのは、短絡的たんらくてきに彼女が死ねば結婚式がなくなるから、墨田さんへの借金の返済を遅らせられる。自殺したのは、多額の借金を返す事が出来なくて悲観して…かな。前川さんを殺さずに自分が死んだら、犯罪者にならなくて済んだのに」

 ようやく冷めた珈琲を、笹部は口に運んだ。


「物騒なこと言わないで下さいよ!けど、有難うございます!それで、捜査してみます。助かりました!年度末なんで、あまり未解決事件残したくなかったんです」

 ほっとしたように、タカとユージが深く椅子に背を預けた。と、捜査一課の刑事たちが立ち上がり、笹部に敬礼して慌てて部屋を出て行った。裏取うらどりに向かうのだろう。




 食事をおごると言われた笹部だが、4月1日から出勤だから、明日は生活リズムを直したいからもう帰ると断った。だが、「よければ、テイクアウトで」とハンバーガーセットを買って貰った。

 笑顔のタカとユージとトオルにマンションまで送って貰い、笹部はマンションに戻った。




一条いちじょう櫻子さくらこ警視…楽しみだな」

 そう小さく笑うと、笹部は包みから取り出したハンバーガーをかじった。



 後日、墨田に500万。将人に100万。消費者金融から2000万借りていた事が分かり、情状的にも笹部の推理で間違いない、と連絡を貰った。そうして被疑者死亡のまま、持田は書類送検されるそうだ。素早い解決で、タカとユージは署長から表彰状を貰えたと写真付きでメールしてきた。

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咎人の為のカタルシス 七海美桜 @miou_nanami

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